閑話 うささんと私と愉快な仲間たち
見学期間のあれこれ、はじまりはじまり。
――朝、四時、起床。
自然と開く両の瞼。徐々に感覚が夢の世界から現実へと戻る。私の学園での朝は、他の生徒に比べても早くからのスタートを切る。特殊な防音加工を施されているため、自分自身の息遣い以外に周囲の音は聞こえない。
私が目を覚ましたことをどうやって感知したのか、寝ている間、ベッドを覆うように膨らんでいた薄い膜のようなものがシャボン玉のように弾けて消える。まったくもって原理が分からない。
どうやったらあの薄い膜に老廃物やらなんやらを吸い取られているのだろうか。まったくもって不可思議である。
『――お目覚めですか』
私が寝ている間、ベッドの外側に待機していたうささんが声を掛けてくる。基本的に私は今世、うささんを抱き枕にして就寝している。だが学園に来てからというもの、調整だかなんだかが面倒くさいという理由で、私が寝ている間はベッドの外側でスタンバっているのだ。
……AIが自ら面倒くさいからとかいう人間臭い理由言い出すとか驚きよね。たまに、実は中の人の存在的なものを疑う。本当はあなた、タイムシフト制なんじゃないの?
『二十四時間常時稼働しているという意味でなら、ブラックですね』
それもそうだった。休眠を不要とする機械だからこそ出来ることだけど、そもそも引継ぎとかを考えても普通にタイムシフトじゃ無理だわ。納得。
うささんも私が分かりやすいように、前世的な言葉や言い回しをしてくれる。正直、超絶助かります。
『本日も同じ予定でしょうか』
そうね。いつも通りでおなしゃす。言葉で返事しなくとも、口で発するより何倍も速くうささんに伝わるので、うささんと二人だけの時は基本、私は無言だ。
なので、稀に発声がまったくされない日とかもたくさんあった。それに、うささんが話しかける以前なんて、一言も声を出したことはなかった。大体のニュアンスで時々やってくるママに縦か横で首を振って返事していた。
むしろ当時は意思疎通に必要な言語というものさえ知らない状態だった。間に勝手にAIが入って脳に直接命令を出して、意思疎通を行えていたのだから。今思えば宇宙人かっての。ほぼほぼテレパシーみたいなもんじゃん。無駄な科学力よ――。
……逆に、学園に来て接する人が増えたからこそ、声を出すという行為が必要となり、自然と声を出さざるをおえなくなったのだ。今は周りにうるさく話をする人が増えたとも言う。
「ハッ、ハッ、ハッ――」
そんな益体もないことをつらつらと思考する。ちょうど、兼ねてより思いついていた筋トレを素の状態で実施中である。特に、有酸素運動だ。いずれ基礎の部分が強ければ強いほど、強化したときに顕著に表出する。
せっかくパイロットの免許を取得していても、運転が下手くそであれば見る影もない。出撃早々に撃墜されて速攻墜落死だ。特に、身体強化はそのちょっとした差が数倍にして変わるのだから侮れない。
デボラも言っていたけれど、ミリ単位で制御を誤ればすぐさまおじゃんである。私の制御に関して言えば、前世の豊富な創作物からなるイメージが強いからこそ、上手く行っている部分が多い。やはりオタク文化も侮れない。恐るべし、前世の創作物。
――約二時間後、六時。
軽く汗を掻いたので、シャワーをサッと浴びる。それが済んだら朝食を摂る。日々の生活リズムは朝から形作られるものである。ここを疎かにしてしまうと、人間、以後だらけるだけである。
朝食は毎朝食べたいものをその場でリクエスト。今世ではもう食べられていない前世の料理も出てくるから驚きである。うささん経由で読み取っているらしい。
そして、残念なのか凄いのか判断が難しいことに、完全に私の記憶の味を再現したものなので、味は同じでも見た目がナンだコレってな状態が多々ある。
一度もうカップメンが存在しないって聞いたから、注文してみたのだけど……確かに、お湯を注いで食べた味はカップメン。だけど見た目が萎びた靴紐だったのだ。見た目に反した鮮やかな味に何故か敗北感を覚えた。
素材が変われば見た目もそこそこ変わるだろうけど、さすがにあのあんまりな変わりようには驚いたものだ。まずいものが出てこないことだけが唯一の救いである。
