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03

もう一作品、『脱獄始めました~鈍器で殴って服すら奪う~』もなろうで投稿しています。良かったら応援してくださるとありがたいです。

 国境の傍、街道から少し離れた小さな村。

 そこで唯一の宿泊施設であり、大半は村の住人に対しての憩いの場として軽食でもてなしている民宿がある。

 夫婦二人に、娘が一人の小さな宿。

 宿から少し離れた場所には畑があり、客がいない時には二人で作物を育てたりと、それなりに忙しい。

 裕福ではないが、真面目に働き、夫婦仲は円満でそれなりに幸せに暮らしていた。

 悩みといえば、日々の糧を手に入れるため、甘えたい盛りの娘に構ってやれず、刈り入れの時期や、珍しく団体客が訪れた時などにはそれこそ放置に近くなることだった。

 村の人口は少なく、若くなればなるほどその数が減っていく。

 したがって、娘の周りには一緒に遊べる者はおらず、一番歳の近い者ですら、家の手伝いに駆り出されている。 

 仕方のない事とはいえ、寂しい思いをさせていることを二人は心苦しく思っていた。


「ねえ、ネル! 今日は、この前一緒に見つけたお花畑に行こうね! そこでネルに花の首飾りを作ってあげる。どう、嬉しい?」


 だからその悩みから開放してくれた存在に感謝する。

 訊ねた短い髪の少女自身のほうが嬉しそうにしている光景を見て夫婦は目を細める。

 宿の入口、陽光の溜まり場で丸くなっていたネルと呼ばれた獣は、娘の言葉に反応を示さずじっと寝息を立てていた。

 それに初めて出会った時は、夫は大慌てであった。

 血塗れになった娘を見て、夫は動転し、少女を抱えて村に走る。

 

『早く、お父さん、もっと急いで! じゃないと死んじゃうよー!』


 出血の割に意識がしっかりとした愛娘の口から出てくる死という不吉。

 大切な命を簡単に諦めないでくれと励まし、夫は更に加速し、冷静になった妻を残していく。

 追いつけそうもないと諦めた妻は、つぶやく。


『――動物の怪我も、薬師のマルイお婆ちゃんのところで問題ないのかしら?』


 それが奇妙な白黒猫――ネルとの出会い。

 

 娘の献身的な看病のおかげか、老いぼれた薬師マルイが思ったより優秀だったのか、ネルは驚異的な早さで回復していった。

 専門家ではないが、ネルの傷は致命傷に近いものだったように思える。

 死の淵から、特に理由もなく這い上がったその不気味な生命力に、最初、夫も妻もネルを飼うことに反対した。

 ネルが猫ではなく、危険な魔獣の子供ではないかと危惧したためだ。

 だが、泣きじゃくる娘がそのまま自分の部屋に立て篭もり、抗議活動をする。

 引き篭もっている最中、全く食事を取らない娘に、三日後両親は白旗を振ってネルを家族に迎え入れた。

 

 銀に近い白、そして鋼の二色の縞模様で構成された毛並み。

 出会った日から、大して大きくならない体躯。

 特徴的な額から尾にかけて、流れて生えそろった真白の鬣が唯一、あの日から成長したところだろうか。

 両親の危惧は、取り越し苦労だったらしく、ネルは珍しい猫として、村の人間に認知されていた。


「早くしないと、日が暮れる前に帰ってこれないよ、ネルー!」

 

 ネルへの誘いは、本人の了承もなしに、決定事項に変わったようだ。

 少女はネルを起こすよう髭を引っ張る。

 

 ネルは賢い猫で、娘を安心して任せられる。

 それが夫婦の共通見解だった。

 なぜならネルは一度も娘に怪我を負わせたことがない。

 これだけ、しつこく付き纏われたなら、普通の猫は爪の一つや二つ立てている。

 それをしないのは、ネルなりに娘を恩人と理解しているからなのか。

 それにネルは、娘の言葉や、夫婦の言動を理解している節がある。

 餌という単純な言葉に反応するだけではなく、あれを取ってきてなどの少女の言葉を真に受けて、咥えて持ってきたこともある。

 扉を開けるだけでなく、きっちり閉めて出て行くのも知性の高さを感じさせた。


――もっとも賢いことと、勤勉なことはまた別である。


「――ふむ、珍しい猫だ。毛並みも体格も美しい。ご主人、あの猫はどこで捕まえたのかね?」

 

 だから身なりの良い貴族か、商人といった風の客に褒められても、家族を紹介する要領で夫婦は謙遜するのだ。

 そういった欠点こそが、ネルを受け入れられる土壌になったのかもしれない。

 猫らしく、日がな一日、のんびりと過ごすことが大好きなネルは今日も日溜りから一向に動く気配はなかった。


 

「ネルゥー! きっとお花畑で一緒に遊ぶのは楽しいんだよー!」


 両腕で縞々の尾を全力で引っ張る我が娘に、夫婦は苦笑する。

 さすがに人の子と猫では体格差もあり徐々に引きづられていく。

 肉球に隠れていた鋭く長い爪、最後の切り札であるそれをネルが解放する。

 絶対に起きているのだろうに、露骨に寝息を鳴らすネルは、爪を地面に突き立てて必死に抵抗していた。

 

