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Amnesia Doll  作者: 黒宮杳騏
17/22

ⅩⅦ 合否

意識の浮上と共に、重い目蓋をゆっくりと持ち上げる。

「ん、ようやく目が覚めたか?眠り姫?」

聞き慣れたお兄ちゃんの声が、まだぼんやりとする頭に流れ込んできた。

「…お兄ちゃん?」

自分でも驚くほど擦れた声だったけれど、お兄ちゃんは労るように目を細めて微笑する。

「ああ、ここにいる。よく頑張ったな、お疲れ」

お兄ちゃんの膝枕で、優しく髪を撫でられた。

その心地よさに再び目を閉じかけて、ふと身体の怠さで思い出す。

私は、試練に勝てたのだろうか。


「お目覚めですか?」

不意にコッペリウスさんの声が聞こえて、私は声の主を探す。

「温かい紅茶をどうぞ。少し休んでから、ゆっくりと話をすればいい」

目の前にあるテーブルに、ことりとティーカップが置かれた。

「起きられるか?」

「うん、大丈夫」

上体を起こしてお兄ちゃんの隣に座りなおすと、改めてコッペリウスさんとテーブル越しに対面する。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

そう言って、コッペリウスさんは優雅に紅茶を飲んだ。

「あ、あのっ、試練は…っ」

気が急いている私を見かねたのか、お兄ちゃんが優しく私の手を握る。

「とりあえず落ち着け。ほら、俺はまだちゃんと動いてるだろ?」

「そっか…うん、そうだね」

少しだけほっとしてお兄ちゃんに頷くと、ひとつ深呼吸をしてコッペリウスさんに向き直る。

「やっぱり私…ダメだったんでしょうか?」

「そうですね、合格か不合格かで言えば不合格です」

「…そう、ですよね…」

明らかに落胆する私を見かねたのか、コッペリウスさんは優しい口調で続けた。

「でも壊れることはなかった。それは素晴らしいことだと思いますよ」

その言葉を喜ぶべきなのか返事に困っていると、珍しくお兄ちゃんが皮肉めいた様子で口を挟んだ。

「『(ハダリー)』は無事じゃなかったけどな」

その言葉を聞いた瞬間、さっと血の気が引いた。

「え?!ちょっと見せて!」

私は勢い良く手を伸ばして、お兄ちゃんの前髪を上げて左目を覗き込む。

「うそ…ヒビが入ってる…」

私は愕然として、それ以上の言葉を発することが出来なかった。

亀裂(クラック)程度で済んでよかった、と思うべきですよ」

落ち込む私に、コッペリウスさんが慰めとも皮肉とも取れる言葉を投げかける。

私は失礼だとは思いながらもコッペリウスさんの言葉を聞き流し、恐る恐るお兄ちゃんに尋ねた。

「お兄ちゃん、それ痛くない…?」

「ああ。むしろ痛いのはお前のここだろ?」

そう言って自分の胸を指すお兄ちゃんは、やっぱり優しい。

元から見えていない左目とはいえ、明らかにヒビの入ったそれを直視することは無言の責めを受けているようで、私はお兄ちゃんの前髪を下ろして左目が見えないように隠した。

「…お兄ちゃん、ごめんね…」

そう呟いて、前髪だけではなく後ろ髪も撫でてから手を離す。

「あんまり気にするなって。ほら、せっかくの紅茶が冷めるぞ?」

「うん…じゃあ、頂きます」

「ええ、こちらもどうぞ」

コッペリウスさんが柔和な笑みを浮かべて、クッキーを示した。

「あ、ありがとうございます…」

私は半ば思考の停止した頭で、勧められるままにクッキーを齧る。

「…あ、れ…」

不意に視界が歪んだと思ったら、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

「いいよ、泣きたいだけ泣けばいい」

お兄ちゃんが、私の頭を自分の胸に押しつけるようにして抱きかかえた。

まるで、私の泣き顔をコッペリウスさんから庇うように。

「ごめん…ごめんね、お兄ちゃん…ごめんなさい…」

私はお兄ちゃんの胸に縋りついて、ただただ謝罪の言葉を口にする。

「もういいから、そんなに謝るな」

私の頭や背中を撫でながら、お兄ちゃんは優しく声をかけてくれる。

それが更にいたたまれない気持ちを助長して、我慢しきれなくなった私は、とうとう声を上げて泣いてしまった。

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