表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/53

影武者/政治屋/白頭巾

「エルフさん」


「エルフ言うな。なんだよ」



 荒次郎が呼びかけると、金髪の少女は目を眇めて返してきた。


 薄暗い寝所。遠くに波の音が聞こえる。

 そんな中、向かい合って座る巨漢と美少女和装エルフ。

 妙な組み合わせのふたりだが、話題はしごく深刻なものだ。



「現状、詰んでいる。それは分かったが、エルフさんはこれからまず、どうすべきだと考えている?」


「だからエルフ言うなって……私の意見か? できれば降伏したいけどなー。それなら一気に勝ち組だし」



 少女の意見は正しい。

 北条家は、のちに関東の覇者となるとわかっている。これほど明確な勝ち馬はない。


 しかし。



「その口ぶりでは、降伏は望めんか?」



 無表情のまま、荒次郎は問う。

「わからない」と少女は首を左右に振った。



「だけど三浦氏は、相模さがみ全域に影響力を及ぼす有力豪族だ。それを雪隠詰めにしてるこの状況で、北条早雲が簡単に許すかというと、まあ、見込みはないんじゃないかな? 大森、三浦という大豪族を滅ぼして、相模国衆を直接統治できるようになったことが、のちの北条一族の発展に繋がるわけだし」


「……ふむ。では、逃亡は?」


「逃げ場所は、あるにはある。たとえば私の実家、真里谷まりやつ武田。あるいはお前の姉婿が当主をやってる江戸太田。それに、血が繋がってる主筋の扇谷おうぎがやつ上杉。現状なら三崎みさきから船で逃げるのも不可能じゃない。だけど、同族の横須賀よこすか氏が裏切ってる以上、江戸湾を渡るにはどうしてもリスクが生じるし――」


「生じるし?」


「……ややこしいからおいおい説明するけど、このあとの関東情勢ってのが、現状に輪をかけて混沌としていくんだよ。三浦にしろ真里谷にしろ、私たちの身は、政治的に利用されざるを得ない。無力な状態で、まな板の上に身を置くってのは、ぞっとしないな。私の場合、貞操の危機再びだし」


