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しばらく呆然とした後、何もする事も逃げる事も出来ないので手帳を調べた。漫画一冊程サイズの手帳で、革表紙の茶色い手帳。皮特有の光沢があり、ツルツルで傷一つ無く、文字どころか模様すら書かれていない。表紙を捲ってみるが何も書かれておらず、ほぼ全てのページが白紙。書かれていたのも裏表紙の裏側に、名前を書く為の横線があるだけだった。
手帳を脇に挟んでペンを手に取る。重量感のある黒い木製の万年筆で、キャップを外すと金色のペン先が輝いている。インクは充填されているようで、指先で触ると黒いインクが滲んだ。万年筆を使うのは初めてだが、持ってみると意外と手に馴染む。文房具屋で試し書きもせずにペンを買う性格なのだが、無性に書きたくてたまらない。今の状況から気を紛らわせたいからだろうか?
手帳を左手に持って裏表紙を捲る。そして、横線の上に名前を記入すると、流れるようにペンが動いた。不安定な状態で書いたにもかかわらず、いつも以上に綺麗で繊細に名前が書かれていく。まるで書きたいと思った事が自動で書かれるような状態。意識的には自分が書いているので、とても気持ちが良い。やがて最後の文字が書き込まれていく。かなりの速記だったので、時間としてはあっという間なのに、長時間かけてゆっくり書いたような不思議な感覚だ。
地島 幸造
突然、書き上げた名前が光を放つ。光は輝きを増し、徐々に広がっていく。光は七色に輝き、幻想的に揺らめいている。手帳全体が光に包まれる頃には、眩しくて直視出来ない。仕方が無いのでしばらく目を瞑っていると、手帳の重量が軽減した。恐る恐る目を開けると、光は消えて手帳の表紙が変わったいた。
整備士の書~始まりの大地~
そう読める謎の文字列。日本語で書いたはずの名前も、謎の文字に変化している。しかし問題なく読む事が出来る。頭がおかしくなったとは感じないし、恐怖も感じない。だけどこの時初めて俺は、ここが現実世界でないと実感したのだった。