過去の夢をここに繰り返す
バトル無しです。
――暑苦しかったなあ。
長く感じた第二試合もやっと終わり、今は夜の散歩と洒落込んでいたりする。暑苦しい声援を浴びながら退場したけど、外まで出ても声が聞こえてたな。
『――逃げるのは結構ですが、帰りの面倒をみることになる私のことも考えて頂きたいですね』
「うっさいー」
たく、久々にしゃべったと思ったら文句か。相変わらずで逆に安心したわ。もしかして最近構ってないからって拗ねてんの? ――あうち!?
『心外ですね。改めて下さい』
「そ、そこまでするか……」
やっぱ拗ねてんじゃん。――あうちっ……!
こ、このっ! 強力な電流で遊ぶな! 今度は電流ブームかっ!
『そろそろ戻ってはいかがですか』
聞いてねえし!
『春とはいえ、冷えます。風邪を引いたとしても支障は無いでしょうが、相手に対して失礼です』
「はあ? そんなもんすぐに治せるでしょ、超技術で」
『――マリアの教育方針です。死に直結する病や怪我以外は自己治癒です』
は、つ、み、み、なんですが?
『今まで異常なほど息災でしたので』
なにそれ。遠回しにバカにしてない? ねえ、気のせい?
『気のせいです』
ほんとか? なんか、バカは風邪引かないみたいな裏ニュアンスを感じ取ったんだけども。ほんとに気のせい?
『被害妄想が過ぎますね。出直して下さい』
「どこに!?」
『さあ』
「さぁあっ!?」
構ってやれずに寂しがってるかと思えばいい度胸だな。思ってたより元気で何よりだ。AIに元気かどうか聞くのもおかしいかもしれないけど。
「はぁぁぁ……」
せっかくの夜の散歩も意味がないしな。夜の学校ってワクワクするものだと思って来たらバンバン地面も建物も昼間のようにハッキリくっきり発光してるし。マジなんなの。
唯一の救いは、夜空の星が綺麗に見えるってことぐらいだ。……こうも周囲が発光してたらムードも何もあったもんじゃないけどさ。
『やることが無いのなら戻ることを推奨します』
いやー、まあ、それもそうだけどさ。いいじゃん、たまには。こんな日があってもさ。ねえ?
『――なるほど。寮に戻れば前回同様に祝勝会が開かれるために行きたくない、と』
「ああもうっ! そうだよ、そうです、そうでござんすーっ!」
あんな暑苦しい試合の後にギュウギュウで暑苦しい祝勝会に参加とか冗談じゃない。リアたちだけとならまあともかく、何故か今回、いつの間にか発足していたジルニク君率いる怪しいクラブとやらも参加するそうじゃん。
しかも私のファンクラブだって言うし。余計絡みにくいわっ!
『普通の知り合いが増やせるまたとない機会ですが』
「ハッ……!」
て、待て待て待て。騙されるな、私。私のファンクラブを名乗る時点で普通の知り合いには成り得ない……! ――あっぶねえ。普通に名案、とか思っちゃったし、マジあっぶねえ。油断も隙も無いな。マジで。
『自覚出来て何よりです』
「……はいはい、お褒めに預かり光栄ですぅ~」
微塵も褒めてないだろうがな。けっ。
『逃げていても何も始まりません。早く戻られてはいかがですか』
「――――」
なんか。さっきからやたら戻らせたがってない? 何。戻ったら何かサプライズでも待ってるの? それって大丈夫なやつ?
