女王様と雑魚と心の在り処
久々の投稿ですみません。他の作品に浮気してましたごめんなさい(ノД`)・゜・。
――私は今、心の底から胸糞悪い気分だった。
「アレが弱いのはアレのせいでしかない。そうは思わんか」
「思わないですね、全く!」
「そう睨むな。穴が開きそうではないか」
目の前で堂々とした佇まいでこちらを見据えるのは、アリアナ・グラ=トウジョウ。蛍光ピンクの髪色がなんとも目に痛々しいが、それを補うように深い緑の瞳がどこか落ち着いた雰囲気と威圧、貫禄を醸し出していた。
私が何故、アリアナを睨むのか。それは先日行われたアリアナたちとリアとの試合が原因である。
電波な聖女先輩との試合後、やはり避けられているのか一度も遭遇することが無かったリアは、そのまま自らの試合へ赴いていた。
心配だったものの、もしかしたら試合に集中したかっただけなのかもしれない、と察した私は観客席で見守っていたのだ。それが、あんな――
「――廃人にはならなかったのだろう?」
「――――ッ!」
「だから、そう睨むな」
言うに事欠いて――!
そもそも廃人同然に弄んだ張本人が何を言うか。実体でない分、ダイレクトに精神へとダメージが蓄積されるのだ。それを承知の上であんなことをしたとしか考えられなかった。
……当のリアは未だに、私もお世話になった殺風景な病室で独り絶叫を上げながら意識朦朧のまま治療を受けていた。
うささんの良く分からなかった解説によると、試合で用意される精神体を超えて、さらなる先の精神に影響が及んでいるらしい。治療は難航する見通しだった。
――そもそも、どうやってそんな非道なことが行われたのか。
観客席からは何をしたかの詳細は結界のせいで確認できなかったが、何をした後にああなってしまったのかは分かっていた。
――ちらり。
アリアナの斜め後ろに、頭の後ろに腕を組みながら欠伸している男子生徒。あいつがリアの頭に触れた瞬間、リアが動きを止め……そして倒れた。
そこで本来なら自動で試合終了となっただろうに、それが機能せず、突如としてリアが発狂したのだ。
あの時の観客席はというと、とても盛り上がれるような空気ではなかった。誰もが息を呑み、困惑した。なにせ、試合中の突然の発狂である。
その最中、さらなる困惑が広がった。――アリアナが、無抵抗のリアを痛めつけ始めたのだ。
……正直、目を逸らしたくなるほどの光景だった。
『えぇ、えぇーっと……じゅ、準決勝となります今回は、お馴染みのアイ、ジミーペア……』
さすがに前回の試合の内容があまりにあんまりだったため、いつもの実況もどこか困惑を滲ませるような、覇気の感じられない戸惑いに溢れた開始となった。
『そ、そして、ここまで危なげなく勝利をおさめてきた王者のザコ、アリアナペアになります……』
シーン……。
よく言えば固唾を呑んで、悪く言えば息も出来ないほどの緊迫が会場の観客席の雰囲気だった。それはおそらく、入場早々からメンチ切る勢いで殺気立つアイと、それを嘲笑うアリアナのせいでもあったが。
「ふむ。そなたがそう強く睨むからか空気が大分悪くなっている」
「奇遇ですね。ちょうどこの一帯が陰湿臭いなと思っていたところです」
「――ほう」
ガシッ!
アイとアリアナ、二人が試合前に一触即発な雰囲気で舌戦を繰り広げていると、突如アイが肩を掴まれて後ろへ強く引っ張られた。
「――少し、冷静になろうか」
「私はいつだって冷静ですよ、ジミー先輩」
犯人はジミー先輩である。ジミー先輩は勿論、迷子の保護者、いや、監督者として先日のリアたちの試合に同行してくれていたので、私が何故これほどまでに怒り心頭なのかも理解してくれているはずである。
「なら、今回の作戦は?」
「ぶっころす!」
間髪入れずに答えた私の言葉に、ジミー先輩が目元を覆ったまま天を仰いだ。心なしか目の端に光るナニかが見えたような気がしたが、特に興味はなかった。
今はとにかく相手をどのようにして這いつくばらせてやろうかと、悶々と考えているだけであった。
「――君とは冷静という言葉について話し合う必要がありそうだ」
「なんでですか!」
がるるるる、と猛犬のごとく牙を剥きそうな私に、ジミー先輩がどうどう、と宥めにかかった。私は躾のなってない犬か。失礼な。
これでも理性は残っている。試合の中で絶望を味わわせてやろうというくらいには分別がついている。
……でなければとっくの昔に試合関係なく実体のまま突撃していたことだろう。
「――分からんな。そこまでアレに肩入れする気持ちが」
「肩入れ以前の問題だと思いますが?」
何をいけしゃあしゃあと。
ジミー先輩と堂々とした丸わかりなコソコソ話を聞きつけたのか、アリアナがこちらに聞かせるようにハッキリと疑問を呈した。
目線は変わらないはずなのに、アリアナが喋るたびにやたらと上から降るような威圧が増す。それに負けじと強く睨み返すと、アリアナは私の視線を真っ直ぐ受け止めながらも鼻で笑って言葉を続けた。
「ふん。普段であれば気にすることもなかったろうが……」
そう、何故か心底不思議そうな顔で明後日の方向を見ながらのたまった。
「――どうやらそなたは鍵だったらしい」
「……鍵?」
だから、いったい急に何の話なのか。
……最近出会う人出会う人の話が意味不明なのは私だけだろうか。それともこの話の唐突さや急展開はこの世界の標準装備なのだろうか……?
