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童話集『大きな木と小さな木』  作者: 鴉野 兄貴


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まごや まごや

 まごやー。まごやー。(※ 馬子。馬を使う運搬業者を指す)


 むかしむかし。馬子さんが峠を越えていたとき。


 後ろからギラギラ光る目の鬼の婆が追いかけてきたのだった。


 夜闇を踏みしめ、風を切り裂き、月の光もかくやと輝く出刃包丁には血の香り。


 馬子や。待て。待ちよれ。取って食うぞ。

 鬼婆や。待てぬ。待たん。逃がしてくんれ。


 馬子はしょった荷物をほんり投げて鬼婆にぶつければそれをズバリ。

 出刃包丁が切り裂いたかと思うとバリンと音を立てて荷物を喰らう。


 怖ろしくて恐ろしくて馬子は逃げる逃げる。相棒の馬を連れて逃げようにも馬も年老いておってよう走らん。とうとう馬が捕まり、馬子は泣く泣く馬を諦めて逃げて逃げて逃げたのじゃった。


 ああ。馬が死んだ。


 馬の口を取って老いを迎えていく馬子さんにとって大切な大切なお馬が鬼婆にバリバリと捕って喰われて死んでしまった。

 どうしようもなくて情けなくて暗い夜道を泣きながら歩いていると奇妙な家が見えてきた。

 なさけない話だが馬がいなくなった悲しさと寂しさで泣いていた馬子さんは今更疲れと悲しみがどっと押し寄せてきて、この家で一休みしようと思ったのが運の尽きだったのじゃろうな。


 灯りはついておるが主がおらん。どこにいったんじゃろう。まさかさっきの鬼婆の家がここなのでは。いやここ以外あり得ん。

 そう思って震えあがった馬子さんは逃げようとしたが運が悪い事に鬼婆の声が聞こえてきたのじゃ。馬子さんは怖さのあまり天井の梁に登ってしがみついて見つからんように見つからんようにと仏様に祈ったのじゃ。


 幸いな事に人の匂いがすると言うた鬼婆も、満腹していたのか気が緩んでいたのか。細かく考えずかそれとも馬子に気付かぬふりをしているのか。餅を焼いて食って寝ようと言い出した。

 その餅がまた見事でな。

 山姥の怪力で突いた餅はふわりふわりとぷっくりと。何とも言えぬ香りを放ってぷっくうっと膨れ上がっていく。

 山姥は、ああ。醤油が欲しいと言って醤油を取りに行ったので天井の材料を失敬して馬子さんはそれを遠くからつついて頂いて口に入れた。


 熱くて熱くて。

 辛くて涙が出る。

 噛みしめれば噛みしめるほどに舌が痛くて口蓋がひりひりする。

 それでも美味しい。美味しい。とても美味しい。飢えて死にかけて水も飲んでいない。大切な相棒を失ってどん底の身にはなんと美味い事か。

 山姥の用意した甘い甘い甘酒。諸っ辛い普通の酒も美味しいがまたこれをつついてしゃぶる。しゃぶる。

 あまくて甘くて、辛くて悲しくて。

 そうしていると醤油を手に山姥が帰ってきた。

 あの鬼婆の山姥が帰ってきた。


 餅がねぇ。が盗って食うたか。ああ。鼠恨めしや。馬を与えて餅を盗る。

 |持ち(仕事)がねえ。が捕って食うたが。ああ。恨めしか。馬を奪って餅をくれよる。


 醤油ねぇ。生姜ねぇ。しょっがらねぇ鼠じゃ。

 しょうねぇ。賞がねぇ。生生ならねぇ姐じゃ。


 馬子は婆が焼いた餅をすっと奪って醤油をつけて食べよると婆は呆れて言うに。


 うちの ねずみは しょうがらねずみ。しょうゆをとりゃ餅を盗り、餅をとりゃ醤油を盗りよる。


 馬子帰すに。

 そんな あんたは しょうがらねぇだ。生を盗って馬を盗って餅よ醤油と言いよるか。


 寝るか寝るかと婆は言う。

 釜で寝ようかはりで寝ようか。

 神間かんまで寝るべ針は痛い。


 梁で震えあがる馬子は震えながら婆が寝るのを待った。

 残り火の温もりのある釜の中で寝ころんだ婆はうっつらうっつら。

 残り火の恨みつらみある腹の身で忍び寄る馬子はこっそりこっそり。


 ゴロゴロといびきを婆が搔けば、馬子はゴロゴロと石を運ぶ。

 カチカチ鳥鳴くな。夜はまだ明けんと婆が言えば、馬子はカチカチ火打石を鳴らして釜に蓋をしてごうごうと釜を焚きよる。


 終いには婆は茹でられて死んでもうたと言う。


 馬子さんはどないなったという話はなぁ。


 おや、ねちゃったのね。お母さんも寝るわ。ボウヤ。おやすみなさいね。


(了)

 うちの母は幼いころの作者が眠れないだの言ったり夜更かししようとすると鬼婆の話をよく枕元でしてくれていたと言う思い出話。余計寝れないというツッコミは母も幼少期に自分の親(祖父、祖母)に言った事らしい。

(怖がっているうちに疲れて寝るのがパターン)

 可也変更して言葉遊び混ぜてます。

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