5.双子の場合
双子の藤黄 和樹・藤黄 雅樹のお話です。
幼いころから、彼らは見分けてもらえることがほとんどなかった。
両親ですら、見誤った。
見分けるための服や小物を取り替えると、あっさりと皆騙されてしまうのだ。
彼らはそれがとても悲しかった。
自分たちがひと括りにされているように思えたからだ。
同じ思いを抱える片割れと、傷を舐め合うように互いを大事に思い、行動した。それで、余計に言動が似通った為に見分けがつき辛くなってしまったのだが、傍を離れることはできなかった。
片方が自分なのだから、必然的に相手が誰なのか分かる。
絶対に見分けがつく唯一の相手。
その相手から離れる事など考えられなかった。
それでも淋しくて、彼らは自分達を見分けてくれる人を求めるようになった。
そうして、ようやく見分けてくれたのが、水無月 紫だった。
いつでも必ず見誤ることなく彼らの名を正しく呼んでくれる。
彼らはそれがとても嬉しかったのだ。
自分達を見分けることが出来る初めての相手に、彼らは夢中になった。
見分けることが出来るだけではなく、彼女は彼らの欲しかった言葉をたくさんくれたのだ。
ひと括りにされる存在ではなく、別々の存在だと。
その上で、二人とも好ましい存在である、と。
彼らは互いが大事だった。だから、見分けて別々の存在として認識して欲しいと願ってはいたが、大好きな片割れのことも否定して欲しくはなかった。
自分達を見分けた上で二人に対して優しい言葉をくれる彼女に執着した。紫に側にいて欲しいと願い、彼女に嫌われることなど考えたくも無かった。
だから、紫を傷つけ、泣かせた相手に対して怒りを通り越して憎しみすら覚えた。
その感情そのままに責めたというのに、当の相手-雛月-は平然としている。
淡々と、自分はやっていない、覚えもないと繰り返すその姿が、とてもふてぶてしく見えた。双子達だけではなく、他の皆もそう思ったのだろう。
「あくまで認めない、とは。全く反省していらっしゃらないようですね」
そう冷たく告げた副会長の言葉とそれに続く会長の言葉。
「最低でも謹慎処分だな。紫を傷つけたんだ、当然だろう」
そこから始まった彼女の反撃は、彼らの予想外のものだった。
会長も、副会長も反論できずに撃沈している。双子も、他の皆もそれに異論を唱えることはできなかった。
予想外の反撃ではあっても、雛月の言葉は至極まっとうなものだったのだから。
「紫ちゃんは」
「「僕たちを見分けて、ちゃんと別々の存在だって言ってくれたんだ」」
双子はそろって言葉を発した。
そんな彼らに、雛月は冷静に言葉を返した。
「あ~。お前たちのやっている、どっちがどっちでしょうクイズな。あれかなり失礼だから」
「親しい間柄ならいざしらず、そうでない相手にいきなり見分けろとか、失礼だろう。相手に見分けろと要求するのであれば、自分も相手をきちんと知っているべきだ。相手にのみ一方的に要求するのはどうかと思うぞ」
紫への非難や反論に対して身構えていた彼らは、虚をつかれた。
その言葉が正しいことは嫌でも分かる。
相手に対してのみ要求するのは、幼い子供が駄々をこねているのとおなじだからだ。
「大体、別々の存在だなんて当たり前だろう。身体も意識も別々なんだから。見分けがつくかどうかと別々の存在として認識しているかは別問題だろう。そこまで見分けて欲しいなら髪型でも変えれば一発だ」
それでも。
いや、その言葉が正しいからこそ、彼らは反論した。
「でも、お父さんもお母さんも見分けがつかないんだ」
「だからいつもひと括りにされている」
親しい相手でも見分けてもらえない。
その悲しさを知っているが故に、彼は臆病だった。
相手を知り、親しくなってから見分けてもらえない。
それがとても怖かったのだ。
親しくない人に見分けてもらえないのは悲しいことだが、まだ諦めがつく。
だが、親しくなり、相手に好意を抱いた上でも見分けてもらえなかったら。それだけならまだしも、ひと括りにされて別々の存在だと思えてもらえなかったら。
想像するだけでとても悲しく、辛い。
だからゲームという形で誤魔化した。
外れてもゲームだ、お遊びだと思えるから。
「だがお前達、ゲームで不正解の時でも正解だと言ってるときがあるだろう。それで余計に分かり辛くなっているんじゃないのか?」
雛月の言葉に、双子は驚いて見つめた。
ゲームだから、とたまに間違っていても正解だと偽って笑って場を盛り上げていた。
それが分かる、ということは。
「「もしかして見分けがつくの???」」
見分けがついている、ということに他ならない。
「ああ、会計は重心がやや左より。書記は逆に右よりだ。その所為で若干肉付きが違う」
あっさりと告げられた言葉に、双子は呆然とした。
「もう少し分かりやすい見分け方があれば、他の皆にも教えられたんだが、すまんな」
「「教える?」」
双子は首をかしげた。
見分けがつくということと、人に教えるということが結びつかなかったのだ。
「ああ」
雛月が頷く。
「見分けて欲しいんだろう? 見分け方が分かれば他の人も分かるようになろうだろうからな」
淡々と紡がれる言葉。
「水無月も見分けがつくなら、他の人に教えてやれば良かったのに。一緒くたにされたと思ってずっと辛かったんだろう? 簡単に見分けがつくようになれば、そんな思いをしなくてすむだろうに」
