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もう一つの連載作品『脱獄始めました~鈍器で殴って服すら奪う~』の最新話投稿しました。

そろそろ登場人物も『尻裂き行き遅れ女』とか自分が気に入っているのが揃ってきたので馬鹿な話を書けそうです。

暇つぶしにどうぞ。


 鬱蒼と茂った高い木々。

 それらが陽光を遮っているので、昼間にもかかわらず森の中は薄暗い。

 だが一筋、光が指す場所がある。

 それは人の手が加わり、木々を倒し作られた人工の細い道。

 利用者が少ないから道が狭いのか、それとも狭いから利用者がいないのか。

 それでも旅をする者にとっては、貴重な道。

 響いてくる足音が、彼らの到来を森に知らせた。


「もう、エミリオもゴズーもそんな速度じゃ、今日中に森を抜けれないわよ!」


 旅装の三人。

 軽快に後ろ歩きで先頭を行く少女。

 特徴的な長い耳に、肩まで伸ばした黄金の御髪、整った容姿。

 それらが長命種であるエルフだと示している。

 森の守護者と呼ばれる彼女の足取りは軽いものだった。

 木々に囲まれた彼女は、鼻歌交じりで道を歩く。

 それに比べて彼女の視線の先、生気に溢れる木々に体力を奪われでもしたのか、足どりの鈍い男が二人歩いている。

 前を行くのは背の低い年嵩の男。

 もっとも低いといっても、それは種族的なもの。

 丸太のように太い腕と脚は、そこいらの人族の成人男性を軽く絞め殺せる凶悪なものであった。

 だから短く整えられた髪と髭で清潔感はあったが、それでも鉱山の主であるドワーフの粗暴な印象は抜け切れない。


「これ、セラフィマ。あまり無理を言うでない。わしはともかく、坊っちゃんにとっては初めての旅になる。それに、ここまで険しい森で涼しい顔をしていられるのはエルフであるおまえくらいなもんじゃて」


 セラフィマと呼ばれたエルフは、ドワーフのゴズーの指摘を聞かずに、彼の横を通りすぎて、一番遅れている青年の前にやってくる。

 最後の一人は大陸でもっとも人口の多い人族の男。

 長い後ろ髪を紐で纏めている、柔和な顔の男であった。

 体格は、決して細くはないが、立派でもない。

 意匠の細かい片手剣を腰に挿してはいるが、どうもそれが不釣り合いだ。


「ごめんなさい、私ったら。女の私が疲れていないからあなたも大丈夫だろうって決めつけて。そんなにエミリオが辛いんだったら休憩にする?」


 別にセラフィマは、男のくせに情けないと貶しているわけではない。

 心配そうに、エミリオの顔から疲労具合を読み取ろうした。

 それがわかったからこそ、エミリオは無理して笑顔を浮かべる。


「――本当に大丈夫だよ、セラ。それに今日で森に入って三日目。予定より遅れているせいで、食糧に余裕がなくなってきているし、そろそろ暖かい寝床が恋しい。休憩なら森を抜けた先の村でとることにしようよ」