「ふむ。では、どうすべきか……」



 相槌をうち、考え込む荒次郎。

 その様子を見ながら、初音はひとつ、ため息をついた。



「ま、なんにせよ、これからのことを考えるなら、会ってもらわなくちゃならないヤツが居る……気は進まないけど」



 最後に、小さくつぶやいてから。

 エルフの少女は立ち上がると、荒次郎を部屋の外にいざなった。


 外に出ると、どこに控えていたのだろうか。まつがハタハタと近づいてくる。



「おひいさま、いかがでした?」


「まつが期待した用事じゃなかったけど、主さまと仲良くしていたよ」



 誰だ、と問いたくなる柔らかな笑顔を浮かべ、エルフの少女は答える。

 すると、まつが、こちらも花のような笑顔を浮かべた。



「それはよろしゅうございました」


「ごめん、まつ。ちょっと頼めるかな。大殿おおとのに“火急の”御用があるのだけれど」


「わかりました。さきに行って、御機嫌を伺ってまいります」


「……エルフさん、大殿とは?」



 とてとてと小走りに行く少女の背を見ながら、荒次郎は問う。

 初音は短く答えた。



三浦道寸みうらどうすん





 ◆



 三浦道寸。

 荒次郎の実父。そして三浦一族の先代当主だ。

 扇谷上杉家の重臣として、北条早雲と、時にくつわを並べ、時に相争い、関東の戦国に名将として名を為した男。


 史実において三年にわたる新井城の籠城戦。

 三年間、一切の内部崩壊を起こさせず、死闘を続けられたのは、この男の力によるところが大きい。


 御殿ごてんの奥座敷に向かいながら、初音は三浦道寸に関して、ごく簡単に説明した。


 ほの暗い部屋の中、待っていたのは僧形の男だった。

 裏頭かとうの隙間からのぞく目の淵には、深いしわが刻まれており、しかし瞳は歳不相応につぶらだった。



「“火急の”。と聞いた、であれば――」



 よく通る声で、老人は言う。



「ようこそ御同輩・・・吾輩わがはい三浦道寸義同みうらどうすんよしあつ。貴様の同類である」


「おい、エルフさん」



 道寸の名のりに、荒次郎は横に居る初音のすそを引っ張った。

 力加減を間違ったのか、彼女は「おわっ」と体勢を崩してつんのめる。



「危ないな!」



 抗議してから、エルフの少女は頭をかいて答える。



「そうだよ。こいつは私たちの同類だ。だけど、不幸中の幸いというか、なんというか……幸いにも、こいつは三浦道寸本人じゃない」


「……どういうことだ?」


「影武者だよ」



 荒次郎の疑問に、エルフの少女は答えた。



「――三年ほど前に、この時代に迷い込んだところを、道寸本人に見出されたらしい……自己主張の強い影武者だけどな」


「かかっ」



 初音の説明に、道寸の影は笑う。



「――前職が前職だからのう! 知っておるか? 吾輩、先だっては国会議員をやっておった三浦猪牙ノ助ちょきのすけという。荒次郎くん。元の時代に戻れたら、選挙では猪牙ノ助をよろしく頼むぞぉ」


「三浦猪牙ノ助って……」


「たぶん当たってるよ。参議院議員で道路族。悪い意味で有名な政治屋」


「馬ぁ鹿を言うな!」



 初音の説明に、猪牙ノ助はばばっ、と両手を交差させてポーズをとり、主張する。



「――吾輩が興味を持つのは、効率的に整備された美しい道路、それ以外に無ぁい! 吾輩のありとあらゆる政治活動は、一片の私心もなく、すべて吾輩の愛する道路のためにあるのだぁ!」


「汚職もか?」


「それはさておきっ!」



 勢いよく腕を振り上げ、猪牙ノ助は誤魔化した。



「――吾輩、影武者と言った。その影が、いまは表に出ておる。この意味がわかるか? 荒次郎くん」



 その、質問の意味を、考えてから。

 荒次郎はぽつりと答えた。



「怪我か、病気か。三浦道寸は、表に出られる状態にない、ということか」


「そう。そうなんだよ荒次郎くん。我が主、道寸殿は現在病で伏せっている。吾輩も困っておるのだよ。なにしろ、あれだ。有権者と話を合わせるのに、歴史は存分に学んでおるつもりだが、吾輩、戦などからきしだからのう。かかっ!」


「……ってわけだ。私たちは、少なくとも三浦道寸の病が癒えるまで、お前や爺さんの指揮で、北条早雲と渡り合わなきゃならない」



 初音が乾いた笑いを浮かべながら、肩をすくめる。



「――正直詰んでる」


「そうか?」



 初音の言葉に、荒次郎は首をかしげる。



「そうかって、お前、気楽な」


「猪牙ノ助さんは政治家だ。人の心を掴む術、人を操る術。そのあたりは心得ているだろう」



 荒次郎は猪牙ノ助を指差し、言う。

 たしかに。現代の政治家の、人心掌握や多数派形成などの洗練された手法は、籠城中の一族をまとめるのに、有効だ。


 二人がうなずくを待って。

 荒次郎は、指先を初音に転じる。



「エルフさんは歴史をよく知っている。これから何が起こるか、先の先まで」


「エルフ言うな」



 うなずきかけて、初音が抗議の声をあげた。


 しかし、これも的を射ている。

 これから時代がどちらへ向かうか。その大きな流れ。

 近い未来に誰がどういった行動を起こすかといった、小さな動き。

 エルフの少女が知っている、これらを押さえるメリットは、とてつもなく大きい。

 先の見通し、という一点においては、当代一流の武将である北条早雲をしのげると言っていいほどだ。



「そして――」


「でっ、伝令! 伝令! 敵方に大きな動きあり! 伊勢方、菊名きくなの陣場より大軍を動かし、力攻めの模様!」



 あわただしい伝令の叫びを尻目に、親指で自らを指示し、荒次郎は言う。



「俺が、戦おう。三浦の兵を率いて、北条早雲と」



 自らの言葉が何を意味するかを、知ってか知らずか。

 すっくと立った荒次郎の表情には、一片の揺らぎもなかった。





◆用語説明

轡を並べる――馬の首をそろえて並べること。

御殿――城主の住まい。公邸と私邸の機能を持つ。

裏頭――弁慶が頭につけている白い布。

影武者――権力者や武将が、自衛などのために用意する、本人そっくりな装いをした身代わり。

道路族――道路利権に絡んだ族議員。

それはさておき――さておくべきでない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