『何を勘ぐっているかは知りませんが、特に何もありません』
「ふーん……」
怪しい……。いつも怪しいけど、今日は一段と怪しい……。
…………。
……まあでも、なんだかんだで普段であればうささんの言うとおりにするけどね。――ただし、今日はダメ。
何故か分かんないけど、もう少しお散歩していたい気分なんだよね。入学してから今まで、こんなことなかったから良く分かんないけど……。気分だから、もう少し散歩していたい。
『……行先はどちらですか』
「さあ?」
どこなんだろうね。気分の赴くままに適当に歩いてきたから、正直現在位置もおぼつかない。既に迷子ですね、お疲れ様です。
――遠くから暑苦しい声援が聞こえる。昼夜関係なく試合が続くからこそ、常に観客席には誰かしらいるものだから、当たり前なんだろうけど。それにしても今歩いている周囲には人の気配が全くない。
……発光に反比例して閑散とし過ぎた光景が逆に怖いくらいだ。
「――久しぶりに、独りになった気がする」
『――――』
毎日が充実してたから。ほんの一時でも楽しいと思える今があるって凄いこと、なんだよね――。一人で感傷に浸っていると、腕の中でうささんがもぞもぞとべスポジ探しし出した。
「あーうそうそ、ごめん。うささん込みだよ」
『――何も言ってませんが』
「あっそ」
うささんを抱え直して、当て所も無く進む。何故だかは分からないけど、この先に行ったほうが良い気がするんだよね。
こういう第六感的な何かがこうも働くことはそう無いことだから、どうしても気になるのだ。
『――この先、立ち入り禁止区画です』
「私ってこの学園内に立ち入り禁止区画ないみたいじゃん?」
『――――』
「うささんも酷いよね。こんな便利な情報を教えてくれないとか」
聞けば世界中の情報はなんでも知られるはずなのに、聞かないと教えないのって情報制限が著し過ぎませんこと?
ジミー先輩に教えてもらって初めて知ったし。学生証にある印とか、前知識も無く、特に何も言われきゃ分かる訳ないっつーの。
『――この先、危険区域です。引き返してください』
「あれ? ジミー先輩の話じゃ森に近付かない限り危険地帯は無いそうだけど?」
『――――』
尽くジミー先輩からの情報でうささんを論破する。AIは期間中参加できない。併せて、その人間の思考や行動の何もかもが一時的に別の場所に記録されるのだ。しかもアップデートは緊急時もしくは期間終了後。たまたまだけど、偶然知り得た情報。今初めて思考したから知ってたなんて知らなかったんだろうな。
――こんな気持ちの良い論破はこの先、一生のうちに何度あるかも分からない。心の中では拝む勢いでジミー先輩にグーサインを送りまくってたりしてる。……今頃くしゃみしてそう。
――ちょっと調子に乗ってたのは認める。早々起こり得ない出来事で舞い上がっていたのだ。ペラペラと無駄にしゃべりながら、すぐそこの角を曲がろうとして……。
「なんか、……やっぱなんか、怪しいよね。この先に何か私に隠したいものでもあ――」
――気配も音も無く、背後から口を塞がれる。いきなり訪れた絶体絶命のピンチに背中から冷汗が垂れた。危険信号が遅れて反応するも、既に手遅れ。
気分が上がって多少油断していたとはいえ、こうもあっさりと背後を取られるとは思わなかった。……力が、入らない。
絶妙に技をかけられており、後ろへ引っ張られても力が入らなくて身動きも出来ない。相当な実力者だ。――ヤバい。やばいやばいヤバい……! ――終わった。完全に終わった……。今世もオサラバか――、
「――だめでしょ~? 夜遊びは、ね?」
「……む、む?」
「そうよ~、ママよ~、あいちゃん?」
――び、びびびびっくらこいた~……。なんだ、ママ、か。……どおりで気付けないわけだ。普通に焦ったわ~。一瞬、世を儚んじゃったじゃん。心臓に悪いな、ほんと。
相手がママと分かって落ち着いたところを解放してくれる。思っていたより息遣いが荒い。あまりのことに相当消耗していたようだ。さすがママ。マジ容赦ねぇ。マジパネェ。
『――ですから危険区域と申し上げましたのに』
「もっと詳細を伝えてくれませんかねっ!?」
足りない。足りないよ! 毎回毎回図ったように情報量が足りてないよ……!
