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――白猫ネルは悩んでいた。


 ネルがこの森で暮らし、どれくらいの時が過ぎたのだろうか。

 小さな躰は、未だ小さいまま。

 それでも、苛酷な森の中にあり、ネルの躰は着実に適応していく。

 呑気、気ままな飼猫から一転しての野生生活。

 生まれたてとは違い、あの家族のもとですくすくと成長をした自分ならばと飛び込んでみれば、案外楽なものだった。

 逃げ足には自信があり、森の獣の中ではやはり小さく、入り込める隙間が多かったこと。

 そして彼らにはない知恵がネルにはあった。

 森の中、ネルの狭い縄張り。

 高い木の上にある枝の寝床は快適だし、一番の懸念であった食料の確保も問題なし。

 最初は、警戒心の強い森の小動物達に逃げられて途方に暮れていたネルだった。

 だが、意外に無警戒である大きな獣。

 彼らの確保した餌を掻っ払うことを覚えてからは毎日、胃袋を満足させることが出来た。


――もっとも、来る日も来る日も、川に入って苦労して獲った魚を盗まれる熊にとってはたまったものじゃないだろう。

 最近では、ネルを追いかける彼に、怒りだけでなくどこか惰性と諦めが混じっている。

 だからといって、ネルの健脚が緩められることはなく、勝ち取った獲物を美味しく頂いていた。


 そんな森の住人としてはいささか快適すぎるはずの生活にネルが耐えられなくなったのはなぜなのか。


 それは満たされていたはずの食についての問題だった。


――白猫は、自然の味そのままを楽しむことに飽きたのだ。


 たっぷりの塩と少量でいいので香辛料がふるってあるのが理想。

 そして何より生の肉にはない、火が通った芳ばしさと柔らかい食感。


 それを求めて、火起こしに挑戦してみたのだが、己の可愛らしい肉球では無謀な試みだったと涙がホロリ。


 白猫は森を出る決心をする。

 だが無策で森を離れることは出来ない。

 食糧豊富な森のその外側は白猫にとって未知の場所だ。

 人の暮らす街がある方角すらわからないし、その道中、食糧を確保できる場所はあるのか。

 

 だったら森を行く人の後をつけるか、彼らにネルを拾ってもらえばいい。

 決断してから、ネルは日課の散歩に加え、人に作られた細い道を通ることにする。

  

 白猫の散歩は長い間続いた。

 人通りは少なかったが、それが原因ではなく、ネルの選り好みが激しかったせいで。


――今日も、動物好きそうで、清潔な、そして金が有り余っていそうな身なりの人間はやってこない。

 来るのは無骨な武装の男たちや、大きな荷を担いだ商人風の男だけ。

 彼らを視界に入れるたび、白猫は鼻を鳴らして、不満を表す。

 もっとも、こんな獣道に近く、馬車が通るにも狭い道を、ネルの望む人物が歩いてくることなどないのだが。

 そのことに思い至らない程度に獣で傲慢な白猫に、罰があったのか。

 ある時からその淋しい道に、全く人が通らなくなる。

 日が沈み、月が上り、それを幾度繰り返したことだろう。

 半ば諦めかけていた白猫。


――神様、贅沢は申しません。この際、不潔な戦士や、汗臭い商人でも構わない、次に訪れてくれた者達の後についていきますと、白猫は己の思い上がった態度を反省する。


 その祈りが天に届いたのか、彼らはやってきた。

 ならば白猫はたいそう喜んだのだろうか。


――白猫は迷っていた。

 贅沢は言わぬといった、だけれども。


 その場にゴロンと横になって寝息をたてる長耳の女の口の端は、翡翠蜂の蜜の残りで艶々と輝いている。

 焚き火の反対側を見る。

 リーフトラウトの骨をしゃぶったまま、いびきにしては、うるさすぎる轟音を響かせている筋骨隆々の小男。


 白猫の食事を横取りしたあと、謝罪もなく満足したように眠ってしまった二人。


――贅沢は言わぬが、盗人が旅の友とはあんまりではないか。


「ナゥ!」


 神への抗議に燃え、前足でエルフの顔を何度もペチペチ叩く。


「――その、僕の旅の仲間が。あの、本当にごめんね」


 神は応えてくれなかったが、残った一人の青年が、身内の恥に体を小さくして白猫に頭を下げた。

 長耳と小男のいびき、そして焚き火の音以外は、いつもと変わらぬ森の夜はこうして更けていった。



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