 セラフィマはエミリオの強がりを見抜いているのだろう。


「はあ、無理はしないでね。ほら少し荷物を貸して、持ってあげるから!」


 気遣いの言葉をかけて、エミリオに歩調を合わせて歩き出す。

 そして、彼から荷を半分奪い、それをゴズーに放ってよこした。


「――坊っちゃんへの優しさ。その何割かをわしにも回してもらえんかのう」


 聞こえるように愚痴をこぼして、ゴズーは背負袋に受け取った荷物をしまい込んだ。

 人とエルフの組み合わせの旅など大陸では珍しい。人とドワーフもまたしかり。

 まして、犬猿の仲のエルフとドワーフなど。

 奇妙な三人組は、森の出口を目指していく。


 ●

 それに気づいたのは鋭敏な感覚を持つセラフィマが最初だった。

 先頭を行く彼女が、手で止まるように二人を制する。

 そして、口に手を当て静かにと。

 ピクピクと長い耳を動かし、周囲の音を集める。

 男性二人には聞こえないなにかを辿り、その音の発生源を確かめるよう、視線を動かしていく。

 視線が道の横の草むらで止まると、セラフィマは腰の刺突剣を抜いた。

 それに続くようエミリオは柄に手をかけ、ゴズーは背中の戦槌に手を伸ばす。

 緑がガサゴソと揺らめく。

 道沿いではあったが、人の気配が薄い。

 人に害なす獣ではと、警戒を高める。


――だが張り詰めた空気の中、草むらか飛び出してきたのは小さな頭。


 蒼く丸い眼を、三人に向ける。


「ね、猫? もう、驚かせないでよ!」


 それは白い猫だった。

 白いのだが、所々くすんだ毛並み。

 黒い縞模様で、体長四十メイル程の猫としては平均的な大きさ。

 ただ額から尻尾にかけて流れる白い鬣が特徴的だった。

 緊張を解き、三人は息を吐く。

 セラフィマは刺突剣をしまい、ゴズーは白い猫をじっと観察していた。

 動物好きのエミリオなどはそっと手を伸ばすのだが、ひらりと避けられてしまう。

 こちらに攻撃の意志がないことが伝わったのか、白猫は三人に背を向けて鼻を一つ鳴らすと、そのまま、道を横切り、反対側の草むらに消えていく。

 野生の獣に愛想など求めても仕方ないのだが、セラフィマはどうにも馬鹿にされたような気がしてならない。

 それにエミリオが手を伸ばしたまま名残惜しそうに草むらを眺めているのも気に入らない。


「もう、猫一匹に相手にされないくらいで、何落ち込んでいるのよ! そんなことじゃこの先――って、どうしたのゴズー?」


 ゴズーは一人渋い顔をつくり、白猫の通った跡を確かめている。

 そういえば、先程からやけに甘ったるい香りが辺を包んでいた。


「ん、ん、この匂い――なんの香りかしら?」


 セラフィマは瞳を閉じて、嗅覚に集中する。

 倣い、エミリオも。


「――ああ、これは恐らく翡翠蜂の蜜の香りじゃな。先ほどあの猫が咥えていた穴の空いた菱型の塊が奴らの巣じゃったんだろうよ」


 地面に垂れていた、緑色に輝く蜜を指で擦り合わせ、セラフィマの問に答えてくれる――どこか己の答えが間違っていればいいと願っているように見える。


「ええっと、じゃあさ、おじさん。どんどん大きくなってくる、この金属を叩き合わせたような音って?」


 ついで、エミリオの疑問。

 その音はセラフィマも気になっていた。

 年若い二人の質問に対して、年長者は言葉ではなく、態度で示す。


「――坊っちゃん、奴らの一刺しで、成牛が絶命します。どうしても追いつかれそうなら、最悪、荷物は捨ててください。――ではお先に、ぬおおおー! 死んでたまるか!」


 忠告のあとに、ゴズーは白猫が飛び出した草むらと反対にとっとと走りだした。

 ドワーフにしては俊敏なその走りに気を取られてエミリオは呆けている。

 そして一呼吸遅れて状況を理解した。


「――ってこんな、のんびりしている場合じゃないよ、セラ! 早く、に、げない――と?」


 木々の切れ間、だいぶ先に見えるドワーフの背中に追いついているエルフが一人。


――その薄情な光景に、安心したお人好しな青年。彼はすぐ後ろに迫る緑色に光る蜂の群れを確認すると、ありがたい忠告通り、背負った荷物を全て放り出し、疲労を忘れ走りだした。


