Prologue ~Arabian Night~
2069/07/09 pm9:00
東京都 奥多摩地区上空 MV-22 “カリバーン1”
防衛省直隷第3部隊“サラディン” 佐山深雪伍長
「……いいか、よく聞け。敵は現在神奈川県との県境に集中的に展開している。」
いつもの隊長の温和な声は、この時ばかりは冷徹なものへと変わっていた。
「現在こそ友軍の陽動が上手く行っているものの、いつ崩れるかも分からない。すでに一部部隊は敗走、品川駅周辺まで戦線を引き下げている。」
全員が隊長の言葉に耳を澄ましている。野次がどこからも飛んで来ないとは、いつもの凸凹コンビは何をしているのだろうか。ただの騒音が、この時ばかりは物凄く聞きたくなるとは夢にも思わなかった。
「我々の任務は東京都庁地下にある都市管制型AI、ニューロを破壊。その後回収地点であるΑ地点で、迎のヘリと合流することだ。」
返事はない。当たり前だ、下手すりゃ全滅の任務なのだから。入隊したばかりの新米なんて縮こまって泣いている。本当に入隊するタイミングが悪かったとしか言いようがない。かくいう私も、いつも通りの返事なんてできるはずがなかった。
故郷の母は大丈夫だろうか。渋谷勤めの弟は無事か。ああ、こんなことになるなら遺書でも書いておけばよかった……。そんなことに考えを巡らしていると、隊長が私たちに顔を向けてきた。
「必ず、生きて帰ろう。そして帰ったら、いつもの店で呑むぞ!もちろん、俺のおごりでだ!」
「「「了解!!!」」」
考えるより先に口が動いてしまった。他の隊員たちも同じようで、顔を見合わせた瞬間、大声で笑いだしてしまった。
「目標地点まで後1マイル、降下準備!!!」
オスプレイの機長が叫ぶ。一気に場に緊張が戻った。
「ようし、全員機材の確認をしろ。」
カチャカチャと鉄の擦り合う音がする。ヘルメットを被って降下に備える。跳ね上がっていた心拍数は落ち着き、心にある程度の余裕が生まれた。
よし、これなら行ける、と思ったその瞬間、期待がものすごい勢いで傾き始めた。
「敵の対空砲火だ!もう機体がもたない!早く脱出しろ!!!」
ちらっと窓を覗くと、なるほど確かに閃光が散っている。後ろのハッチが開き始めた。機体に冷たい風が流れてくる。
天井のランプが点滅し始めた。赤3回で降下だ。本来なら2秒間隔で点滅するが、その時の私にとっては一瞬の出来事だった。
「よし、降下だ!!!」
その掛け声と同時に、私たちは地獄へと飛び込んでしまったのだった……。