つきのしずく
ヒナちゃんはおばあちゃんが大好きです。
おばあちゃんはヒナちゃんがお漏らしをしても笑ってトイレに連れて行ってくれます。
ご飯を食べさせてくれて、ご本を読んでくれます。
おばあちゃんはヒナちゃんが知らない昔の歌をいっぱい知っていて、お手玉やおはじきを教えてくれます。
ヒナちゃんはお父さんとお母さんがお迎えにくるまでおばあちゃんと過ごすのです。
ある日おばあちゃんが眠っていました。
「おばあちゃん」
ヒナちゃんが揺らしたらすぐにっこり笑って起きてくれるおばあちゃんがいつもと違っておきてくれません。
ひゅうひゅうと風が吹いてきました。
ぽかぽかになったお布団をおばあちゃんがよっこらしょといってもってくるのがヒナちゃんは好きです。
お布団の上で遊んでお父さんに叱られることがあるけど、お母さんとおばあちゃんがかばってくれます。
「おばあちゃん。おふとん」
寒いのでヒナちゃんはお婆ちゃんが寒くないようになにかしないとと思うのですがどうすればいいかよくわかりません。お父さんがいたらすぐ暖かくすることをしてくれるのです。おとうさんは賢いんです。
「おきて」
おばあちゃんをおこそうとするのに、おばあちゃんは起きませんでした。
お父さんとお母さんが泣いていました。
シンセキのおじちゃんおばちゃんたちも泣いていました。
男の子も女の子も小さい子も大人の人も黒い服をみんな着て、ヒナちゃんたちはへんなにおいのするところにいました。
すごくたいくつでつまらなくて、おばあちゃんがいたら遊んでくれるのに。
「ヒナちゃん。静かにしようね」
お母さんが泣いています。
ヒナちゃんはお父さんやお母さんが泣いているのを見たことが無かったので不思議でした。
ふしぎってむずかしいことばですよね。わからないってことです。
「どこか痛いの? おくすりをとってくるよ」
ヒナちゃんがそういうとお父さんはヒナちゃんをぎゅっと抱きしめました。
「おばあちゃんとお別れなの」
お母さんはおばあちゃんの前でそういってお花をおばあちゃんの寝ているところにおきます。みんなみんな置きます。
ヒナちゃんはよくわからないまま、お花を置きます。
おばあちゃん。またねてる。つかれたんだね。しずかにしないとだめなんだね。
「おわかれって明日あえるよね」
「ううん。お婆ちゃんとはもう会えないの」
ヒナちゃんは嫌だと言ったのですが、皆は泣いているだけでした。
おばあちゃんが帰ってこないので、ヒナちゃんはお父さんとお母さんが帰ってくるまでずっと一人でお留守番をしないといけなくなりました。幼稚園にも通うようになりました。
最初は泣いたけど幼稚園は楽しいし、先生は優しくて、お友達はみんな喧嘩したりするけど仲よしですけど、やっぱりひとりはつまらないです。
おばあちゃんがいないので、ヒナちゃんはお友達のお家から帰ってきたらお父さんかお母さんが帰ってくるまで待ちます。
「おばあちゃんがいればなぁ」
テレビもゲームも飽きちゃいました。
おばあちゃんが読んでくれたご本はヒナちゃんにはまだ読めません。
「おばあちゃん何処にいったんだろ。早くもどってきてほしいな」
ヒナちゃんはぼろぼろになったご本を見ています。ご本には大きな大きなお月様が描いていありました。
『月のしずくを見つけたらね。逢いたい人に逢えるんだよ』
おばあちゃんがそういって読んでくれたご本を見て、ヒナちゃんは思いました。
「つきのしずくってほしいな」
ヒナちゃんはお父さんにお願いしてみることにしました。
ヒナちゃんがずっとずっと待っているとお父さんが帰ってきました。
お父さんに「つきのしずくをちょうだい」とお願いすると知らないようです。
「ヒナちゃん。つきのしずくってなにかな」
おとうさんにヒナちゃんがおしえるのはめずらしいことです。ひなちゃんはがんばっておとうさんにおしえます。
「あのね。つきのしずくがあったらね。おばあちゃんに逢えるの」
「うーん」
お父さんは考え込んでしまいました。
「おばあちゃんは死んだんだよ。ヒナちゃんには解らないだろうけど」
「しんだってなぁに」
「今は会えなくなるけど、そのうち逢えるから。ヒナちゃんが立派な大人になるまで待っていなさい」
「今逢いたい」
お父さんはまた痛そうにしていましたのでヒナちゃんはお父さんに『いたいのいたいのとんでいけ』をしてあげました。
お父さんは変な臭いのするものに火をつけます。たばこじゃないけどヒナちゃんは触ってはいけません。
ちーんと音がしました。
ヒナちゃんが遊ぶとお父さんに叱られるのですがオトナは怒られません。オトナってずるいですよね。
「だってさ。おふくろ。ヒナが会いたいって。よかったな」
お父さんはおばあちゃんとお話できるのかなぁ。ヒナちゃんが聞くと「元気にやってるかって言ってるよ。ヒナが元気に育つのが一番だって」
お父さんはそういうけれど、ヒナちゃんはおばあちゃんにいま逢いたいので嬉しくありません。
「おばあちゃん。はやくもどってきてください」