「――エミリオ、い、生きている?」


 荒い息のエルフに、エミリオは手を上げて返す。

 あれから一刻は、蜂に追い回されただろうか。

 先頭を走る猫の影は消え、道を外れた森の奥、三人は息も絶え絶え、適当に腰を下ろして休んでいた。

 特に疲労のひどい、エミリオは四肢を投げ出し死体のように地面に転がっている。


 そんな貧弱な青年を挟んで、二人の言葉が飛び交う。


「――ゴズーってば、大した身の軽さね! 正直、ここまで速いとは思わなかったわ。私、ドワーフって、もっと鈍重で、義理堅い生き物だと思っていたわ! 見事な逃げ足よね。どう、神官など辞めて、盗賊にでもなったら? ほら、あなたの厳めしく下品な顔と、主を見捨てる性根にぴったりだと思うわ」

 

 絶対に褒めていない賞賛を受けて、ゴズーの巌のような皺を刻んだ顔が歪む。


「ち、違うんじゃ! あの翡翠蜂には、ガキの頃に尻を刺されて以来、恐ろしゅうて仕方がない。そうでなければ、亡き奥方のため、わしが坊っちゃんを見捨てることなどありえん! のう、信じてはくれまいか」


 己も、エミリオを残して一目散にかけ出していたはずのエルフは、執拗にドワーフを責め立てる。

 こういった口喧嘩ではやはり女性のほうが強いのか。

 自責の念に駆られた、ゴズーの顔がどんどん曇ってしまう。


「――下品って――そんなにわしの顔は怖いのか?」


――違った。一粒流れた涙の原因はそちらではないらしい。


「ああ、もうそれくらいにしてあげてくれないか。ゴズーもこう言っているし、あの数では逃げる以外に何かできたとも思えない。それにこれは僕の体力のなさが招いた結果だ。自業自得だよ」


 己が諍いの原因でもある。エルフの糾弾を見かねて、優しいエミリオが仲裁を呼びかける。

 エルフはドワーフとエミリオを見比べて。


「そうね、男の子のくせにあそこまで体力がないのはちょっとどうかと思うわ。体力をつけるために、次の村によったら、なにか担いで重しになる物でも用意しましょう」


 すんなりと矛先をエミリオに変えてくれる、優しくないエルフ。

 

「そうじゃな坊っちゃんにはしっかりしてもらわないと。貧弱な男のままでは奥方に顔向けが出来ん――重りには葡萄酒などが最適じゃろう。二、三本、買い付けておこう」 

 

 そしてなぜか助けたはずのドワーフが薄情にも背中を刺してくれた。

 あと葡萄酒を選んだのは、ただのゴズーの好みだろう。

 二人からの厳しい忠告を、己が犠牲になれば収まるとエミリオは黙って飲み干す。

 そんな苦労性のエミリオのことから、一転してセラフィマの矛先は見失ったあの白い猫に。


「そもそも、追い掛け回される原因はあの猫にあったのよ! 今度見かけたら、文句の一つでも言ってやらないと気がすまないわ! 大体、あんな小さな体で、蜂の群れにちょっかいかけるって頭おかしいんじゃないの?」


「ナァア!」


 白猫は頭を横に振る。


「ふむ、しかしあれは猫だったのかのう? こんな森の深くに生息しているのであれば、魔獣の幼子の可能性もある。まあ、こんな広い森で、出会すことなど二度とないじゃろうて、諦めろ」

 

 思い出して険しい表情になったエルフを年長者としてなだめる。

 


「――って、エミリオ、何しているのよ? その様子なら、もう大丈夫そうね」


 口を鳴らし、二本指で手招きをしているエミリオを見て、呆れている。 

 白猫は、大きく口を開けて欠伸をすると、耳をピンと立てた。

 セラフィマより早く、エミリオの視線の先を確認したゴズーが固まっていた。

――いつからそこにいたのか。

 休憩が終わったのか、白猫は地面にあった蜂の巣ではないそれを咥えると、さっさと走っていてしまう。

 愛想をくれない猫にエミリオは落胆する。

 唐突に落ち込んだエミリオと、軽く握った両拳を合わせ顎の前に置き、瞳を閉じ祈りを捧げるゴズーを、セラフィマは訝しげにした。


「――神官様はなんでお祈りを始めたのかしら? 私、エルフだから外の宗教には詳しくなくて――やばいわね、歳が歳だし、このジジイ、頭がおかしくなったのかしら? それにさっきから生臭い臭いが鼻につくし」