双子はそろって息をのんだ。
前に、どうやって見分けているのか、紫に聞いたことがあったのだ。その時は秘密だと教えてもらえなかった。
だが、確かに見分け方が分かるのなら。
他の人に教えることが出来た筈なのだ。
「だがな、お前達も悪いぞ」
黙りこんだままの双子に、雛月は言葉を続けた。
「見分けてもらえないのは確かに辛いのだろう、と思う。だがな、お前たちを大切に思い、見分けたいと思っても見分けられない人も辛いと思うぞ。人には得手不得手というものがあるんだからな」
それは、双子が思ってもみなかったことだった。
自分たちを見分けられないのは、自分達をちゃんと見ようとしていないからだとばかり思い込んでいた。
でも、言われて見れば確かにそうなのだ。
間違い探しのゲームでも、簡単に見つけられる人もいれば、ひたすら頑張っても見つけられない人もいる。たかがゲームでも、必死に頑張っても分からない人は悔しそうだった。
たかがゲームですらそうなのだ。
もし大切に思い、見分けたいと思っているのにそれが出来無かったら。
悔しくて悲しいだろう。
自分達の悲しい思いに囚われて、相手のことを全く考えていなかった事に、双子は気付いた。
いや、気付かされた。
「両親もひと括りにしているというが、一度ちゃんと聞いて見たらどうだ?」
雛月の言葉に、双子は頷いた。
紫はとても優しかった。
だから甘えて、すがって、必死にしがみついていたけれど。
本当は、それではいけなかったのだ。
そして、紫の偽りを知った。
彼らは乙女ゲーだのなんだのということは良く分からなかったけれど、紫が自分たちを思いやって行動していた訳ではないということは分かった。
紫は優しく、甘やかしてくれた。
でも、それだけだった。
自分達は愛して欲しいと求めるだけの子供で、それが分からなかった。
本当に相手を思って行動するのならば、優しいだけ、甘やかすだけ、ということはありえないはずなのに。
帰宅し、両親と話をした双子は、雛月の言葉の正しさを知った。
どうやら、母親は人を見分けるのが致命的に苦手らしいのだ。
それでも、家族か家族以外か、という認識はできるらしい。その為、その範疇に入るまでが大変だったと父親が言った。
母さんに覚えてもらうために、毎日同じリストバンドをつけて、頑張って口説いたんだぞ、と何故かのろけまでついてきたが。
それだけ人の区別が苦手だというのに、生まれたばかりの双子と、よその子供の見分けはすぐにできたそうだ。
最初から区別できるんだから、ちょっと嫉妬しちゃったな~と言う父親の目はマジだった。
見分けられなくてごめんなさい、と謝る母親に、彼らは慌てた。
だって、本当に母親が悲しそうだったから。
こんなことなら、ひと括りにされていると勝手に拗ねていないで最初から聞けば良かったのだ。
こっちこそ知らなくてごめんなさいと謝った。
そして色々聞いたところ、見分けるのは苦手だけれど、二人をちゃんと個別認識していたことが分かった。
認識の仕方が、「肉の焼き方が和樹はミディアムレアが好きで、雅樹はレアが好き」とか食べ物の好みに偏っていたのがちょっとびっくりだったけれど。
ちなみに父親は双子の癖の違いで見分けていたらしいが、その癖が出るまでが見分けがつかないので、すぐに分からない=見分けがついてない認識になっていたことも分かった。
そして、双子は無理に見分けてもらおうとすることをやめた。
見分けて欲しいならば、髪型を変えるなりなんなりすればいい。そう思うようになったのだ。
そう思えるようになったのは、雛月のおかげ。
彼らは明日改めて、彼女にお礼を言おうと思った。
藤黄 和樹・藤黄 雅樹
ゲーム:お約束の双子キャラ。明るくてにぎやか担当。彼らを見分けられないとルートに進めない。
ルートに進んだ後、個別ルートに分かれる。
しかし、双子の片割れの好感度も上げなくていけないが、上げすぎてもいけないという面倒なキャラだった。
ゲームでは名前の通り、黄色い髪。
現実:見分けて欲しいと願っていることは同じ。親子の会話不足でかなり思いつめていた為、紫に依存するように甘えていた。
主人公のおかげで自分達が紫に依存したことに気付く。そして親と会話して誤解が解けたので、主人公に対して感謝の念を抱くことになった。
髪の色はちょっと明るめの茶色。
おまけ
母「それにしても、どうして急に聞こうと思ったの?」
双子「「学校でね、見分けたいと思っても出来無い人がいるかもしれない。そういう人も辛いはずだって言われたの」」
父「そうか。そういう言い辛い事を言ってくれる人というのは貴重だから、大事にしなさい」
双子「「うん。なんかかっこいい人なんだ」」
母「まぁ。良かったわね」
父 微笑ましそうに頷く。
双子「「お兄ちゃんって呼びたいな~」」
父「そんな頼りがいがあるような男なのか?」
双子「「ううん。女の人だよ」」
母「…………。女の子にお兄ちゃんは失礼よ、せめてお姉ちゃんにしなさい」
双子「「はぁ~い」」
母親のおかげで、翌日「「咲良お兄ちゃんって呼んでもいい?」」という発言は回避されました。
そして、作者が一番双子をひと括りにしていて、すまん。