閑話 ユメウツツ
迷いましたが、いつものパターンと違って先にこのお話を投稿します。
同じ視点ですが、コロコロします。
それでは続きをどうぞ。
――ああ、くるしいなあ…。
全身を覆う重苦しい感覚に気付き、閉じた視界の向こうに光を感じて瞼を抉じ開ける。ゆっくりと視界が開けると、淡い白に彩られた天井が最初に目に入った。
さらに周囲にゆっくり目を向けると、淡い白の色合いは同じままにどこかの病室のように片側はカーテンで仕切られ、反対側は澄み渡る空の青とそよぐ風に揺られて緩やかにたなびく白いカーテンが、一か所だけ彩が美しい生け花の横で舞っていた。
――ここは、どこだろう…。
頭がぼんやりとしてハッキリしない。私は今まで何をしていたのか、まるで拒絶するかのように思考が全くまとまらない。
しばらく何も考えられずにぼんやりしていると、ふと、カーテンの仕切りの向こう側から誰かが入室するような気配を感じた。
その気配は重い足を引きずっているかと思うくらいに歩みが遅かった。無言のままいつまで経っても近付けないでいる気配をぼんやりと待つ。
ようやく目前に辿り着いた気配は躊躇するようにゆっくりと仕切りのカーテンを開き、そして、ぼんやりとそれを見ていた私と目が合った。
気配の正体は病室では浮くだろう黒髪黒目の色合いをした少女のようで、その容姿はもとは美しいものであったろうに、疲れと隈のせいで酷い顔色と化していた。
――この子は、誰だろう…。
ハッキリしない思考の中でそれだけ考えると、暫し無言で見つめ合っていた少女がその手に持っていた花束を手からするりと落としてしまった。
花に似つかわしくないそれなりに重い音を花が立てるが早いか、少女は落ちた花を気にも留めることなく、目に涙を精いっぱいに溜めてこちらへ勢いよく駆け寄り抱き着いた。
「お、おっ、お、ぇ、あ、ああああああ!!」
何を言っているのか聞き取れないほどの嗚咽を漏らし泣き縋る少女に、ここにきて段々と自らの思考がハッキリと覚醒していく。
同時にどうしてこんな状況に陥っているのかを唐突に理解した。
――そうだ。私は、事故で死にかけたのだ。
◇◆◇◆◇
えぐ、えぐ、と多少は落ち着いたものの泣き続ける少女が目の前にいた。大きな事故だったので無理も無い。かなり心配させたことだろう。
「ごめんなさい。あなたには心配をかけてしまったわ」
声を出すことに違和感が残っているものの、発声に問題は無いようで、声を容易に出すことは出来た。それだけでさらに目の前のこの子は涙をまた流す。
「お、ねぇさまぁ…」
落ち着いたとはいえ衝撃的な場面に居合わせたことに変わりはない。申し訳なく思うも、仕方なかったことと割り切る。目の前にいるのは私の唯一の妹。先程までは何故か認識できなかったが、意識がはっきりとしてきた今なら間違えることは無い。
ふと、未だに泣き止むことの無い妹の顔を見て不謹慎にも妙な思いが湧き上がった。
「――なんだか、なつかしいわ」
心の底から漏れ出でた言葉は何故かすんなりと胸に落ち着き、納得と共に自らを穏やかに落ち着かせる。
「あ、当たり前です! い、一か月も目を覚まさなかった、んで、す…うぅ」
もはや泣き止むことが出来ないのか、言葉の途中で涙がぽろぽろと零れ出る。一か月という期間に多少驚きはしたものの、正直、死にかけたにしては短期間でよく無事だったなぁと暢気に思うだけであった。
