百面相
デボラのターン、敵に7割の精神ダメージ発生! ……なんて、おふざけが過ぎましたすみません。
では続きをどうぞ。
先ほどまでの第一印象もなんのその。完全にイメージが崩壊した。勝手に、委員長っぽい見た目から文系と連想してしまった安直な私にも原因が無いとは言えないけど。
「教官。私、もう、身体の疼きを我慢できそうにないんです……!」
だからその言い方やめーい。見せられないよ、な表情と相まって私がイケないことをしてしまったみたいじゃないか。紛らわしい。やめれ。
刺激が強すぎるので、意識的に、一度にっこりと表情を取り繕う。大人の対応大人の対応大人の対応大人の対応大人の対応……とにかく頑張れ、私!
こほん、と真顔に戻ったままで咳払いを行い。再度、目の前の刺激物に対して殊更にっこりと、取り繕った表情を向ける。
「ああ……! 母娘揃って同じ表情をされるのですねっ……?」
私が何か言う前に、何故かさらに恍惚とした表情を加速させ、くねくねと動きをつけたデボラがのたまう。そうね。同じ表情っていうのは母娘だし、色彩的にも似てるから分かるよ。でも、本当に今の私の表情に似た表情をママがしていたというのなら。デボラ、あなた凄いわ。
――だって私の今の顔、滅多に披露しない、超ドン引き余所行きスマイルだもの。
「「…………」」
私が刺激物と対峙しているその後ろ。純情ボーイズは静かに撃沈していた。ヤマトくんは膝と頭を抱えて座り込んでいるし。まるでアルマジロ。
ジルニク君に至っては。まるでこの部屋に知らず入室して、年頃女子のお着替えシーンに遭遇してしまったから気まずい男子みたいな反応をしている。身体なんてデボラから真反対に向けていて紳士対応だ。
……後ろから見ると耳が真っ赤なのが丸わかりだけどね。初心よ。
「はあ、ふぅ、身体があの奥底から突き抜ける感覚を忘れられないんですぅ。もう一回! ほんのちょっと、ほんのちょっとだけでいいですからぁ!」
「その言い回しをやめんかっ!」
「はえ?」
先程の攻防がよほどお気に召したのか、呂律も回らなくなるぐらいに興奮しているらしい。分かりたくないけど、分かってしまう自分が嫌だ。昔は周りに身体強化を使える人がママくらいで他にはいなかったから、思い描くように動けるから面白くなって、何度もアクロバティックな動きでママと命がけで遊んだもんだ。だがもうその時期はとっくに卒業しました。
あれでしょ。やっとのことで手に入れたゲームがクリア後、他の新発売ゲームに埋もれるのと同じ現象。初めての遊びはやり尽くすと後々、吃驚するほどつまらなくなるのだ。特に子どものそれは顕著だ。
前世の思い出で、いとこが好きな戦隊の変身ポーズを覚えて遊びに付き合ったり、変身ベルトなるものをプレゼントしたのに、次のシーズンでは変身ポーズをハッ、と鼻で笑われた記憶が蘇る。さらに変身ベルトに関して言えば、おもちゃ箱の底でボロボロ状態で見つかった。
それで文句を言おうとも思ったけど、育ての親の申し訳なさそうに謝る姿を見て、育ての親云々はさすがに言えなかった。いとこは裏でこっそりほくそ笑んでたが。
そのいとこの、大事にするよっ! て宣言してた言葉は何だったのか。あれは幻聴だったんだろうか。当時は心の中で、こんのクソガキィィッッ!! ってムカついていたな、なつかしい。
……まあ。なので同じように今世の私も身体強化遊びブームが過ぎ去り、自然と落ち着いたのだけど。経験上、デボラもしばらく相手をすれば満足して自然と落ち着くことだろう。……落ち着くよね?
