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Amnesia Doll  作者: 黒宮杳騏
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ⅩⅥ 試練の後

ぐったりと憔悴しきったあいつを横抱きにして、ようやくコッペリウスが扉から出てきた。

「おい、大丈夫か?!」

駆け寄った俺が顔を覗き込んで軽く数回頬を叩くと、あいつはまだ焦点の合わない虚ろな瞳で俺の方へ手を伸ばしてきた。

「……」

聞き取れないほどの小声であいつは何か呟いたようだったが、俺はそんなことお構いなしに、その頼りなく伸びて震える手をしっかりと握り返す。

「安心しろ…俺ならここにいる」

部屋に入る前より更に冷たくなった小さな手を両手で挟み、少しでも早く体温が戻るよう祈った。

「どうぞ」

力なく抱かれたままのあいつの身体を俺に預けたコッペリウスは、そのままソファーへ横たえるよう促した。

「ああ」

俺はあいつの身体をすくい上げるようにして受け止め、傍のソファーへゆっくりと横たえる。

「『試練』は…可もなく不可もなく、といった所でしょうか」

「じゃあ、こいつは…」

赤くなっている目尻を指先で軽く撫でてやると、安堵したのか虚ろに開かれていた目蓋が閉ざされた。

「残念ながら不合格です」

俺は亀裂の入った左目に触れ、あいつの受けた『試練』がどんなに過酷なものだったのかを思い知る。

「…あれだけの苦痛を乗り越えろって言うのか…」

思わず漏れた溜息に、コッペリウスが苦笑する。

「だから『試練』なんですよ」

そして、俺からこいつに視線を移し、こう続けた。

「とりあえず『収容所』行きは免れました。それで良しとしましょう」

そうだ。俺がこうして正常なままでいられるということは、こいつが『試練』に勝つことはできなくても負けはしなかったという証拠だ。

「…よく頑張ったな、お疲れ」

汗で額に張りついた前髪を払ってやると、ぴくりと眉根が寄った。

目を覚ますのかと身構えた俺に、コッペリウスが柔和な笑みを浮かべて言う。

「まだ気絶状態です。目を覚ますまで、もう少し時間がかかるでしょう」

深く穏やかな闇が支配するこいつの意識は、確かにすぐには覚醒しそうになかった。

「おい、タオルあるか?」

汗ばんだ肌を拭ってやろうと思い、俺はコッペリウスに声をかける。

「ええ、ありますよ。濡らしますか?」

「ああ、頼む」

席を立ち、濡れたタオルを持ってきたコッペリウスから冷たいそれを受け取ると、力なく晒された首筋や額を拭ってやる。

タオルが冷た過ぎたのか、時折反射的にびくりと身体が跳ねた。

「…今は、ゆっくり休め」

それに対する答えが返ってくることは無かったが、今はまだ、深い眠りに落ちたように気を失っている、そのままでいい。

あれだけの苦痛に耐えたのに願いを叶える事が出来なかったと知ったら、こいつはきっと泣くだろう。

そんな時、どんな顔をして、何と言葉をかけたらいいのか分からないから。

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