そんな泣き虫な妹の背を優しくなでながら落ち着かせていると、――
――――√╲____……
「…………っ」
「? おねえさま」
脳の神経を逆なでされたような痛みを伴う気色悪い感覚に思わず手に力がこもる。背を撫でられていた手が止まって強張るのに気付いただろう妹から疑問の声が上がった。
そのままこちらへ目を向けたかと思うと、それはもう悪かった顔色がさらに青褪めて酷い顔色に変わった。そのまま強制的にベッドに再度寝かしつけられたかと思うと、妹は動かず安静にするように言い含めて慌てて誰かを呼びに走って出て行った。
私はと言えば、またぼんやりとし始めた思考を皮切りに重苦しい感覚が強く圧し掛かり、揺らぐ視界のままゆっくりと瞼を閉じていった――。
◇◆◇◆◇
――ガタッ
「…………?」
音としては小さな物音が響き、一気に重苦しい感覚が消え去る。嘘のように軽くなった感覚に戸惑いながらもゆっくりと瞼を開くと、日中には淡く感じられた病室は外の暗闇に準じる様にどこか恐ろし気な雰囲気を醸し出していた。
どうやらあれから眠ってしまったのか、どのくらい時間がたったのかは不明だが、夜に目が覚めてしまったようだと、周囲の暗さから悟る。
「――目覚めたのか?」
ぼんやりと考え事をしていると不意に、真横から聞こえたその声に警戒よりも驚愕が勝り身体が咄嗟のことに硬直してしまう。恐る恐る見上げた先には、この恐ろし気な周囲の雰囲気に混ざりあうように溶け込む美貌の男がただそこに突っ立っていた。
漆黒の髪に赤く怪しく輝く瞳は光加減が見せる妖しい黒色なのか、とにかく有体に言えば死神か悪魔かと言われれば信じてしまいそうなほどに、信じられないくらいに妖しい美貌の男がそこにいた。
「だ、だれ……?」
私の言葉に怪しい男は無表情のまま一拍後、その目をこれでもかと見開くと、詰め寄るように前のめりに近付く。そのまま食い入るように凝視し続け、その場に重い沈黙が落ちる。
「――覚えて、ないのか……?」
苦し気に絞り出した声には悲痛ともとれる嘆きが含まれていた。怪しい男ではあるが、その目からは特に敵意などは感じられなかったので、どこかで会って忘れてしまっていたなら申し訳なく思う。
「え、えーっと、あなたを見たのは今が初めてですけど……?」
こちらを悲痛に見つめる男には本当に申し訳ないが全く記憶に無い。こんな美貌の男を忘れるほうが難しいだろうことは明白だ。正直に記憶に無いと告げる。
「――そんな、そんなはずは……」
私の返答に対して余程の衝撃を受けたのか、ブツブツと独り言をしている男に私は暢気にも見惚れていた。何故だか分からないが、こう、心の奥が暖かい気持ちで満たされていくのだ。
今初めて会ったはずなのに不思議なこともあるものだと、ぼんやり男を見つめているとふと、何かに気付いたかのように顔を上げ、目が合った。
「――ぃッ!?」
――その目は先程感じたこちらを想うような目ではなく、明らかに敵意に満ち満ちていた。
「――誰だ」
心の底から憎々し気に放たれた地を這うような低い声に思わず身が竦み、悲鳴も出ない。身動きできないと分かっているかのようにゆっくりと男が右手を私の頭へ伸ばす。
「――お前を縛るのは、誰だ」
――わたしを、しばる……?