アリアナが見つめる先を見てみても、シン……と固唾を呑んで静まり返る観客たちしかいない。いったいそれがどうしたというのか。
「……そなたがまだ鍵なら間に合う。試合を降参するがいい」
「は?」
こいつもか。
この前の電波聖女もそうだけど、唐突過ぎる上に理解不能である。なぜ、戦う前から降参を勧められねばならないのか。
聖女先輩も、目の前にいるアリアナも、――戦うことを忌避して言っている様子ではなく、本気でそうするほうが良いから親切で勧めている雰囲気なのが余計こちらを混乱させる。
「嫌ですよ、普通に。なんで言われるままに降参しなきゃならないんですか。まさか、私が一言言われただけで降参するような雰囲気に見えてます?」
「いや。……それもそうだな」
アリアナが何かを振り払うように頭を振ってこたえる。そんなシリアスで意味深な感じで呟くだけ呟いたかと思うと、目を眇めながらこちらを見た。その視線の威圧感に、思わず考えていた不満がぺらぺらと口から出ていた。
「――大体、ご先祖の言葉がどうとか、鍵がどうのとか、全くもって意味不明ですよ。もしかして裏で示し合わせて私たちをからかっていらっしゃるんですか? それとも最近は無駄に意味深にする厨二病とか流行ってたりします? 筋肉よりドン引きですよ! 無駄に深読みさせようたって私は絶対に騙されませんからねっ! 精神的に戦意を失くさせるつもりだったのなら早々に諦めて下さい! むしろ試合で合法的に殴り飛ばせる思えばスッキリ爽快! 清々しい気持ちになると思いますよ!」
「そうかそなた――」
私の鼻息荒い怒涛の文句にアリアナは顔色を変えずに目を眇めたまま、しかしすぐに口元を嘲笑に歪めた。前にリアを見ていた時と同じ顔で、私を見て告げる。
「――そなたは何も知らないのか」
「なにを――」
言うに事欠いて再びの意味深発言、しかも何も知らないである。うささんに聞けば世界丸わかりな私に対して、とんだ言葉である。
たしかに私のお願いで聞いていないことは知らないけど、それは後で聞けばいいだけのこと。それを言い返そうとしてアリアナに言を遮られた。
「いや、知らされないのだろうな」
「…………」
「心当たりはあるようだな」
いや、そりゃあまあ先に教えておいてくれよ! って思ったことは一度や二度ではないけど、……そのどれも結局は危険なことでも、重要なことでもなかった。だからうささんの度を越した些細な意地悪があっても対処には慣れているし、いままで問題も無かった。
――そう、思っているのに、反論しようと出てくる言葉はなぜか……言い訳じみてしまった。
「……そういう時は、殆ど重要なことではなかった……し、それにッ! 本当に死んでしまうような危険は教えてくれて――!」
「――記憶は簡単に捏造出来る。意志の無い鍵ならなおさら簡単に、な。鍵であるそなたに死なれれば困るから救うだけだ」
――鍵とか、意味が分からない。
「でも、本当に危険な時は助けてくれて――」
「――そなたはその救われた危険とやらを今まで覚えていたことはあったか」
「――ッ」
――覚えて、ない、かも……。
まるでうささんが私に嘘をついて騙していると言われているようで――認めたくなくて、下唇を強く噛んでアリアナを睨んだ。
――たとえ、真実うささんが私を騙していたとして、それがどうしたというのか。もともと普段から騙されているようなものである。それを今更、少しうささんが胡散臭いことをしてたと気づいただけで、どうしてそんなことを他人に指摘されないといけないのか。
アリアナは嘲笑からいつの間にか可哀想なものを見るような目に変わっていた。何故か、それに怒りは湧かなかった。というより、どうしてこうも感情的になっているのか分からなくなってきた。
……そういえば、私はいつの間にアリアナとこんな話をしているのか。不思議と先程まで感じていた筈の怒りまでもが静まっており、感情が混乱してるようにごちゃまぜに乱されていた。
――だめだ、これ以上深く考えてはいけない、気がする。この先は、考えてはいけない気がする――でも、なぜだか勝手に思考が動いてしまう。
……これ以上何も、考えたくないのに。
……そういえばなぜ、私は自身のことを知りたくない――怖いと、ずっと思っているのだったか。
――考えるな。
……そういえばなぜ、私は前世を覚えて――いや、どうやって思い出したのだろうか。
――考えるな。
……そういえばなぜ、私の記憶は途切れているのだろうか。
――考えるな。
まるで視界が濁っていくようで、呼吸も徐々に浅く、早くなっている気がした。目の前のアリアナすら歪んでいるように見えて、足元も覚束ずに崩れ落ちた。
――もはや、自分でも何を言いたいのか、何をムキになって反論したかったのかさえ、分からなくなってきてしまった。
「――その、鍵とか意味わからないです。だって、私は普通に生きてきただけで、そんな人工物の無機物ではなく、皆と変わらない血の通った魂のある人間で――」
……――――√╲____
――本当に、そうだっただろうか。
だいぶ間が開いたので過去の詳細な内容を忘れてしまったかもしれませんが、先の展開はばっちり決まっているので、後は文字打つのを頑張ろうと思います。
次回もよろしくお願いいたします。