4.副会長の場合
副会長 青藍 悠利視点です
そういえば、前に心から笑ったのは何時だったのでしょう。
初対面で言われたのは、全く思いもしなかった言葉でした。それだけ、彼女-水無月 紫-の言葉は予想外だったのです。
『嘘くさい』『気持ち悪い』それらの言葉に揺さぶられた私の心に、落とされた台詞。
「本当の笑顔がみたいな」
「ずっとそれじゃ疲れちゃうでしょ? 無理せず自然でいて欲しい」
彼女の笑顔は、本当の表情に見えました。
きっかけは何だったのか、今では覚えていません。
苛められない為か、なめられない為だったのか。
おそらく虚勢を張りたかったのでしょう。
そんな私が選んだ態度は、荒々しい態度ではなく、冷たい笑みと丁寧な言葉でした。私の容姿は荒々しい言動にそぐわないと判断したのだと思います。そのうちに丁寧語だけではなく、敬語を覚え、誰に対しても敬語を使うようになりました。
穏やかというよりは慇懃無礼。寄ってくる輩を冷たくあしらう私は、莫迦にされることは殆どなくなりました。
意識して使っていた敬語が自然に出るようになると、考える言葉も基本的に敬語になっていました。
そうして、僕は私になりました。
莫迦にされる事が無くなった代わりに、私には親しい友と呼べる人はいませんでした。腫れ物に触るように扱われるか、遠巻きにされるか。自分で望んだ事でしたので、不満はありませんでした。
紫の言葉に、自分が寂しいという感情に蓋をしていた事に気付くまでは。
彼女の言動は、いつも予想外でした。
そんな紫に振り回され、驚愕、喜び、色々な強い感情とそれを表に出すことを思い出しました。
それはとても新鮮で、楽しいものでした。
声を上げて笑う姿を見られた時には、何か悪いものでも食べたのかと級友に言われました。酷い言い草です、と抗議しながら、自分は一体どんな存在として見られていたのでしょう、と思いました。
煩わしい付き合いは確かにごめんこうむりたいですが、周囲の存在全てを拒絶するつもりはありませんでした。ですが、今までの私の態度は、それに類するものであったのでしょう。
そう考えられるようになったのは、紫のおかげ。
そのような彼女の涙を見て、私は平静ではいられませんでした。
いつも明るくて元気な紫の姿とは、かけ離れたその姿。余程恐ろしかったのでしょう、泣き顔は恐怖に彩られていました。
彼女を抱きしめ、慰めたかったのですが、二人きりではなかったので流石に出来ませんでした。その代わりに、紫を傷つけた相手への報復を心に誓いました。
「あくまで認めない、とは。全く反省していらっしゃらないようですね」
私の言葉に、「当然だろう」と言いたげな表情をしているのは、紫を泣かせた相手。
理事長の姪だということをかさにきている、と聞いていたので高慢ちきなお嬢様を想像していましたが、かなり予想外でした。
確かに態度は堂々としていますし、言動はかなり偉そうに聞こえます。ですが、どうも女性を相手にしている気がしません。
そんな彼女-雛月-から言われた言葉は、予想外の事ばかりでした。
理事長の姪だということは伏せていたことに始まり、会長への指摘。
それは、会長は勿論、私達誰もが否定できないものでした。
そして私に投げかけられた言葉は
「初対面で気持ちが悪いと言われて喜ぶなんて、お前はマゾか」
私を変態扱いする言葉でしたので、即座に否定しました。
しかし、続けて言われた言葉は、至極当たり前のものでした。
「なら喜ぶな。大体、初対面の相手に心からの笑顔を向ける人のほうが少ないだろう。愛想笑いや作り笑いのどこが悪い。本心からの笑みでなければいけなかったら、接客業の方々が大変だぞ」
「それに、初対面の相手に気持ちが悪いとか言う輩は、人としてどうかと思うぞ。そんな礼儀のなっていない状態で社会に出たら大変そうだから、今のうちに教えてやれ」
どうしてこのような当たり前のことに、気付かなかったのでしょうか。
本物であろうと、偽者であろうと、笑顔は人間関係の潤滑油です。私の冷笑は相手を拒絶するものでしたが、流石に初対面の挨拶の時には普通の笑みを浮かべていたはずです。
それを、『偽物』『気持ち悪い』と口にするなんて、真っ当な神経では出来無い芸当です。
言われた瞬間には、私も怒りを感じました。その怒りが持続しなかったのは、『本当の笑みが見たい』と言われたからなのでしょう。
偽りで固めて傷つかないように作り上げた殻。その中の本当の私を見つけてくれたような気がしたのです。
紫と過ごして、その殻から色々な感情が引き出され、その思いが強くなりました。
けれど、思い返して見れば。
紫の言動は確かに非常識なものでした。
予想外なのは当たり前です。常識や良識があればしないような言動なのですから。
そんな言動をする人が、どうして会長に助言などを出来たのでしょう。
少し考えて見ればおかしいことだらけです。
私は紫に夢中で、彼女の想いを得ることに必死になり、どうして皆があれほど恋焦がれるのかという理由を考えることすらしませんでした。
私達は行動も性格も好みもばらばらです。
同じ相手を好きになる可能性は高くはないはずです。彼女が他の男と話している時の言動に感じた違和感。嫉妬して自分の相手をしてもらう為に必死になっていなければ、もっと早く気付けたのでしょう。
彼女の言動の、矛盾に。
「しかし、あれだな。本物だろうと偽物だろうと、ずっとそれでやってきたんだろう?
