おまけ5 麻雀をする初音さん
8000ポイント突破記念。皆さま、ありがとうございます!
麻雀描写があります。わからない人はすみません。
南一局一本場。親は猪牙ノ助。
手元で牌をカチャカチャ弄りながら、真里谷初音は河をにらむ。
すでに十順目。
対面の猪牙ノ助はドラの自風を鳴いてテンパイ気配。
上家の荒次郎は五順目からリーチ。安牌を増やさない捨て牌が憎らしい。
下家の胃の腑Jr.こと佐保田彦四郎は、別に望んでないのに接待に徹していて、合わせ打ちしかしていない。
――くそっ、私も聴牌ったのに!
手元にある13枚の牌。
そこに刻まれた文字や模様が一定の法則で並び、あと一枚で手役が成立する状態を聴牌という。ここから必要な牌を引き当てるか、相手が捨てれば上がり、なのだが。
そのために捨てる牌が、荒次郎の捨て牌の裏筋に、ダブルで引っかかっている。間四軒。典型的な危険牌――相手の上がり牌の有力候補だ。
――通るか?
危険ではあるが、所詮当たり牌は34種の牌のうち数種でしかない。真っ向から勝負しても、そうそう当たるものではない。
まあ中には九面待ちだの十三面待ちなんてのも存在するが、そんな一生かけても上がれない人間の方が多い待ちなぞ考慮に入れるべきではないだろうと少女は考えた。だいいちそんな手役を作っていれば、捨て牌でわかる。
猪牙ノ助のほうは、筋牌を河に捨てているので、比較的安全だ。確実ではないが、当たる確率はずっと低い。
勝負すべきか否か。
むむむと悩んだ後、初音は意を決して二筒を河に打ちつけた。
「通れっ!」
顔を伏せながら捨てた牌に指を置いたまま、少女はふたりの顔色をうかがって……くい、と牌を横向ける。
「通らばリーチ!」
「――残念だ」
荒次郎が手牌を倒す。
「ロン。立直・平和・三色。満貫、8000点だ」
「ぎゃー!?」
初音は悲鳴をあげて卓に突っ伏した。
自分の捨てた牌で相手に上がられることを放銃というが、文字通り銃で撃たれたかのような倒れっぷりだ。
「かっかっか、残念娘よ、また貴様のトビで終了か。言ってはなんだがとんでもなく弱いな!」
「私は弱くない! むこうぶちとかアカギとか咲とか読んでたし! まだ爺さんと卓を囲むのは三回目で、強い弱いを語る段階じゃないし! というかまだ3000点くらい残ってるし! トんでないし!」
「三度もやれば強弱の程度はともかく、相手がスカタンかどうかはわかるのだがね……ちなみに残念娘、その牌、吾輩もロンなのだが」
「……え?」
首をかしげる初音の前に、猪牙ノ助は手牌を倒す。
カンチャンの二筒待ち。初音の捨て牌がナイスインだ。
「荒次郎君の危険牌を待ちにしてしまい、どうしたものかと思案していたところだったのであるが……貴様もよくよくドツボにハマるのが好きなようだな。かかっ」
猪牙ノ助はものすごくいい笑顔で言った。
「――東ドラ3、親……ま、到底足るまいから気持ちだけ包んでくれたまえ。空になった箱は頭に被るとよいぞ。そういう漫画が、吾輩が若い頃に流行っておったしな、かかっ!」
「ぎゃー!?」
初音は両手を広げて後ろにバタンと倒れた。
これで三戦三ラス二ハコ。散々な戦績だ。
「おかしい。こんなことは許されない。この大軍師初音さまが……」
「かっかっか! よかったではないか! 貴様の尊敬する諸葛孔明といえば綸巾羽扇! ハコを被っておるその姿はそこはかとなく孔明っぽいぞ!」
「点箱だよこれは!」
「点箱? はて、点箱というからには点棒を入れるためにあるのであろうが、貴様の箱には肝心の点棒が見当たらぬなあ!」
「たった! いま! おまえと! 荒次郎が! 持っていっただろ!」
「いやはや、大盤振る舞いかたじけない! 気風がよくてたいへん結構! これからもどんどん頼みますぞ大軍師殿! かかっ!」
自分の点箱をじゃらじゃらと揺すりながら、猪牙ノ助は笑う。
煽られまくった初音は怒りのあまり顔を真っ赤にして、長い耳をぴくぴくと震わせている。ちょっと涙目だ。
「残念娘は論外であるが……荒次郎くんは強いな。とてもではないが初心者とは思えんよ」
荒次郎は三連続トップ。いまのところ放銃もゼロだ。
ここまでくれば、ただのビギナーズラックと切り捨てることも出来ないが……荒次郎は首を横に振った。
「運がよかっただけだ。たまたま振り込まず、たまたまみんなより上がれただけだろう」
「いやいや運も実力のうちであろう! 度胸もある! どこぞの大軍師様なぞ、危険牌を捨てるたびに手をぷるぷる震わせて相手の顔色をうかがっておったが、いやはやさすが荒次郎くん! 残念娘とはモノが違う!」
「いいかげんにしろ! 荒次郎を持ちあげるのはいいけど、そのたび私を引き合いにだすな! もー! もー!」
ぎゃわー、と少女が癇癪交じりに抗議する。
「だいたい! 荒次郎が麻雀を覚えたのは、むちゃくちゃ不純な動機なんだからな! 私が麻雀作りたいって言った時全然興味なさげだったのに、ちょっと脱衣麻雀の話したら、一瞬で乗り気になっちゃって! 下心100%じゃないか! そんな荒次郎が強いうえに爺さんからべた褒めとか理不尽だ!」