「あら~、いいじゃない。どうせなら母娘水入らずでお散歩しましょ~」
何をどうしたかは不明だが何故か、何故か状況を察したママが私の肩腕を掴み、逃すまいとする。マズイ。この流れは非常にマズい。なんとかせねば……!
「あ、ごめんママ。私これから友だちと祝勝会が――」
「――ふふふ、少しだけよ」
「はいぃ……!」
ダメでした。友人をダシにしたのを見破られたのか、ママの目が笑ってなかった。仕方がないのでママに引っ張られるままその場を後にした。
そうして多分、元来た道? を逆走して、さらに奥へ進んだ静かなところまで連れて来られた。周囲にはここ最近見ることが無かった自然が広がっていた。
「――何、ここ。きれ、い……」
「ふふふ、ママのお気に入りの場所よ~」
夜にも関わらず内側から光が溢れ出る湖。それを囲む蔦だらけの木。湖面には波紋も無く月が映し出されている。とても神秘的な場所だ。ママがお気に入りと言うだけある。
しかし、何故ここへ連れて来られたのか――。
「――あいちゃん、あいちゃん、こっちへおいで」
「……え、何そのセット」
「ピクニックよ~、ぴ、く、にっく!」
「はぁ……」
いきなり連行してピクニックですかい。何故に、今。このタイミング?
「たまにはいいじゃないの。母娘水入らずよ~」
「うーん。別にいいけど」
言われるままに敷かれたシートに近付き、履いていた編み上げブーツを脱ぐ。ちなみに脱ぎたいと思った瞬間に勝手に脱げる。仕組みは言わずもがな不明。気にせずそのまま歩いて行った勢いのままシートに座った。
早速もぐもぐと目についたサンドイッチを口にする。ママはそれをニコニコと見ながらも同じくサンドイッチを口にした。横には夜だからか、より神秘的だと感じる輝きを放つ湖。
――こうしてゆっくりとママと過ごすのも久しぶりだな。
「「……(もぐもぐもぐ)」」
……久々過ぎて話すネタが無い。必然的に目の前のサンドイッチを爆食いするしかなくなる。気まずいってほどでもないけど、特に話したいことも無い。というか私の行動は全部把握してるんだろうし。言ったところで「知ってるわよ~」なんて言われるだけだ。
しばらくそのままもぐもぐタイムが続く。
「――予言の泉って言うのよ、ここ」
「むぐむむ?」
「……飲み込みなさいね~」
「んむっ」
確かに行儀が悪いので、いったん飲み下す。それにしても気になるワードね、予言の泉。ここに来た本来の目的ってことかな?
「んんむ……でも、泉って言うより湖って規模だよ?」
「ふふふ、そうね」
泉にしては結構な広さがある。対岸も遠いし、透明な湖面からは深さの底も見えない。全体的に光ってるからかもしれないけど、入ってみないと深さも分からない。
「……けれど、ここは昔から予言の泉と呼ばれているのよ」
「何か理由でもあるの?」
「――そうね。理由なんて有って無いようなものね」
「それ結局どっちなの、ママ」
曖昧なことしか話さないのはいつものことだけど、強制連行してきたにしては曖昧が過ぎる。結局ママはしばらく「ふふふ」と笑うだけになってしまった。
仕方がないので、一度止めていた手を再びサンドイッチへのばす。それにしても美味だな、このサンドイッチ。さすがママ。料理も上手い。
「――いずれ必要になるときが来るわ。どうしようもできない困難に直面した時、ここを訪れるのよ」
「んぐむ、ん、こんなん?」
もぐもぐしながら聞き返すと、目の合ったママが思いのほか真剣な顔をしていた。思わず喉を詰まらせそうになって、なんとか耐える。
真剣な顔のまま、ママが私の両頬を包み込むように撫でた。
「――予言の泉が道標となるから」
うーん。意図も意味も全く分からないけど、ママが言うんだから、きっと必要なことなんだろう。ちょっと面食らったけど、一も二も無く了承することにした。