『そろそろ時間かと』
うささんからタイムアップを告げられたため、大食いチャンピオンもびっくりな目の前の朝食を一気に平らげる。今世の身体は燃費が物凄く悪いのか、食べれば食べるだけ、ブラックホールに吸い込まれているかのように際限なく喉を通っていく。
食欲が旺盛というわけではなく、時間になるまでは特に空腹を感じないのに、目の前に出されるとなぜかパクパクと食べてしまうのである。私の胃袋は未だ未知数であった。
――七時、寮の出入り口。
軍服っぽい制服に着替えて寮の出入り口に向かう。実はこの制服、前の部分がⅤネックなので、人によっては肌が見えたりする。谷間の無い今の私には関係ないけど。
今世の制服を見ていて、前世のセーラー服を思い出す。あれはあれで青春という感じがして良かった。学校によって微妙な違いがあったものだけど、正直、マニアでもない限り、制服を着られる世代でなければ見分けなんてつかないなとも思う。
近くを通った学生を見てあの人はどこ高出身だ、とか。どこ中出身だ、とか。学ランを見ただけで言い当てられた前世の友人もついでに思い出す。今更な言い訳じゃないけど、地域密着型の教師でも目指しているのかと思って問いかければ、違うけど? ってきょとんと不思議そうに返されたときは正直引いてました。
あの子、結局将来どうしたんだろうか。成績ボロボロで制服の違いを把握している場合ではなかっただろうに。卒業はしたみたいだけど。
「…………」
またしても益体のたいことをつらつらと思い出していると、待ち人が来た。後ろを確認することなく、外へと散歩に出る。といっても向かう先があるから散歩と言っていいのか疑問だけど。
しかし、後ろから気配が付いてくることを鑑みても散歩でいいのかもしれない。そう、これは散歩。ペットの散歩なのよ。
ちらりと後ろをチェックすると、無言で一定間隔を空けたままフラフラ~っとついてくるヤマトくんを確認する。入学から数日にして濃厚な日々ではあったけれど、それも今は落ち着いた。……と、思いたい。
未だ見学期間で暇を持て余しているため、一定の予定とリズムで過ごしているのだ。その中で、今はヤマトくんの散歩の時間である。散歩の時間とか、何を言ってるんだ私とか思わないでもないけど、マジで散歩しているとしか思えない状態のため、散歩である。異論は認める。
はじまりは、寮の中に引きこもって筋トレばかりしているのが耐えられなくなった私が外へ飛び出したことで、ヤマトくんに遭遇したのがきっかけである。ちょうど、なぜか外でぼーっとして佇んでいたガスマスク装着系不審者に遭遇したので、公共の安全のため回収したのだ。
そしたら、なぜか今度はずっと私の後ろをフラフラ~っと付いてきたので、放置したのだ。本当は寮の自分の部屋に帰れって言ったんだけどね。その日はマジでそこら辺を散策しただけで寮に帰った。
明くる日、また外に散策に出ようと寮の出入り口に向かうと、なぜか陰からヤマトくんがフラフラ~っとついてきたのである。その日もまた外を散策しただけで終わった。
またしても、明くる日。同様に散策に出かけようとした私が――以下略。そうして数日繰り返すうちに、ヤマトくん同行の散歩がスケジュールに追加された。追加したのはうささんだけど。
――『明日もご一緒するのならどのみち予定に変わりありません』
とのことである。全くもってその通りだったので、素直に黙る。たまに時間をズラして先に出ることもあったのだけど、なぜか気付けばいつの間にか後ろにフラフラ~と付いて来ていたので、置いていくのは諦めた。
ふと後ろを振り返ったら、シュコー、シュコー、ってフラフラしてる不審者の気配が急にするものだから心臓に悪い。何気にヤマトくんは素早さと気配の隠蔽が普通より上手い。私が気付かないほどなのだから、何かの固有スキルなのではないかと疑っているけど、特に今のところは心臓に悪い以外に害はないため、放置である。
万が一の場合にはうささんがなんとかしてくれるだろう。
『そこは左です』
「……………」