「そういえば、脱衣麻雀はまだやらないのか?」
「やらないよ! やっても私がうれしくないよ! 荒次郎の裸とか見飽きてるよ!」
なんだか大胆なことをうち明けているが、本人に自覚はない。
まあふたりがよくいっしょに風呂に入っているのは周知の事実ではある。夫婦でもあるし、おかしいことは言っていない。夫婦の実態を知る猪牙ノ助以外は。
見ざる聞かざるを決め込む佐保田彦四郎と、にやにや笑っている猪牙ノ助を尻目に、夫婦二人はわいわいと話を続ける。
「俺はエルフさんの裸を見たいぞ」
「なんでだよ! 荒次郎も私の裸なんて見飽きてるはずだろ!?」
「俺がエルフさんの裸を見飽きるなんてことはあり得ない……それに、想像してみて気づいたのだ」
「……気づいた? 何に?」
荒次郎の真剣な表情に、少女は思わず居ずまいを正して問う。
「エルフさんが負けて口惜しがりながら服を脱ぐ姿は、ものすごくいい」
「私が! なにも! 得をしない!」
突っ込みながら点箱で叩こうとしたが、目測を誤った。
荒次郎の鋼のごとき筋肉に腕を打ちつけてしまい、少女はもんどりうって倒れた。
このあたりで佐保田彦四郎と猪牙ノ助は、犬も食わぬとばかり、そそくさと部屋を出ていく。
出ていく間際、猪牙ノ助は卓に並ぶ麻雀牌にささっと手を加えて行ったが、少女はごろごろ転がるのに夢中で気づかない。
「……大丈夫か? エルフさん」
「雑なフリに応えるのは癪だけどスルーして定着させるのも嫌だからあえて突っ込むけど……エルフ言うな」
「ありがとうございます」
「そんなお礼はいらない……」
転がり疲れたのか、少女はぐったりと倒れ込んだまま突っ込んだ。
「だが、興味を持ったのは脱衣麻雀からだが……麻雀自体もなかなか面白いと思う」
荒次郎がぼそりとつぶやくと、初音は倒れたまま微笑む。
「だろ? 麻雀が出来るのが清の時代の中国だから、世界初。麻雀はこの大軍師初音様が発明したことになるのだー」
「道具を揃えるハードルが高いし、ルールも複雑だから、うまく広まるかどうかはわからないがな……ふむ、せっかくだから何組か揃えて鎌倉公方に献上するのもいいかもしれないな。ゲーム自体は面白いのだから、そこから流行っていくかもしれない」
「やめて……これで実利を得る気はない。発明の名誉だけでいいんだ……坂東武者にギャンブルはアカン……絶対揉める元になる……そして刃傷沙汰になる……調停するこっちの負担が増える……」
荒次郎が提案すると、初音は頭を抱えながらうめきだした。
「賭けなければいいんじゃないか?」
「荒次郎は、賭博性のあるゲームで、賭けが行われないと思うか?」
「……思わんな」
古くは盤双六から囲碁、将棋、カードゲームに至るまで、実例には事欠かない。というか未来の賭け麻雀の流行を考えれば必然と言える。
「寺社と組んで神事に仕立て上げたり、貴族と組んで家職の芸事に仕立てたりって手もあるんだろうけど、麻雀を作ったのは完全に趣味だからね。荒次郎がヒマな時に、いっしょに遊べたらいいかな」
「……ひょっとしてエルフさんは、欲得がまったく絡まない方が名案を思いつくんじゃないだろうか」
「どういう意味だよそれ」
文字どおりの意味であるが、荒次郎は説明しない。
「まあ、そのあたりは後で猪牙ノ助さんと相談してみよう」
「おいなんで発案者の私じゃなくて爺さんに相談する」
「ふむ。それよりも、エルフさん」
初音がじいっと目を眇めると、荒次郎はしれっと話題を変えた。
「流れでお開きになってしまったが、また麻雀で遊ぼう……今度は、ぜひとも脱衣ルールで!」
「いや、今日一力強い口調でなに言ってんの。絶対脱衣はしないからな。私が楽しくない」
「ふむ、そこだな、問題は。脱衣ルールでエルフさんも楽しい。そんな方法を考えなくてはいけない、ということだ」
「おい、かつてないほど真剣な表情になるのはやめようじゃないか」
不安になって制止するのも構わず、荒次郎は考え込む。
「エルフさんだけじゃなく、他の女子にも参加してもらう……たとえば――冴さんとか」
「冴さんと脱衣麻雀!? やるに決まってるじゃないか! はやく冴さんよんできて! はやく! ぎむでしょ!」
残念娘は一瞬にして食いついた。ダボハゼである。
自分が負けて服を脱ぐ羽目になる可能性など、もはや思考の片隅にも存在していない。
勢いよく卓に着いた彼女の手元には、猪牙ノ助が並べた牌が並んでいる。
その数15。規定枚数より多くの牌を手元に抱える、多牌と呼ばれるルール違反である。
言わんとするところは、“自爆”。もの言わぬ突っ込みに、しかし少女は気づいていない。
ちなみに、罰則は満貫払いで8000点なり。
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