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ロストアイ  作者: たみえ
大事な幼少期
22/106

遠方より来る


 ――何の変哲もない日常。


『雪だるまですか』

「そうそう、雪だるま。この季節には十八番でしょ」


 せっせと小さい体で雪をかき集めて小さな山を作る。だるまは土台作りが要なのだ。

 興味があるのか、ヨドさんが近くに寄ってまじまじと私の最高傑作を観察する。

 どうだ。これぞ私の逸品よ……!


『わし、そのような奇形のものは初めて見たのぅ』

『ある種の芸術品ではありますが』


 しかし大蛇と人工知能にはこの神秘が伝わらないようだ。全くもって残念である。


「お黙り! これは立派な雪だるま! 誰が何を言ってもゆ・き・だ・る・ま!」


 見てみなさいこの素晴らしい輪郭を。まるで活き活きとしているではないか!


『おかしいですね。私が調べた記録とは形が一致しません』

『わしもそう思う』

「お黙り!」


 激しい大声を出したせいでボロボロに崩れ落ちた雪山の残骸を盛り直す。


『『「…………」』』


 ……肝要なのは顔だ。


 立派な二つのおめめ。立派なにんじんみたいな何かのお鼻。適当に拾った小石を並べてバケツを被せれば、完璧だ……!


 ――何の変哲のない会話。


 私は今、ヨドさんとうささんを連れてお庭で雪遊びをしている。

 ゲームをクリアしてからしばらくはママから特に次の課題が提示されることも無く日々を楽しく過ごしている。


『それにしても意外でしたね。子どもを産み忙しいとはいえマリアが何も課題を出さないなんて』

「何が? いいでしょ、楽しければ。今のまま平穏な子供時代の記憶を、思い出を作らせてよ」

『そうですね。今しかありませんからね』


 え、なにいきなり。

 ……急にデレないでよ。反応に困るでしょ。


『む? 確かに……。主は基本すぱるた、だからのぅ、遊ぶなら今というわけかの』


 私が日々スパルタスパルタ言ってるお陰でヨドさんが一つ新たなワードを覚えました。かわいい。

 ……でもほんとそうなのよね。おかしな話だけどママから課題が無いのは単純に嬉しいし存分に遊んで満喫してるんだけど。

 なんか、こう……何もないとむずむずするというか、ちょっと物足りないというか……。


『完全にマリアの教育に侵されていますね。思考が野蛮人です』

「おい、それは言い過ぎ。ちょっとサイコって言い直してくれない?」

『なお悪い響きに聞こえるのだが……』

「お黙りヨドさん! 細かいこと気にしてるとモテないよ!」

『……わし、傷ついた。う、うぅぅ』


 え、ごめん。


 なんかえぐった?

 禁句だった?

 ちょ、涙目禁止!

 ごめんごめん、お願い、泣き止んで?


『惨いですね。なんて仕打ちを……』

「いや第三者視点で傍観してないでこれなんとかしてよ!」

『自業自得ですね』

『うおおおおんんんん(シャアアアアアア)』


 やめて!


 ……念話と鳴き声ダブルで精神攻撃しないで……!

 耳と頭に響いてダブルパンチされてるから……!


 ――というかあんたら遊んでんでしょ。


 分かりやすいよヨドさん!

 ちらっちらと見てたらさすがに気付くよ!


 ――訪れた一時の平穏に慣れ始めたころ、唐突にそれは起こった。


『困りましたね。どうし、っ……! 逃げて下さっ……』


 ……先ほどまで楽しんで状況を見守っていた声が急に、途切れた。 


 ――ザシュ……


「――あれぇ? 手ごたえ薄いなぁ~、どうしてぇ?」


 ――――一瞬で。


 たった一瞬で辺りの空間すべてが静寂に包まれた。圧迫される空気が全てを置き去りにして声を、喉を、肺を、心臓を締め付ける。冬だというのに首筋から背中を伝う冷汗が止まらない。


 ――ダメだ。コイツはダメだ。


 逃げないと、死ぬ――。


 ――殺される。容易く。あっさり。あっけなく。赤子の手を捻るかのように……。


「――ふ~ん。役に立たないおもちゃだねぇ?」


 突然現れた男は、訳も分からないままの私たちを無視してうささんを切り、圧倒的強者としてそこに居ながらうささんを鷲掴み、不思議そうにしながらもさらにうささんを切ろうと……。


「――お、まえ、あああっっ!! ……その手を離せえええっ!」


 その瞬間、理由は分からないが恐怖に勝る衝動に思わずプッツンとなって飛び出した。


 ――恐怖も何も怒りで思考が真っ白になった。


 後からなんとなく理由は分かった。

 確かにうささんはいつも意地悪で皮肉っぽくて胡散臭いけど。

 ……でも。それでも、――


 ――そんな雑な扱いをされているのを見て冷静でいられないほどには、仲良しなんだからッ!


