01
よろしくお願いします(*´∀`*)
「・・・・・・う~ん・・・・・・」
私は真正面に置かれた鏡を見て、微かなため息をついた。ううん、正確には鏡の中に映る自分を、だけど。
アンティークな額縁の姿見は、どちらかといえば可愛い系のアイテムを集めた私の部屋に妙にマッチしていて・・・・・・そんなことはどうでもいい。今大事なのは、その中。
白の生地に黒いレースを所々にあしらった大人っぽい制服は、私の黒い髪に似合っていると母さんは言ってたけど・・・・・・。なーんか
「イマイチ」
なんだよね。
何がいけないんだろう?
膝上まであるスカートの先をちょっとつまんで、くるりと一回転してみる。
軸にしていた左足に、右足が揃うのに合わせて、スカートが重力に従ってふわりと落ちてくる。それに少し遅れて、背中に長い黒髪が当たる感触がした。
「おっはよー!!」
「わぁっ・・・・・・ちょ、ちょっと母さん!?」
首をかしげて考え込んでいた私を、どこからともなく現れた母さんが羽交い絞めにしてくる。
首に後ろから腕を回されてそのまま軽く締め・・・・・・軽、く
「ちょ、ギブ! ギブギブッ!!」
「あ、ごめんね」
てへぺろ、なんて笑う母さんの顔をじろっと睨んで、私はため息をつく。
中学校の頃から、毎日の恒例行事だったけど、まさか高校生活初日にもやられるなんて・・・・・・。
「いい加減に、いたずらは止めてって言ってるでしょ?」
「でもさ、ほら、親子のスキンシップ? ってやつ?」
「スキンシップって・・・・・・まったく。」
呆れて声も出なくなる私。スキンシップって、もっと優しいもののはずなのに。
「まぁまぁ、落ち着いて。高校生にもなって、小さいことでカリカリするのは大人気ないよー」
「誰のせいなのっ!」
額に手を当てて、はぁ、と大げさにため息をついてみる。ちなみに、このやり取りの間母さんの手は私の首に巻き付いたままだ。
「うん、やっぱり似合ってるよ麗迦。すごく綺麗。」
「そう、かな。」
「うん・・・・・・麗迦も、高校生になったんだね」
「――っ――!」
鏡を通して見る母さんは、俯いていて表情を見ることは出来なかった。でも、俯いてなくても結局はその顔を見ることは出来なかったと思う。だって、どうしようもなく視界がぼやけてきたから。
「……っ、うぁ……」
殺しきれなかった嗚咽と共に、雫が頬を伝って行く。ぽたり、と新しい制服を濡らしていくそれは、止まる気配が無い。
「あめでとう、そして、ほんとにありがとう麗迦」
「う、ん……」
「ほら、せっかくの制服がびしょびしょになっちゃうでしょう?」
そう言って母さんが差し出してきたハンカチで、目元を拭う。
「そういえば、啓ちゃん来てたよ?」
さっきまで浮かべていた、にやにやという笑みを作りながら、母さんが言った。
「啓ちゃんって……何年も前にその呼び方は止めたの。」
「そうなの? 可愛いのに。まあ、とにかく下で待ってるよ啓ちゃん。」
「それを早く言ってよ!」
慌てて準備を再開する私。啓が待ってるなら、もっと早く準備したのに。
「だって聞かれなかったから。」
振り落とされた母さんが、目を細くしてぶーぶー何か言ってるけど、そんなのは関係ない。
「じゃあ、いってきます!!」
「いってらっしゃい!」
ベッドの上に置いておいた鞄を掴み、そのままの勢いで部屋を出る。腕時計を確認。
どうしよう、結構ぎりぎりだ……。それもこれも母さんのせい、そう決めつけつつ階段を急いで降りる。
急いでいたからなのと、ストッキングが思っていたよりも滑り易かったのがダメだった。
最後の三段、そう思って足を降ろして、気づいたときには世界が逆さまだった。足を滑らせた、そう気づいた頃には床がぐんぐん迫って来ているときで、固い、硬い床に私の頭が、頭、が、
「大丈夫?」
聞き慣れた声に私はギュッと閉じていた目を開いた。目の前にはやっぱり見慣れた顔があって。
「啓、だよね?」
「うん、そうだよ。」
「生きてるっ? 私、生きてる?」
「生きてるよ、ほら。」
啓がそう言って私を抱きしめる。安心して、全身から力が抜けていくのがわかった。
「こうやって僕がさわれるんだから。」
「良かった……」
正直、本当に死ぬかと思った。
「びっくりしたよ。莉子さんが呼びに行っても、全然来る気配が無いから、見に来てみたらまさか上から降って来るなんてね。」
本当にびっくりした、そう言って啓は笑った。恥ずかしくてとりあえず全力で母さんを呪った。今死にかけたのだって、原因は母さんにある。
「っと、それよりも、時間!!」
「時間? どうしたの麗迦」
「遅刻しちゃうでしょ! 急がないと!!」
「麗迦は遅刻しても大丈夫なんだよね、なら」
「私が良くても、啓がダメなの」
「僕なら、平気。それより……」
ようやく立ち上がった私の顔を、背の高い啓が覗き込むようにみつめてくる。
恐ろしいほど整った顔が、すぐ目の前にあるというのに、私の心臓は何のアクションも起こさない。
「麗迦、何かあったの?」
「・・・・・・どうして?」
「泣いたあとがあるから。」
特徴的な垂れ目を、ほんの少し吊り上げて、啓が言った。その言葉に、胸が熱くなるのが分かる。ほんとに、この男は……
「女たらし……」
ぼそっと、啓に聞こえないように言った私は、溜息をついた。
「啓、ありがとう。でも、私は大丈夫だから。」
「そっか」
にこにこ笑う啓を見て、私は思わず時間を忘れそうになり、慌てて時計を見る。
7:50分。あと5分で登校しなければ間に合わない。
今日から通う高校は、徒歩で15分程度の場所にある。走っても最低6分はかかる。
状況は絶望的で、最悪だった。
「とにかく、急ごう!」
「ダメだ。」
走りだそうとした私の手首を掴み、鋭い声で止めてきたのは、さっきまで笑っていた啓だった。
「僕のことは気にしないで。遅刻なんて痛くもないし、麗迦に無理をさせる訳にはいかない。」
まるで別人のように厳しい顔と声。こうなった啓を説得できた試しはない。
「わかった、ゆっくり行こうか」
諦めてそう言うと、とたんに手が離れ自由になる。啓の体温がほのかに残る手首をそっと降ろし、私は歩きだす。
当然のように隣にいる啓の存在を感じ……ほんの少しだけ胸が痛くなった。
ありがとうございました
今日中に、続きも投稿します