「後でいくらでも付き合うので落ち着け」
「――はい、教官。失礼しました」
私の言葉に対して、先程の光景は幻覚だったのではないかと勘ぐりたくなるほど、すん、と澄ました顔のデボラに変わった。あれ、マジでさっきの幻覚だったんじゃあ……? やっぱり私疲れてるのかな、最近。
「――ヤレるのを楽しみにしています」
あ、現実だったわ。あまりの落差に、先程のことは幻覚か妄想ではないかと私が疑っていると、落ち着いたはずのデボラがまた、見せられないよ、な顔を一瞬晒す。
ギャップが激しすぎるな。デボラ。本人より周りがいつの間にか疲れるタイプとみた。さすがポーカーフェイスが得意なママをドン引きさせる猛者。侮れない。
「それで、大分話が逸れたんだけどさ、私もともとここの教室見学に来たのよね」
「ええええ!!」
ええええ……? そんな驚くこと? あなたさっき入室うんたら言ってたでしょうが。え、まさか気付いてなかったの? そんなことある?
デボラがとんでもない! とばかりに左右それぞれの手を激しく横に振る。……そんだけ拒否られたら、さすがの私も精神ダメージ食らうんですけど。
「お、恐れ多いです! 教官!」
首と肩を竦ませ、段々と小さくなりながら本当に恐れおののいている。そんなおおげさな。それにあなたさっき、身体強化の発案者といってもどうせ軟弱なんだろう、どれ、試してやろう、みたいな上から目線だったじゃん。自分でそう言ってたじゃん。
私、人からの悪口みたいなのはかなりはっきり覚えてるんだかんね!? なめんなよ。
「あー、別にまだ見学だけで、入るって決めたわけじゃ……」
デボラがあまりに嫌がるので、まだ見学段階であることを伝えようとする。すると、途端に捨てられた子犬のような表情をされる。ヤバい。垂れ下がった耳と尻尾の幻覚が見える。やっぱり疲れてるんだ、私。
目をこしこし擦っても幻覚は消えなかったし、デボラの捨てられた! という表情も、涙が溢れそうで、罪悪感が湧く。
「でもやっぱ入ろうかな?」
「!」
私の言葉に幻覚の耳と尻尾が跳ね上がって激しく揺れる。だが、少しするとピーンと伸びて最初の恐れおおいですポーズに戻った。なので、やっぱり入室は諦める旨を伝えようとする。
「……うーん。やっぱりやめ――」
「!」
だがやはり捨てられた子犬が現れる。おいおいおい、結局どうしてほしいんだ。はっきりしてくれ。そんな私の視線を感じたのか、デボラが百面相をし出す。決断を迫れば昇天しそうだ。
「入室」
「!」
「帰る」
「!」
「入室」
「!」
「帰る」
「!」
「入……」
「遊ぶな!」
おっと。ジルニク君に早々に止められてしまった。いいじゃん。デボラにどっちを言っても進まないんだもの。入室、と言えばぶわっと一瞬喜び、すぐに恐れおおいですポーズ。帰る、と言えば先に顔を青褪めさせ、でもすぐさま行かないでと捨てられた子犬のような表情をされる。
ちょっと面白がったのは仕方ない。実際、ここまではっきりと顔に出ていたら遊びたくなるものです。人間だもの。
「大将が入るなら俺も入るぜ」
「あ、はい、分かりました」
軽っ! ジルニク君の言葉に対して、コンマ数秒の真顔対応だったわ。ほらみなさい。あまりのことにジルニク君ポカーンてしてるじゃない。可哀想に。この手のタイプは初めてなんだろうな。
「そ、それだけか?」
「はい。後日詳細案内を送ります。今日はもうお帰りになって結構です」
事務的にジルニク君の対応をするデボラ。用は済んだだろうと、ジルニク君のお帰りを促してさえいる。いや、それが普通の対応だって分かってはいるんですけどね。ギャップ。ギャップが凄まじいのよ、あなた。
「……?」