「ん~、なんか良く分かんないけど、分かった、ママ」
「――いい子ね」
ママは嬉しそうに笑うと、そのままもぐもぐタイムに入った。なんだかんだでママも大食漢だ。私以上に食べるんじゃなかろうかと思う。パパが世界的資産家じゃなければ家計は火の車ね。燃費が悪いのかしら。
暢気にそんなことを考えながらもぐもぐしながら予言の泉とやらを鑑賞する。夜の散歩から夜のピクニック。場所は変わったけど、これはこれで悪くないな、と考える私であった。
――だから気付かなかった。時折、ママが寂しそうな表情を浮かべていたことを……。
◇◆◇◆◇
――アイたちが予言の泉でオシャレなピクニックを満喫していたころより少し遡り、アイが連行される直前、角の向こう側にて。
「――アルト様。準備が整いました」
ロマンスグレーの上品な執事が己の主人へと声を掛ける。幼少期より仕えてきた主人の為、気心は知れていたが、人の気配が無くとも外では礼節をわきまえた行動をとっていた。
「――――」
その主人は今、ある方角を、正確には曲がり角を見つめて微動だにしていない。先程までは何の異常も無く、普段通りであった。
怪訝に思いながらも聞こえなかっただけかと思い、今一度主人へ声を掛ける。
「アルト様?」
「――――」
もう一度声を掛けても特に反応は無く、微動だにしない。このままでは埒が明かないので失礼ではあるが、前へと回り込む。
そこには毎日見ていながら、いまだに美しいと言わざるを得ない主人が驚愕、困惑、歓喜、恐怖、といった様々な感情を浮かべていた。
一部の近しい者には氷のように凍てついた素の無表情を時々見せることはあったが、普段は他者と一線を引くように取り繕った薄っぺらい表情以外は誰も見たことが無い。
素の感情をこれほど表に出した主人を見ることなど、なんて珍しいことか。否。青天の霹靂ともいえた。今まで一緒にいて見たことの無い表情に、普段から見慣れて耐性が強いはずの執事は一瞬意識が飛び掛けた。
「――まさか、」
「アルト様……?」
可憐な口から子ども特有の高い声が紡がれる。そこで飛びかけた意識を元に戻し、いったい何があったのかを確認すべく主人の名を呼ぶ。
「――っ!」
「あ、アルト様!?」
何を思ったのか。急に焦ったような表情をされると、高いヒールでカツカツと猛スピードで百メートルはありそうな距離を一気に走りぬき、曲がり角の向こうへ消えた。
慌てて主人の後を追うと、猛烈な勢いにしては意外にも曲がり角のすぐそこで立ち止まっていた。
「……アルト様?」
恐る恐る背後から声を掛ける。夜風になびく白金色の長い髪が一際強い一陣にサラリと舞った。その後ろ姿は儚げであり、夜の妖精と言えば誰もが納得する景色であった。
「――――」
神秘的で神聖、侵し難い光景に足踏みしていると、主人が何事かを囁いた。小さな呟きで聞き取ることは叶わなかったが、満足したのか、主人が振り返り、カツ、カツ、とゆっくりとこちらへ戻ってくる。
突然のことで呆然と立ち尽くしていた執事へ、主人の透明に輝く薄い青が広がる神秘的な世界の目が見据えた。儚い容姿も相まって、跪きたい衝動に駆られる。
それをぐっと堪えて、突然の行動の意味を問う。
「――アルト様。いかがなされましたか」
「――ふふ、」
笑いが止まらないとでも言い出しそうな表情で主人が笑い出す。何がそんなに可笑しいのか。再び怪訝な表情を浮かべる執事。
「――おまえは知らなくとも良いのです」
ひとしきり笑うと、突然主人が普段通りの凍てつく無表情へ変わって告げた。その表情の変化に肝を冷やしながらも、執事は深入りすまいと固く心に誓った。
そのまま二人は近くに待機させていた王侯貴族専用馬車に乗り込み、その場を後にした――。
「――見つけた」
貴人の言葉を残して――。
次回、アイたちが第三試合に入ります。
お楽しみに。




