朝
目を開けて、朝を迎えたことを感じとった。
辛い時間は、なんだかんだで毎日乗り切る。
しかし、目覚めは最悪だ。
疲れきっているし、体は重く感じる。
携帯に手を伸ばした。
代わり映えのしない、ただ時計のみが表示された携帯の画面。
わかりきっていたこととはいえ、それでも辛いと思ってしまうのだ。
ため息をつき、また目を閉じた。今ならまたもう一眠りできそうだ。
夢の中ほど、現実を逃避するのに打ってつけの場所はないのだから。
私の名前は神奈川 由貴。
27歳。
訳あって無職。
玄関のドアが開く音がした。そしてすぐに、鍵をかける音も聞こえてきた。
もう一度目を開けて、携帯の時計を見る。
7時30分。
母がいつも仕事に出かける時間だ。
母が出かけたのなら、この家は今、私だけしかいない。
父は母よりも仕事に出るのが早いから、とっくに出勤しているだろう。
私はゆっくりと体を起こし、ベッドから立ち上がった。
部屋のドアを開け、廊下を歩き、階段を降りて一階へ。
一階リビングの電気は消されていた。
だけど、テーブルの上に一人分の朝食が、ラップをかけた状態で置かれてあった。
きっと、私の分なんだろう。
しかしまだ、食欲はない。
テーブルの上に朝刊が置いていたので、それを取り、椅子に腰掛けた。
特に世間に興味があるわけではないが、なんとなくいつも見てしまう。
何も考えずに、ぼんやりと新聞の活字を読む。
これで少し、有意義に時間を潰せた。
8時10分。
さて、次は何をしよう?
洗面台に向かい、顔を洗った。
朝食を摂っていないのに歯を磨き、寝癖を整えた。
身だしなみは、誰に見られていなくても、きちんとしておかなければ。
仕事をしていない状況で、身だしなみも何もという感じだけれど…ね。
部屋に戻り、また携帯を見た。
見計らったように、メールがきていた。
『おはよう!』
たったそれだけだった。
それが友達であれば、返事をしていたかもしれない。
しかしそれは、暇つぶしのために付き合っている男性の一人だった。
私は携帯を放り、またベッドに倒れた。
以前働いていた職場で、彼とは出会った。
客としてきていた彼に連絡先を聞かれ、その後何度か食事に行って、告白をされて付き合うようになった。
最初は、誠実そうで優しい彼に、惹かれていたのだ。
この人だったら、この渇きを癒してくれるのではないか。
最初は本当に、そう思っていた。
付き合って3ヶ月が経ち、私の感情が、恋ではないことに気がついた。
ただ寂しさを埋めるために付き合っている。
そのことに気付いてしまったのだ。
彼は優しい。若いのにしっかりとしていて経済力もある。
彼に恋していないとはいっても、彼を手放すには惜しい気もする。
そんな自分勝手な気持ちで、彼と別れられずにいた。
ひどい女だと、自分でも分かっている。
自分を甘やかしていることも分かっている。
ただ、幸せを感じたいだけなんだ。
一度きりの人生を。
迫り来るタイムリミットまでに。
誰かを踏み台にしてでも、人並みの幸せを手に入れたい。
そう思うことは、不自然なことだろうか。