お父さんに言われるままにすわっておばあちゃんのお写真の前で言います。お母さんが帰ってきて、シチューをお父さんが作ってくれていたのでヒナちゃんは美味しいご飯をたべて思いました。
「おばあちゃんにおすそわけしよう」
でも何処に持って行けばいいのでしょう。
そう聞くとお母さんはおばあちゃんのお写真の前に小さなお椀に入れたシチューを置きました。
「美味しい。美味しいって。ヒナちゃん」
おかあさんはヒナちゃんに嘘をつきます。
「うそ。私聞こえないもん」
いーだ。
ヒナちゃんはへそを曲げてしまいました。
おへそってどうやったら曲がるのでしょうね。
お母さんやお父さん、オトナのひとたちにきいてみてください。
ヒナちゃんはつきのしずくがお月様のしずくだとお母さんに教えてもらいました。
「じゃ、買って」
「買えないんだよ」
お父さんが教えてくれます。
「ほら、ご本の中でも買うものじゃないでしょ」
お母さんがおばあちゃんの代わりにご本を読んでくれました。
それでもヒナちゃんはつきのしずくがないか幼稚園に行く途中、探してみることにしました。
「虫さん。つきのしずくってないかな」
むしさんはご本のようにお話してくれませんでした。
「お花さん。つきのしずくって無いかな」
お花さんはご本のように月のしずくの場所を教えてくれませんでした。
「せんせい。つきのしずくは何処にありますか」
ようちえんの先生に聞いてみます。
先生はなんでも知っているのです。優しくて綺麗でヒナちゃんも大好きです。
「つきのしずく? 絵本のあれ?」
「うん。お婆ちゃんに逢いたいの」
ヒナちゃんに先生はにっこり笑ってくれました。
「じゃ、皆にナイショで教えてあげるね。ほら、こっちにきて」
先生がぎゅっと抱きしめてくれます。隣のこうちゃんがずるいと言ったので先生はこうちゃんやよっちゃんやみきちゃんたちをぎゅっとしていました。
「せんせい! おしえてよ!」
ヒナちゃんが怒ると先生は教えてくれました。
「ヒナちゃんの胸の中にあるの」
「むね?」
先生はヒナちゃんのお腹の上にさわって教えてくれました。
「ここが胸」
ヒナちゃんはお腹の上からつきのしずくを取り出そうとおもうのですがどうすればいいのかわかりません。
「どうやったらだせるの」
「ううん。あのね。おばあちゃんのことを考えたらね。むねのなかでお婆ちゃんに逢ってるの。お父さんもお母さんも先生もこうちゃんもよっちゃんもみきちゃんもみんなヒナちゃんの胸にいるの」
よくわかりません。
いつでもみんなに逢えるなんてオトナはいいなあとヒナちゃんは思いました。
「オトナになったら逢えるよ。だから今は遊ぼう」
おとなになるのが待てないとヒナちゃんが言うと先生はこう言いました。
「オトナはね。大人になるのが嫌になるのよ」
「なんで? おばあちゃんに逢えるんでしょ」
「泣いたり、笑ったり出来ないことがあるの。いやだなって思うの」
先生はそういうけどよくわからないです。
「おばあちゃん。ヒナちゃんがみんなと遊んでいるのが嬉しいって言ってくれているわ」
そうなのかなぁとヒナちゃんは思います。ヒナちゃんはおばあちゃんと話したいのにおばあちゃんは大人の人にしかあえないみたいです。
「月のしずくはね。月を見ていると見える事があるよ」
先生がお空を指さします。
おそらにうっすらとあるお月様をヒナちゃんは見ました。よくみえません。夜になったら見えるのかな。
ヒナちゃんはおばあちゃんに逢いたくておうちで絵本のお月様を見ていました。
絵本のお月さまがまっくらになってみえなくなって、お空に大きな大きな本当のお月様が輝きだしました。
絵本のおつきさまがヒナちゃんのお部屋で綺麗に光りだしました。
すごくきれいで、びっくりしたヒナちゃんは絵本を落としてしまいました。
絵本のお月さまはぴょーん。ぴょーんとウサギさんのように跳ねると、窓から大きな月にむかって飛んでいきます。
やがて月からしずく。
つまりちいさな水の玉ですね。
つきからふってきたしずくがヒナちゃんに当たりました。
絵本のお月さまとお空のお月さまが月のしずくをくれたのです。
「ヒナちゃんや」
振り返るとおばあちゃんがいます。
ヒナちゃんはいっぱいいっぱいおばあちゃんと遊びました。
いっぱいいっぱいおはなしして、ほんをよんでもらいました。
そしてヒナちゃんはおばあちゃんの御歌を聞きながら疲れて眠りました。
おばあちゃんに逢えた。
月のしずくって本当にあるんだとヒナちゃんはお父さんやお母さんにおしえてあげました。
おとうさんもおかあさんもびっくりしてよろこんでくれました。
良かったですね。ヒナちゃん。
それから何年もしました。
もうヒナちゃんはお漏らししません。
ヒナちゃんは自分でお布団を入れられます。
ご飯を自分で作れるようにお母さんとお父さんから習っています。
来年、しょうがっこうに行くことになりました。
月のしずくが空から落ちることはないけど、お婆ちゃんが喜ぶように勉強をがんばろうと思っています。
おしまい。