ゆっくりと男の手が近付いてくるが、特に抵抗らしい抵抗をしようという意思も湧かない。それは恐怖からか、それともまた別の理由からなのか――
――――√╲____……
「――ぅ、ぁ……ッ!?」
男の手が頭に届く寸前、唐突に身に覚えのある感覚が今度は全身を駆け巡るように蔓延った。私の様子に一瞬手を止めてしまった男を最後に、私の視界は真っ暗闇へと意識ごと沈んでしまった――。
◇◆◇◆◇
ゆっくりと視界が開けると、チカチカと目に優しくない白の天井が最初に目に入った。
さらに周囲にゆっくり目を向けると、ハッキリとした白の色合いは同じままにどこかの病室のように片側はカーテンで仕切られ、反対側は無機質な白い壁があるだけであった。
――ここは、どこだろう…。
白一色で目に優しくない室内を見回すも、ここに来るまでの記憶が曖昧だ。たしか、闘交会の最中であったはず。ここに運ばれたということは試合中に倒れてしまったということだろうか。
まだ意識がぼんやりとしてハッキリしない。そういえば試合はどうなっただろうか。追い詰められて仕方なく例のスキルを発動してしまったが、アレが発動した時点でママが相手でもない限り負けはありえない。
ということは発動して勝ったはいいものの制御しきれずにママが止めに入ったパターンかもしれない……。
――どうやら私は完全にやらかしてしまったようだ……。とほほ……。
誰が居るわけでもない病室らしきベッドの上で項垂れる。悪夢だ。あの時はそれしかないとやってしまったが、よくよく考えればその必要は無かったはず。
いくら多少スキルの影響で興奮状態だったとはいえ、やらかしてしまったことは消えない。もはやママからの制裁が軽いものであることを祈るばかりであるが、それも雀の涙ほどの希望の欠片も無い。
ママは極端に私があのスキルを制御できない環境で発動するのを好まない。今回の場合は特に、うささんが居ない不完全な状態で発動してしまったため、その怒りは天井知らずだろう……。
今更になって短絡思考に陥ってしまった過去の自分を呪う。完全なる自業自得であった。不可能と理解しつつ、どうにか逃亡できないだろうかと考え始めたところで物音に気が付く。
「…………――」
何やら話し声も聞こえていて、段々とこちらへと近づいて来ていることを悟る。誰だろうか。ママであれば音という音で私が気付けるようなヘマはしない。となると一般人になるわけだが、まだ頭がぼんやりしているせいかハッキリと相手を判別できない。
かろうじて少女位の年代で、武の心得が多少なりともあるだろうということしかわからない。いや、かなり分かるな。十分だ。しばらく、気にしないようにしていた、痛みを伴う頭痛を感じながらも相手を待つ。
あのスキルを使うと毎回同じ症状が出るため、痛み自体には慣れてはいないが、対処法には慣れている。安静にするしかない。それに尽きる。
――サァー……
それはカーテンが引かれた音でもあり、私の顔がゆっくりと青褪める音でもあったかもしれ無い。しかし、目の前にいる相手が登場したことで両方が引き起こされたのは間違いようの無い事実で……――
「――まあ! アイさん目覚めたんですのね。とても心配しましたのよ?」
私が見ていることに気付いたのか、開口一番に心配げな声音を発した相手は間違いなくリアだった。その仕草からもにじみ出るリアらしさにもはや言葉も出ない。
「――り、あ……?」
いや、まだ言葉は出せるみたいだ。そのくらい酷い衝撃を受けていた。リア本人は「どうかいたしましたの?」と不思議そうだが、どこからツッコめばいいのか迷い、内心どうかしたのはリアの方だ! と悲鳴にならない悲鳴で叫ぶ。
何故ここまで動揺しているのかというと、――
「――あら? アイさん起きたところを申し訳ございません。そろそろデボラ先生のところへ鍛えに向かいませんと……」
本当に申し訳なさそうにこちらへ歩み寄ってきたリアを衝撃のあまりマジマジと観察し、再び飛んでしまいそうな意識を持ちこたえる。
目の前にいるリアは顔も声も仕草も記憶にある情報と一致していたが、明らかに一部一致していない部位があった。
それは目の前で狭苦しそうにそわそわして、縮こまるように発達した上腕二頭筋を竦めるリアを見れば一目瞭然であった。
ふと、頭に最近対戦した筋肉ダルマ先輩が脳裏を過ぎるが、あちらはバランスの取れた筋肉ダルマであった。が、目の前のリアは明らかに不自然に発達した上腕二頭筋に太もも、そして制服の下から隠しきれない大きく割れた腹筋――。
――悪夢だ。
いつだったか、リアの決意にこうなることを危惧して諫めたような気がしたが、アレは無駄だったのだろうか……。
遠くなり始めた意識をギリギリのところで保っていたは良いものの、やはり精神的ショックが大きかったのか、朦朧とし始めて上体がベッドに逆戻りした。
薄れゆく意識に最後に思ったのは、
――デボラてめぇ、絶対ゆるさねぇぇぇぇ……ッ!!