「ネル、夕食にはあなたの好きな干し肉を一枚追加するから、折れてあげてくれないかしら?」


 妻は娘に気付かれないように、そっと猫の耳に口元を近づける。


「ああ、やっとネルが眼を覚ました! もうネルはお寝坊さんなんだからー」


 今気がついたとばかりに、ネルは欠伸をして、体を伸ばす。

 そして娘の顔を見ると、首を傾げ一鳴きする。

 可愛らしい仕草を無視し、少女は既に宿の前の道を歩いていた。

 ネルが己を追ってくると信じて疑っていない。

 その無垢な少女に、猫らしからぬ溜息を吐き、ネルは後を追いかける。

 去り際に鳴いて、干し肉を忘れるなとこちらを振りかえった。

 任せろ、行ってらっしゃいと夫婦は彼らを見送る。

 

 それは夫婦にとって幸せな日常。

 

――それが夫婦にとっての幸せな日常だった。



 ――今日はポカポカしていた。

 季節的にはそろそろ上着が一枚増える時期。

 なのに少女は毛布にくるまっている。

 外には澄み渡る青空。

 今日はネルと一緒に川で魚を捕って遊ぶつもりだった。

だから、窓から見える景色に混ざる、蝶々を追い掛けて遊ぶ、珍しく活発的な飼い猫が羨ましくてしかない。

 けれど、帰って来たネルが咥えてた大きな兜虫を見せてくれて、少し嬉しかった。

 

 ●

――今日もポカポカしていた。

 木々は枯れ、すっかり丸裸になった。

 やはり少女は毛布に包まれている。

 外に遊びに行けないことは不満だったが、夜になれば母が肉が多めのシチューを持ってきてくれたり、父がお話をしてくれる。

 それに最近は毛布の裾には白黒の毛玉がじっと寄り添ってくれていた。

 だから少女はしっかりと休み、早くネルと外で遊ぶための英気を養うのだ。



――少女は悩んでいた。

 外で遊べないことにではない。

 どうやら、父と母が困っているようなのだ。

 子供である自分に心配をかけないよう必死に隠しているようなのだが、時折見せる苦しげな表情に少女は気付いてしまった。

 本当に困っているなら、自分にも相談して欲しい。

 もちろん、無力な子供に出来る事など高が知れているのだろう。

 でも大好きな両親の危機、指をくわえてみていることほど苦しいことはない。

 叱られることを覚悟で少女は訊ねてみる。

 両親は、子供が口を出すなと怒鳴りつけることはなかった。

 だが、決して困っている理由を少女には口にしてくれない。


「ねえ、早く大人になりたいな。そうすれば、大好きなお父さんやお母さんを助けてあげられるのに――ネルはお父さん達が悲しんでいる訳を知っているのかな? もし知っていたなら助けてあげて欲しいな」

 

 少女の願いにネルが返事をすることはなく、ただ片目を開けてこっちを一瞥しただけだった。

 ネルは今日も少女のベッドから離れることはなかった。

 ●

 

――今日もポカポカしていた。

 いつもは苦しくなかったのに、今日は珍しく咳が止まらない。

 喉が焼けつくように乾く。

 でも、今の両親の手をわずらわせるのを厭うて、少女は自らの足で水瓶に向かう。


『――ごめんなさい、ネルちゃん。でももうこれしか手段がないの。私達を恨んでくれてもいい。でも、どうかあの子だけは許してあげて』


 扉の隙間から漏れる明かり。

 覗けば、母が涙を流していた。

 その横で沈痛な面持ちで父が拳を握りしめている。

 

「ナアー!」


 それに向かい合った猫が、元気よく鳴いた。

 母は許されたような表情の後に、それはしてはいけない顔だと気付いたのか、悲しげにネルに頭を垂れる。

 母は何度も謝罪と感謝の言葉を繰り返していた。

 父は一言、礼を言うと、椅子に座り黙りこんでしまう。

 重苦しい室内。

 それでも幾らか、両親二人の苦悩が晴れたことが、少女には分かった。

 あの小さな家族は少女の頼みを聞いて、両親を助けてくれたのだ。

 少女は嬉しくて笑顔になる。

 その夜、感謝を表すために、少女はネルを強く抱いて寝た。

――ネルは少女の抱擁が鬱陶しいのか、すごくありがた迷惑そうだった。

 

 

 その夜以降、ネルがベッドに来ることはなくなった。

 やり過ぎてしまっただろうか。

 少し寂しいが、ここ数日、両親に本当の笑顔が戻り始めている。

 後は早く元気になって、少女の部屋の外で呑気に欠伸をしているネルを捕まえるだけだ。

 それだけで少女の日常が戻ってくる。

 日に日に、身体に活力が還ってきている。

 これならば、そう遠くない日に、またネルと外を走り回ることが出来そうで、少女のにやけた笑みが漏れてしまう。

 今日は風が冷たく、少女の部屋も寒かった。

 久し振りに母と一緒のベッドで寝る。


――母親の体温は少女より温かく、とてもよい夢が見れた。


 そして外に出れるほどに回復して、久し振りに家の外に歩き出した。

 走り回る少女に、両親は涙ぐんでいた。

 石につまづき、転びかけた少女を父が、抱きとめる。

 少女は笑っていた。

 父の腕力は強く、押し潰されそうであったが、気にしない。

 そんな二人を母が精一杯手を伸ばし抱きしめてくれた。

 少女は幸せだった。

 だけど、何かが足りない。

 そこにいるはずのもう一人の家族を探している少女。


「ねえ、ネルはどこにいるの?」


 母が何かを言おうとし、それを父が遮る。

 そして父が話してくれた。

 それがネルと少女の別れだった。



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