 顔を顰めたセラフィマはまず、ゴズーに祈りの意味を尋ねた。


「――ああ、本当に、本当に不幸なことに、先ほどのあの猫の体毛が濡れてなかったのだ」

 

 意味不明なことをのたまい深いため息を吐く年長者に、このドワーフはついに、とエルフが引きつった笑みをエミリオに向けてきた。

 そして小声で『ちょうど人気のない森だし、ここに捨てて行きましょう』と冗談には思えない冗談をくれる。


「それと二人が嗅いだ、その臭いはリーフトラウトじゃな。この時期になると、肥え太ったメスが産卵のため、生まれた川に戻ってくる。塩焼きにすると脂が乗っていて、酒のあてにぴったりなんじゃがのぅ――」


 ひとつ前のエルフの疑問に、美味であると、とても悲しそうに眉を降ろしてゴズーが説明してくれた。

 そしてこちらに顔を向けたまま背中を見せずに、ゆっくりと後ずさっていく。

 

――ちなみにドワーフの方が先に、エルフと主人を捨てた。


 走りだしたドワーフを目でおったエミリオとセラフィマは、己達以外に、もう一つ大きな息遣いが増えていることに気づいた。

 エミリオは相手を刺激しないよう、ゆっくりと首を動かし、後ろを確認してからまた前を向く。


『リーフトラウトは一つ目熊の好物じゃから、川近くの人間は最大限警戒して漁を行っているそうじゃ! なに、凶暴な気性ではあるが、足はそこまで早くない。昔、村人が襲われた時には、若者五人の内、三人は逃げ延びたらしい。大丈夫ですよ、先ほど坊っちゃんの分もね、わしが祈りを捧げておきましたから!』


 祈るより先に、仲間にすることはなかったのか。

 それに、一匹に対して二人の犠牲とは、熊の足が遅かったのではなく、たんに人間二人で胃袋が満ちたりてしまったのではとか、言いたいことはいろいろあった。


 だが、それより先に、この場を幼なじみのエルフと一緒に脱出しなければ。


『ああもう、私の馬鹿! 森で警戒を怠るなんて、なんて不注意なの。ごめんね、エミリオ、恨むなら、何も出来なかった私を――ううん、やっぱり、恨むなら薄情なそこのドワーフを恨みなさい!』


――いつのまにか遠くなっていくエルフの声。

 振り返ればエミリオ本人がここにいるのに、遠いところ、何故か彼女は上空に向かっては語りかけている。

 小さくなった彼女の華奢な背中を眺めてよぎったのは恨み言ではなく、自分は思いの外、鈍臭いのではないかという自問自答であった。

 それでも己の命を諦めることなど出来ないので、鈍臭いなりにその場を這いずり、体勢をお越し駆け出す。


――白猫が咥えていた魚はリーフトラウトだった。あの猫が濡れていたのなら自力で川に入り獲ったので問題はなかったのだろう。ではどうやって水中の魚を獲ったのか。

 それはきっと、すぐ後ろで大きな口から獣臭いよだれを垂らしている彼の獲物を横取りしたのだろう。

――あの小さな体でなんと勇敢なのだろう。


 ここまで追いつめられても負の感情を見せない青年は、結構なお人好しだ。

 鈍臭さではなく、その性分のせいで、逃げ遅れているのに気づかないまま、ようやく青年も逃走を試みる。

 深い森で熊と三人と、そして遥か前方に白い獣。生死を賭けた追いかけっこが始まった。

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