7.担任の場合
担任の竜胆 竣視点です。
ああ、間違えたんだな。
俺は嘆息した。
目の前には生徒会の面々と、養護教諭。
そして、俺のクラスの生徒である雛月 咲良。
雛月が真赭に言っている事は、正しい。
そしてその言葉はそのまま俺を抉る言葉でもあった。
「先生は真面目でいい先生だと思います!」
そう言ってくれた水無月 紫の笑顔が嬉しい、そう思った筈だったのに。
俺のした行動は教師として褒められないどころか、やってはいけないことだった。
一人の生徒の言葉を鵜呑みにして、調べもせずに自分の生徒を糾弾する、などということは。
いくら紫の言葉だからといって、いや紫の言葉だからこそ、鵜呑みにしてはいけなかった。
俺は色気とやらがあるらしい。
らしい、というのは自分では良く分からないからだ。
ボン・キュン・ボンなスタイルや、引き締まった細い足首とか、襟首からのぞく綺麗なうなじとか、泣き黒子とか、ぽってりとした口唇とか。
女性に対して感じる色気なら分かる。
身だしなみを整えるために鏡を見ても、自分が映っているな、くらいしか思わない。
ま、自分に見とれるような趣味や性癖がないのは、いいことだと思ってはいるんだが。
その良く分からない男の色気とやらで、得をしたと思ったことは殆ど無い。
女にもてるならいいじゃないか、と言われる事は多々あった。
しかし、だ。
「ホストみたい」
「遊んでそう」
そう言われて嬉しい訳が無い。
そりゃあ俺だって、女の子と付き合ったことくらいはある。
やることやってるんだろう、と言われれば否定はしない。
だけど、女をとっかえひっかえしてるとか、二股どころか複数の女相手に遊んでるとか、勝手な憶測で色々言われてみろ。
確かに女性から声をかけられることは多いが、そんな色眼鏡で人を判断する輩にもてても嬉しくない。
つきあってから
「イメージと違う」
「見た目はいいのに、中身はつまらないのね」
「楽しませてくれると思ったのに」
とか言うような女ばっかりだったからな。寄ってくる女は。
将来は堅実な家庭を築きたいし、享楽的なことばかり考えている女性はこちらからもお断りだ。
なのにいいな、と思うような子は近づいてきてはくれない。
いらん輩ばかり寄ってくるような色気なんて、正直無駄だと思う。
教師を目指したのは、月並みだが俺が教わった先生に感銘を受けたからだ。
あの人のような、というのは無理だと思う。
それでも、生徒の今後に多大な影響を与える可能性が高い仕事だからこそ、少しでも生徒の為になれるような教師になりたい、そう思った。
教師だって単なる人間だ。
出来ることと出来ないことはあるし、何でも解決できるわけでもない。
確実に出来ると言えることは、勉強を教えることだけだ。
それでも、生きる為に必要なのは勉強だけではないから。
何か一つでもいい。
学生の間に、生きていく上での支えの足がかりでもいいから見つけて欲しい。
思い出でも、誰かの言葉でも、何でもいい。
嬉しいとか、良かったとか、そんな思いを得られるように。
辛いこと、悲しいことだって、後からあれは必要な事だったと思えるような思い出に変わることだってある。
その時は分からなくても、ああ、あの時は楽しかったんだ、そう思えることだってある。
勿論、卒業してからもっと勉強しておけば良かったと後悔することだってあるだろう、俺のように。
悔いの無い学校生活を送ることなんて、無理なことは分かっている。ほんの少しでもいいから、いい学校生活を送る助けになりたい、そう思っていた。
しかし、念願の教師になってからも、ホストみたいと言われる事はなくならなかった。
この学校は何故か教師と生徒の恋愛は禁止されていない。推奨もしていないが、節度さえあればかまわないらしい。とはいえ、教え子にそうホイホイ手を出せる訳が無い。
だというのに、
「複数の女生徒に手を出したら駄目だからな」
「生徒に貢がせるなよ」
とか言われる。どうしてそこまで言われなければいけないんだと思う。
髪型だってチャラいと言われないように気をつけているし、服装だって真面目そうに見えるスーツを選んでいる。あんまりにも言われるんで、真面目そうを通り越して野暮ったい格好にしても駄目だった。
結局、諦めた。
どんな格好をしようが、真面目で固い言動を心がけようが、結局俺には良く分からない色気とやらで判断される。
俺は、女生徒に色目を使う為に教職を目指した訳でも、女生徒に色目を使われるために教師になった訳でもないというのに。
他の男性教諭は勿論、男子生徒にも恨みのこもった目で見られる。
理想を追って念願の教師になった。
理想と現実が違うことなんて分かっていた筈なのに。
日々の仕事に追われ、あらぬ噂を立てられ。
俺はそんな男じゃない、と叫びたくなる衝動を抑え。
そんな日々の中で、紫のあの言葉をあれほどまでに嬉しく思ったのは、おそらく、疲れていたんだと思う。
俺に対してホストみたいだのなんだの言うことも無く、遊んでいるという噂を信じるでもなく。
普通の教師として見てくれた、という事が嬉しかった。
冷静な頭で考えれば、紫の言動に矛盾があることにすぐ分かることだったのに。
「それにそんな出来た女性だというのなら、何故お前に公私混同を唆すんだ。信じる信じないと、処罰に証拠が必要なのは別問題だろう」
雛月が真赭に言った言葉は、そのまま俺に対する言葉でもある。
真面目でいい先生が、特定の生徒の言葉を鵜呑みにして処罰を下すか?