無言のまま、真逆の方へ向いた足をターンして転換する。言い訳だけど、この学園は無駄に広いうえに、地上の景色に変化が少ないのだ。道を間違えてしまうのもこれは仕方ないと思う。うん。
私は今、目的地があって散歩している。ここ数日そこへ通っているわけだが。本当は超絶回避したいけど、うまい具合の理由をあれこれつけられて、まんまと術中にハマったのである。私のアホ。
そうそう、実はジルニク君も途中から散歩に乱入するようになったんだけど、私が今現在向かっている目的地が目的地と知ると、自ら同行を辞退した。いや勝手に付いて来て勝手に辞退するとかなんやねん、と思った私だけど、まあ、私も出来れば近づきたくなかった場所。
なので、ジルニク君の辞退も心情的に分からなくもないので許した。
『そっちは逆方向です。あちらの建物が目的地になります』
「…………」
またしても身体ごと反対方向へターンを決める。同じようなドーム形の建物が並んでいると本当にワケワカメ。と、そんなことはいいのだ。
こんなところに長居は無用。さっさと用事を済まして、さっさと退散するに限る。
「――やあ。待っていたよ。今日もご苦労、あいちゃぐうぇ!?」
遅かったか。変態に遭遇してしまった。ついでに、懲りずに許可していない名前を呼ばれたので、横を通り際に腹へワンパン食らわせる。
変態をしばらく行動不能の状態異常にして、さっさと目的の部屋へと向かう。そして部屋のドアを横にスライドして、ちゃっちゃか中へと進む。ヤマトくんは自主的に入口待機である。
「キュッキュ、キュー、おまたせ」
「キュー、キュー!」
「キュッキュキュッキュ!」
そう。ここは変態の巣窟……じゃなくて、クレイ先輩の研究施設と化している元教室で、目の前には以前色んな意味でお世話になった謎植物たちの部屋である。
実は不本意ながら先輩に頼まれて、しばらくこの子たちのエサやりをしているのだ。ほぼ毎日暇で来るので、勝手に名前をつけた。ネーミングセンスについてはスルーしていただきたい。
先輩もアンドレーとオスカールっていう名前を付けていたみたいだけど、私が名付けた途端、その名前に反応しなくなったそうだ。
……人のことは言えないけど、先輩も先輩で酷いネーミングセンスである。今にもお互いに名前を悲劇的に叫び合いそうなネーミングだ。私の命名のほうがまだ可愛げがある。
まあそれはさておき、実はこの子たちのエサが魔力なので、両手を目の前に差し出し、手からナニかを吸い取る様子を観察する。もやもやしたものがもわもわと手から流れ出しているのである。うん。言葉じゃ伝わらない、この感覚。
いつかの魔法少女爆誕までの長い道のりが思い出される。感覚的過ぎるって散々文句言ったけど、自分がこちら側に立って分かった。これは理屈では説明できない。
例えられるのなら、手足をちょっと意識して動かすようなものなので、いくら理屈や理論を求めても意識しろとしか言えないわけである。一般基準で健康的に産まれてきた人が、自分の手足を全く動かせないなんてことはないものね。納得したわ。
『――そこまでです』
「キュー……」
「キュッキュー……」
うささんからうささんストップされたので、名残惜し気な二匹? から手をさっと引く。与えすぎると狂暴化するみたいなのだ、この子たちは。
今回は結構多めに吸われたので、後一週間は問題ないだろうな、実質。なんなら先輩も常時待機しているし、元々先輩がお世話していたんだから当たり前だけど。
ここでの用事は済んだので、さっさと去ることにする。
「――もう行くのかい? あいちぉげうぇ!?」
いつの間にか復活を遂げた変態に、もう一発腹パンをプレゼント。特に振り返ることなく、さっさとその場を去る。後ろではヤマトくんが先輩に軽く会釈して、すぐさま私の後を追いかけてきた。
……いや、私が言うのも変だけど、そこな変態はヤマトくんの実の姉だろう。それでいいのか。最初の腹パンの時も素通りしてたけど、それでいいのか、ヤマトくん。
『寮でもう、アメリアが待っています』
よし。これでいいのだ。全速力で寮に戻りまーす。
次回、 閑話・続 うささんと私と愉快な仲間たち
でお送りいたします。