さすがのことにジルニク君も言葉がないようだ。再び私の前で百面相するパートタイムにシフトが入ったデボラ。私みたいに幻覚を見ているんじゃないか、ジルニク君がゴシゴシと強めに目を擦っている。分かる。分かるよー、その気持ち。
うんうんと納得しながらも、やはり何も進展しないこの現状。進んだのはジルニク君の入室予定ぐらいだ。もういっそ入るって言いきったほうがいいな、これは。
「うん。ジルニク君が入るし、私も元は入る予定だったから、やっぱり入るわ」
「!!!!」
結論をサッと告げる。それでも百面相は終わらない。でもこれで私のここでの用事は済んだものだし、留まる理由もない。
そこで、あ、と思いつく。
「そうそう。そこで蹲ってるヤマトくんも入室するから」
「!」
後ろでヤマトくんの吃驚した気配を感じる。勝手に決めてなんだけど、この際だ、面倒くさいのは皆纏めてしまおう作戦である。悪く思うなよ、ヤマトくん。これも人見知り改善と疑惑の払拭に繋がるのだ。ヤマトくんに掛けられている疑いはまだ、私の中で晴れていないのだから。
私の言葉に対してデボラがヤマトくんへ意識を向ける。その間、普通の顔に戻っていた。私がデボラの普通の顔をほぼ見ていないと思われても、これがデボラの普通の顔。絶対。
そして、普通の顔のデボラは一つ頷くと、特にかける言葉もなく、元のシフトに戻る。そう、百面相シフトへ。
馬鹿なことを考えながら、この後のことを考える。数日であらかた予定した教室の見学も終わってしまったことだし、後ひと月暇である。暇つぶしを考えねば。
本来、一般生徒は今も共通教室に行っているが、特待生は選択した教室が少ないと暇の極みである。何か暇をつぶせるものが無いと、最終的にママの元へ毎日出頭しなければならなくなるという本末転倒な展開も考えられる。冗談じゃない。せっかく二度とない猶予を貰ったのだから、毎日通わなくてもいい理由も見繕わねば……!
「そうだ!」
デボラが百面相するので、目の前でそれを眺めながら思考を巡らせていた私はいいことを思いつく。この理由なら、もしかしたら週一通いも夢ではないかもしれない。
「私、今後この教室ではデボラと戦闘訓練の時間にするわ」
「「!」」
デボラと、なぜかジルニク君も反応する。先程デボラが訓練場が併設されていると言っていたので、対人による実戦経験の少ない私がデボラと組み合わせればお互いにいい経験になると思ったのだ。
私は元々身体強化は使えるし、なんなら応用的使い方もうささんとのコラボで凄いことが色々できる。なので正直教室に入るまでもないんだけど、よく考えなくてもデボラの言う通り、実戦での実用がまだまだなのも事実。防御してたのにケガを負わされたしね。
だから先程の言葉になるわけだけど、ジルニク君から俺も参加したいぜ的キラキラした視線を感じる。デボラは言わずもがな、幻覚の尻尾が千切れて飛んでいきそうなほど振り切れている。
「分かった。みんなで一緒に訓練しましょうか」
「「「!」」」
みんなで、を強調した私にヤマトくんも反応する。察しがいいな。その通り。あなたも強制参加です。無言の圧力を感じたのか、ヤマトくんが蹲ったまま両腕を擦る。
こうして話に一段落がついたと判断した私は、ひとまず併設された訓練場に趣き、我慢できなかったデボラの相手を数度行った。
……ちなみに、私がデボラに構ってたので、暇してたジルニク君がヤマトくんを引っ張り出し、対戦しました。そして瞬殺されました。ヤマトくんに。やはり意外と出来おるな、ヤマトくん。と認識を改める私であった。
人によって態度をあからさまに変える人って、意外と気付かれないものですよね。特に異性は。
同性にはバレます。高頻度で。
そしてやっと教室見学が終わりましたね。
次回、見学期間中のあれこれやります。