それを要求するということは、俺に対して言った言葉が偽りか。それとも自分にとって都合のいい先生、という意味なのか。
雛月が理事長の姪だということも、それをかさにきてクラスで威張り散らしているということも、水無月を苛めている、ということも。
紫の言うことはおかしいことばかりだった。
担任である俺が知らない。
余程巧妙に行っているか、水無月の言葉が偽りであるかどちらかだ。
担任である俺に知らされないような情報だというのに、自分から理事長の姪だと公言するとは思えない。
それに、理事長との血縁関係を持ち出すような生徒であれば、担任である俺に対してもなんらかの要求や我侭を言ってくるはずだ。
だが、そんな言動は一切無かった。
紫も、雛月も、同じく俺の生徒だ。
揉め事だ、というのなら双方の言い分を聞くのがすじだろう。
どう考えても、俺の行動は教師失格だろう。
いくら謝っても許されることではない。
「愚かなんだと思う」
紫の言動に対して、雛月に告げる。
「紫が俺達に好感情を抱いていたのは間違いない。告白したが、決められないから12/25まで待ってと言われた。俺達は選んでもらいたかった。紫を信じないということは、選んでもらえないことに繋がる。だからおかしいと思ってもそれを無視したんだろう」
そう、紫は愚かだった。
そしてそれ以上に、俺は……いや、俺達は愚かだった。
少し話を聞いただけの雛月ですら気付く矛盾点に、気付かなかったのだから。
今にして思うと、紫に対する自分の感情は、恋愛感情だったのか疑問だ。
本当の自分を見てくれたと、ただ嬉しくて。
舞い上がっていたんだろう。
青臭いガキでもあるまいに、何をやっていたんだと自分を殴りたい。
だから、乙女ゲーとか良く分からない事を言いながら泣きじゃくりる紫をに対して、あまり怒りは覚えなかった。
それよりも自分に対する怒りが大きい。
彼女の言っていることが妄想なのか真実なのか、確かめる術は無い。
だが、ゲームの知識とやらが当てはまっていることが多かったのは事実。
そして、紫がそれを本当のことだと思っていることも事実だろう。
ということは、だ。
紫は俺達を一人の人間としてではなく、ゲームのキャラクターとして見ていた、ということになる。
だからこそ、複数の男性に対して同時に色恋を仕掛けることができたんだろう。
それに気付かなかったことは仕方が無いとしても、だ。
複数の男に同時に色目を使っている段階で、おかしいと思え、俺。
色眼鏡で見られることが嫌で、人付き合いを避けていた弊害か。
我ながら人を見る目がなさ過ぎる。
成人し、教師にもなってこのていたらくは情けなさいにもほどがあるだろう。
生徒会の連中は、まだ学生だ。
迷惑をかけた雛月には申し訳ないが、これを糧にして成長してくれれば良いと思う。
彼らの為にも。
未遂だからと水に流し、許し、諭してくれた雛月の為にも。
これで同じ事を繰り返すようでは、雛月の好意が無駄になる。
改めて謝罪し、土下座しようとした俺に対して、それには及ばないと言い切った雛月は、俺より大人だと思う。
器も大きい。
謝罪は不要だと言う彼女に対して、俺は何が出来るだろうか。
まずは、初心に戻り、教師の仕事に対して真摯にうちこもう。
雛月は勿論、生徒達の学生生活が少しでも実り多きものになるように。
担任 竜胆 竣
ゲーム:純情真面目なのにホスト系の見目に悩むキャラクター。
色眼鏡で自分を見ない主人公に惹かれる。イベントが進むにつれて、純情な姿が減って色気で迫る姿が見られるようになる。一粒で二度おいしいという評判だった。
髪の毛は青紫。
現実:純情真面目なのにホスト系の見目に悩むのは同じ。
色眼鏡で見られ、あらぬ噂を立てられ、仕事に対する熱意がからまわして疲れていたところに水無月に望んだ言葉をかけられて舞い上がる。まともな女生徒付き合ったことがなかった為、恋愛経験地が低すぎて残念なことになった。
現時点では雛月に対して恋愛感情はほぼなし。生徒に教えられるというのはこのことか、と素直に感心。謝罪を受け取ってくれない雛月に対してどうやって償おうかと奮闘中。
髪の毛は黒に近い紫紺。
難産でした。
何度書き直してもおばかというか情けないというかなんというか。
この人いくら頑張っても、ゲームのような色気で迫るとかいう芸当が出来るようになるとは思えません。