今まで続けてきた理由も聞かずに、初対面で全否定っていうのは流石に酷いな」
恋人にするならもう少しまともな神経の持ち主の方がいいと思うぞ、と雛月さんに告げられたその言葉。
それは私が気付かないようにしていた、紫への不満でした。
偽りではなく、本当の私を見て欲しい。
それは紛うことなき真実。
ですが、それだけでは厭だったのです。
偽りを続けた私も、間違いなく私だったのですから。
私は無言のまま彼女を見つめました。
まっすぐな姿勢、目をそらすことなく紡がれる言葉。
男らしいとすら思えるその態度。
しかし、その姿は紛れも無く女性のもので。
口調と話の内容から固く聞こえるその声も、良く聞いて見るととても柔らかなものでした。
「相手に見分けろと要求するのであれば、自分も相手をきちんと知っているべきだ。相手にのみ一方的に要求するのはどうかと思うぞ」
双子に対して告げられたとの言葉は、私にもあてはまります。
偽りで固めたあげく、その中を見て欲しいなどとはどれだけ私は傲慢だったのでしょう。
そして、私は紫を知ろうとしませんでした。長所も、欠点も含めての人だというのに、自分にとって都合の良い彼女の姿を勝手に作り上げて追いかけていました。
本当の自分を見てもらえたと思い、喜びを感じたというのに、私はそれを相手に返そうとはしなかったのです。
自分の愚かさ、情けなさに涙が出そうです。
紫に濡れ衣を着せられ、一方的に糾弾されたというのに、雛月さんは私達が罰を受けないように気遣ってくれました。
彼女の私達を見る目は、呆れを多分に含んだものでしたので、おそらく情けない私達を哀れんだのでしょう。
雛月さんの私に対する評価はおそらくかなり低いと思われます。
私は、それを覆したい、そう思いました。
あの真っ直ぐな眼差しの前では、本物も偽物も意味をなさない気がするのです。
作った態度であろうと、自然な態度であろうと。自分がしたいようにすればいいだろう、そう告げた彼女を、欲しいと思いました。
この感情が、友人を欲するものなのか、それとも恋情なのかはまだ分かりません。
ですが、この先雛月さんのような人と出会える可能性は、かなり低いでしょう。
恋人ですらない女性に騙された挙句、無実の罪で糾弾した私達を許し、思いやってくれた。そのような事が出来る人はそうはいないでしょうから。
そうであるならば。
この出会いに感謝し、得た機会を逃すべきではありません。
これから彼女の信頼を得ることができるかは分かりませんが、どうせ私の評価は低いのです。悪くなるより、良くするほうがおそらく容易いでしょう。
悲しいことに、常識をわきまえた言動をするだけで評価が上がる気がします。
それならそれで、好都合でしょう。
私は彼女の隣に在りたい。
そして彼女に隣に在って欲しい。
大変であろうと思われるこれからが、とても楽しみでした。
青藍 悠利
ゲーム:嘘くさい笑顔が気持ち悪いと言われて喜ぶ変な人、もとい本当の自分を見てくれたと想い主人公に惹かれた人。
鬼畜眼鏡の設定どこへいった、という勢いで主人公にべたぼれで、甘い人。色々やらかす主人公に振り回されながらも、喜怒哀楽が出てきたのはいいこと、と周囲には不思議なことに結構好意的に見られる。
彼のEDでは、砂糖を飴でコーティングして、蜂蜜とシロップをかけたような甘さが楽しめる。
苗字のような青い髪が特徴。
現実:気持ち悪いと言われて喜んで惚れ込んでしまうところは同じ。紫に振りまわされて感じたドキドキが、恋によるものなのか、非常識な言動によるものなのか、実は微妙に悩んでいた。しかしライバルが多かったので、悩んでる間に取られてしまうと気付かないふりをした結果、より言動が過激になっていた為、結構から回っていた。
主人公によって、自分が正常な判断力を失っていた事に気付いた結果、あんな非常識な言動を繰り返す人は、生涯を共にするパートナーとして考えられないと判断。紫への思いはあっさり消えた。
しかし指摘した主人公にも結構酷いことを言われたにも関わらずほれ込むあたり、やっぱりMなのかもしれない。
髪はほぼ黒に見える濃紺。
現在作者は風邪っぴきの為いつもより誤字・脱字が多いかもしれません。
ご指摘いただけると有難いです。
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色々ご指摘ありがとうございます。
本文から後書きまで色々とミス多すぎですね。早速直しました。