ⅩⅣ 亀裂
重苦しい沈黙の中、俺は目を閉じてあいつの心境を探ろうとした。
しかし、いくら意識を集中しても何も感じ取ることができない。
「おかしい…何があった…?」
思わず漏れた呟きに、すかさずコッペリウスが反応する。
「残念ながら、繋がりなら切れていますよ。あの部屋に入った時から。…気付きませんでしたか?」
これは、迂濶だったとしか言いようがない。
あの部屋に入る直前まであいつが感じていた震えるほどの緊張が、ぷつりとまるで糸が切れたように消えたことに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
「クソッ…」
拳で膝を叩いて悔やむ俺を眺めるコッペリウスは、さっきからずっと笑みを浮かべたままだ。
それが俺の苛立ちを助長する。
「そんなに心配ですか?」
「当然だ。俺はあいつの…」
「『デュオ』だから、ですか?」
コッペリウスに先を越される形で、俺は率直な言葉を吐き出す。
「分かってるなら訊くな」
「これは失礼しました」
俺の明らかな怒りを宥めるように、コッペリウスがわずかに首を傾げる。
形式上だけの謝罪の言葉など、この場では不要だ。
それを分かった上で、こいつは俺の神経を逆撫でする。
どれほど沈黙が続いただろうか。
不意に、ぐらり、と世界が揺れたような感覚に陥った。
これは何だ?
ぐるぐると回り続ける世界の中、あいつの悲鳴が聞こえた気がして、俺はコッペリウスに詰め寄った。
「おい!今すぐ試練を中止して、あいつを連れ戻せ!」
あいつの身に何かが起きているのは間違いない。
怒鳴る俺の剣幕に動じることもなく、コッペリウスはまるで子供に言い聞かせるように告げる。
「試練の中断は不可能です。それこそ精神が破壊されてしまいますから」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「言ったでしょう?待つしかない、と」
遠く耳鳴りのように聞こえ続けるのは、たぶんあいつの悲鳴だ。
焦る俺とは対照的に、コッペリウスはのんびりと紅茶を飲んでいる。
俺はあいつの『デュオ』なのに、今は感情を共有し緩和させることもできず、ただ待つことしかできない無意味な『人形』だ。
やるせない憤りを持て余した俺は、ソファーから立ち上がって室内をうろうろと歩き始めた。
「落ち着かないんですか?」
コッペリウスからの呑気な問いかけに言葉を返す余裕もなく、俺は部屋の中で行ったり来たりを繰り返す。
しばらくそうして部屋中を歩いていると、突然絶叫とでも呼べそうな悲鳴が聞こえた。
その瞬間、左目に違和感を覚えて思わず手を当てる。
「おや、亀裂が入りましたか…彼女もそろそろ限界のようですね」
コッペリウスが淡々と告げる。
限界?それはどういう意味だ。何がどうなってるんだ?
回らない頭で現状を把握しようとしても、金属質な耳鳴りが邪魔をしてまったく思考がついてこない。
「それにしても、さきほどの悲鳴は凄かったですね…」
さっきまでとは違って、どこか寂しげにそう言ったコッペリウスは手元の紅茶に視線を落とした。
そして、懐中時計を取り出すと、「…頃合いですかね」と言ってゆっくりとソファーから立ち上がり、あいつのいる白い扉へ向かう。
「…まだ貴方が動けているということは、最悪の事態は免れたということですよ」
立ち尽くす俺にそれだけ告げると、コッペリウスは白い扉のドアノブに手をかけ、がちゃり、と音を立てて扉を開き、するりと身体を滑り込ませるようにして中へ入って行く。
「…ま、待て!俺も…」
一緒に行く、と言いかけた言葉は、無情にも冷たく無機質な音を立てて閉まった扉に阻まれた。
俺は、あいつを守ってやれなかったのだろうか。