◇◆◇◆◇
「――――ハッ!?」
ハァハァ、と荒い息を整えて周囲をサッと見回す。どうやらここは病室か何かのようで、あまりにも殺風景で目に優しくない色合いなのを除けば特に目立った特徴は無い。
『――やっと、お目覚めですか』
「……う、ささん?」
『――ええ、何かありましたか?』
落ち着いてきた呼吸をしっかりと整えてから、こう、モヤモヤモワモワする謎の感覚をなんとか伝えようとゆっくりと教える。
「……うーん、なんだか物凄く懐かしくて暖かい悪夢を見た気がする……」
『意味が分かりません』
「バッサリ!?」
ひどい。正直に教えてあげたのに。そんなのってないよ……。
『……どの程度まで覚えていますか?』
そう言われると、想い出せるのは例のスキルを使う直前までの記憶である。と、そこまで考えてサァーっと青褪める。マズイ。ママが激おこぷんぷん丸に違いない。
うささんに確認の意味も込めて視線を向けると、そろ~っと距離を取られた。その反応は私の考えが間違いないと親切に教えていて心が痛い。ついにやってしまったか……。
遠い目になって意識を飛ばす私を心配するものはこの病室内には居ない。どうにか逃亡できないものか……。
『不可能です。諦めてください』
「ですよねー……」
自業自得とはいえ、うささんの反応にはかなり悲しいものがあった。とりあえず先のことは先で考えようと、問題を先延ばしすることにして現状の確認に移る。
『…………』
私がこの病室のような場所で寝ていたことからも分かるように、結局スキル発動後に制御が出来なかったのだろう。近くに居たママが止めに入ったに違いない。
『…………』
ママのことだから試合の決着が着いた瞬間に介入して暴走する前に止めたと思われる。クール先輩達にはいらぬ恐怖を味わわせてしまったかもしれないことだけ申し訳なく思う。
『…………』
――そういえば。ジミー先輩はどうしたんだろうか。
確か、意識が戻った先輩に無茶ぶりでうささんの代わりのサポートをお願いしたところまでは覚えているけど……。
その後、スキルの特性のせいもあるけど舐めプしてしまった私のせいでジミー先輩が倒されてしまい、それで制御不能になったのだったか。それで――
――――√╲____……
「――――ッ」
――まただ。
――また? またって何が?
――また、あの頃に戻るの。
――あの頃って、何? 何のこと……?
――分からない。
――判らない。
――解らない。
「――ワカラナイ」
『――理解する必要はありません』
急激に増し始めた全身の神経という神経を逆なでする感覚に、思考が加速度的に鈍り始める。
私の目の前に浮かぶ白一色の病室では存在自体浮かんでいるピンク色のウサギのぬいぐるみが一匹。
『――ただの、エラーです』
「え、らぁ?」
ろれつが回らない。このぬいぐるみは何を言っているんだろうか。全く、理解が追い付かない。
――『――誰だ』
「だ、れ……?」
頭の中に響く、低く心地よい声。誰よりもその声を理解し知っていたはずなのに、今は脳が、心が、その存在の理解を拒むように働かない。
――『――お前を縛るのは、誰だ』
「し、らな……」
問いかけてくる心地よい声に答えようとして、ぐわんぐわんと視界が揺れる。もう、数秒と意識を保っていられそうにない。全身を覆い始めた重苦しくも鈍い感覚に身を任せて瞼が閉じる。
『――ゆっくり、お眠りください』
人工知能という機械だから当たり前なのに、なぜか、そのぬいぐるみの発する声音が無機質だ、と思った。私を静かに見下ろす姿を最後に瞼は閉じられ、暗闇に思考が沈み始める。
最後に脳裏に浮かんだのは、――
――『――俺を、置いて行かないでくれ……ッ』
悲痛に嘆く、見知らぬ男の言葉だった――。
作者自身、展開を知っているのに書いてて色々な意味で凄いドキドキハラハラしました。
シリアスコワイ。がくがくぶるぶる……。
次回、詰みたくなければご用心@その3です!
新キャラも出るので、是非お楽しみに!