「――あははぁ、来なよ、カワイイおチビちゃん?」


 何が楽しいのか。男はうささんをプラプラ揺らして弄んで、こちらを煽るだけだ。

 ――プッツン。


『待てアイ! 迂闊に近づくな!』

「うぇ?! ――でもっ!!」


 ヨドさんが怒り心頭な私の前に回り込み行く手を阻む。おかげでたたらを踏んだ。

 ……思いっきり顔をヨドさんにぶつけたし。

 そのまま少し冷静になった頭でヨドさんの影から男の様子を伺う。うささんは未だ乱暴に振り回され、弄ばれている。早く助けないと……!


『冷静になれ、アイ。それにうさ殿は問題ない。あやつには絶対に近づくな。わしが何とか時間を稼ぐ。うさ殿も取り戻す。だから屋敷へ逃げろ。あやつも中までは入れまいて』

「――へぇ~? 良く分かってるねぇ~、君。初めて見た顔だけど、新入りかな?」

『急げっ、アイ!』

「っ!」


 ヨドさんの迫力に負けて気付いたら足が思わず勝手に玄関へ向かって走り出していた。


 ――ママだ。


 ママを呼べばあのヤバい男を何とかしてくれるはず……!!


「あれぇ~? どこ行くの~?」

『わしが相手だ、余所見するでない』

「そっかぁ~じゃあ、」


 玄関が段々と近づく。あと少し……!


「――、寝ろ」

『ぐああああああ、あ……!!』


 ヨドさんっ……!


 ――だめ。ここで振り返ってはダメ!

 早くママを呼ばないと……――!


「――――いいの? 死んじゃうよ?」

「ひっ!?」


 耳元の近くで囁かれた。


 ――ありえない。かなりの距離があったはず。


 ……気配を感じた時点ですぐに飛び退いたけど、マズった。玄関前に陣取られた。


 ――どうする、どうするどうするどうする……!!


「――あれぇ? ……ねぇ。君、もしかして――」


 こちらに対して仕掛けることなく弄んでいた男が私の何かに気付き、驚いたかのように目を見開いた。そして一瞬だけ気が緩んだ。


 ――良く分からないけど、今だ!


 小さい身体を活かして相手の懐に入る。後は急所を……。


「――おっとぉ、お痛は良くないなぁ~」


 寸前で正気に戻られ腕を掴まれた。本来であれば実力差的にここでアウトだ。しかし伊達にママの地獄レッスンを耐え生き延びてきた私を侮らないでほしい。

 軽く掴まれただけでもかなり痛い。くっ、なら逆手にとって……。


「大人しくして……」


 私を完全に捉えたと思ったのか男が危ない雰囲気をおさめた。今だ!

 掴まれた腕を起点に腹筋の力だけで一息に男の腕に足が絡みつく。そのまま回転の作用を利用し男の腕をへし折る勢いで技をかけた。


 ぐぎ――


「う、」


 良い音がした。……綺麗に腕を捻じれたようだ。

 ――これはチャンス! 今のうちに玄関に――!


 ――そのまま私はママのもとに走っていった。後ろは振り返らずに――。


 私が去ってから暫くすると、男の折れたはずの腕は元通りとなっていた。地面に叩き付けられた際に被った埃を払いながらゆっくりと男は立つ。


「――やるねぇ、ちょっと楽しくなってきちゃったよ」


 雪がしんしんと降り積もる中、男は玄関の前でただ、佇んでいた。


「それで、どうやって入ろうかねぇ?」


 男は屋敷に入る権限が無かった。


「ま、どうにかなるかなぁ?」


 そのまま玄関に居座った男は走り去っていった娘が戻るのを待つことにした。


 ――きっと近いうちに再会することになる。


 寒そうにしながらも分かりやすいように男は玄関脇に座った。雪はしんしんと降り積もり、気温は下がるばかりであった――。

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