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Amnesia Doll  作者: 黒宮杳騏
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Ⅹ 森の入り口

「とうとう着いたねー…」

鬱蒼としたガラテイアの森の木々を見上げながら、道しるべ代わりに人が分け入ってできた径の入り口へ、「そうだな」と呟いたお兄ちゃんと並んで立つ。

「長かったねー…えーっと…何ヵ月だっけ?」

私が指折り数えていると、「半年はかかってないだろ」と計算を放棄したらしいお兄ちゃんの声が降ってきた。

「もう、そんなに行きたくないの?」

「別に」

もともとガラテイアの森に行くことに否定的だったお兄ちゃんは、森に近付くにつれて不機嫌になってきた。今だって凄い仏頂面だ。

「ここまで来ちゃったんだし、もうしょうがないじゃん。諦めてよ」

「諦めるも何も、俺は別に…」

「分かってるよ。お兄ちゃんが私を心配してくれているからこそ反対してるっていうのは。でもね…」

「あーもう分かった、分かったから好きにしろ。俺はもう何も言わない」

お兄ちゃんが諦めたように大きく溜息を吐いて、両手を上げてみせた。

「かわいくないなあ、もう」

「かわいくなくて結構。ほら、先に進むぞ」

先人が辿った径を頼りに、恐る恐る森の奥へ歩みを進める。

まだ昼間だというのに薄暗い森の中は、まるで夜の森へ迷い込んでしまったかのようだ。

私は少しだけ心細くなって、思わずお兄ちゃんの袖を掴んでしまった。

「何だ?怖いのか?」

にやり、と片方の口角を上げて、からかうように私を見下ろすお兄ちゃんに、私は精一杯虚勢を張る。

「怖いんじゃなくて、足元が暗くて危ないから掴まっただけだもん」

「あー、はいはい。そういうことにしといてやるよ」

「何それー!ホントかわいくない!」

「ほら、無駄口叩いてるとこけるぞ」

お兄ちゃんがそう言い終わるのと同時に、私は大きな木の根につまづいた。

「う、わっ!」

「っと…言ったそばから転ぶなよ」

反射的にお兄ちゃんへしがみついた私を支えながら、お兄ちゃんはやれやれと溜息を吐く。

「…ごめん…ありがと」

「もういいから。手、出せ」

「え?」

私は何を言われているのか分からず、数回瞬きを繰り返してお兄ちゃんを見上げた。

「だから、手繋いでてやるって言ってるんだよ。次にこけた時、とっさに支えられるか分からないからな」

お兄ちゃんのむすっとした顔と差し出された手を交互に見て、私は何だかおかしくて笑いそうになるのを堪えながら、その私より大きくて優しい手を取った。

「…お願いします」

「遠慮すんな、俺は『お兄ちゃん』だからな」

お前の面倒を見るのは当然だ、と続けたお兄ちゃんの言葉が、ちくりと胸に刺さって息苦しくなる。


そうだ、この森に来たということは、お兄ちゃんが『お兄ちゃん』じゃなくなるってことなんだ。

何も言わなくても私のことをすべて分かってくれる完璧な『お兄ちゃん』は消えて、私とは違う他人の、『人間』のお兄ちゃんになるんだ。

ここまで来て、ようやく「本当にこれで良かったのか」という疑問と淋しさが押し寄せてくる。

今更ながら、お兄ちゃんが森に来ることを反対した理由が分かった気がした。


本当に、今更だけど。

「…ありがと」

手袋越しに感じる、お兄ちゃんの節くれ立った球体関節の手。その作り物めいた小さな温もりを逃さないよう、私はお兄ちゃんの手を握る手に少しだけ力を込めた。

「ん、何だ?」

「ううん、何でもない」

こんな複雑な気持ちだって、本当は全部お見通しなのに詮索しないでいてくれる。

ここまで来て、もう後戻りは出来ない。

もし私が本気で戻りたいと思ったら、お兄ちゃんは迷わず私の手を引いて森の外へ引き返すだろう。

でも、それはしたくない。

今までずっと、反対しながらも一緒に旅をしてくれたお兄ちゃんに申し訳ないから。

これ以上、お兄ちゃんを振り回しちゃいけない。


森の奥で何が起きるかなんて分からない。

でも、どんなに怖くても私は前に進むしかないんだ。

初志貫徹。

お兄ちゃんにたくさん心配をかけた分、私はまっすぐに歩き続けるしかないんだから。

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