第09話 知識
5時間目。未だに体中がびりびりしている治は、隣に座っているハルスには振り向きもせずに、理科の授業に専念した。ハルスも、さっき「嫌い」と言われた治には振り向きすらもしていない。
「では、これより理科の勉強を始めます。」
理科の先生、関口疾風が言った。
「今日は、第2分野の、地層についての勉強の続きをやります。では、教科書を開いて、私が出した例題に生徒達を当てますので、立って答えてください。」
(地層って何?)と思ったハルスは、治に尋ねようとするが、首が言う事を聞かない。そのうちに、関口先生が言った。
「長谷川!地層の一番下の層は、普通どんな層ですか?」
「はい!」
と、長谷川玲子が立って、答える。
「一番古い層です。」
「そうですか。」
「その通りです」、「違います」をはっきり言わないこの先生は、前にも言ったように、何でも「答えが分かると面白くないから。」と、闇に葬る人である。
「伊勢田!では、一番上の層は?」
「はい、新しい層です。」
「そうですか。」
伊勢田由香が座ると、関口先生は、教室の辺りを見回した。当てられるという恐怖を知らないハルスは、平然とした顔で座っている。唯一余裕の顔をしている彼女に、関口先生は当てた。
「零時ハルス!凝灰岩は何が固まったものですか?」
「は、はい・・・」
ハルスは、ふらりと立つ。一応喧嘩意識を持っている治であったが、すぐ後ろからハルスの立つ音が聞こえると、ぎぐっとして振り返る。ハルスは、焦った顔をしている。冷や汗が既にいくつか出ている。何なのよ。ぎょうかいがんって何なのよ。
「早く答えなさい!」
「は、はい・・・」
ハルスは、おしげつく。
「あ、あの、魔力です。」
その言葉に、クラス中からくすくすの笑い声が漏れる。治とハルスと関口先生だけは笑っていなかった。
「魔力?面白い人だな。」
関口先生が、怒った声で言う。
「魔力だって?内申書から点を引きますよ。」
「あ、あの、すいません・・・。」
ハルスが、返した。
「内申書って何ですか?」
教室の中で唯一、内申書というものを知らない彼女に、クラスメートの視線が一気に集まる。
「あのな、内申書とは、そういうものなのだよ。」
関口先生は、あえて「答えが分かると面白くないから。」のポリシーに沿っている。
「だから、内申書って何ですか?」
「内申書とは、そういうものなのです。」
「教えてください!」
「何でも、答えが分かると面白くありません。どうしても知りたければ、その前にその欲望を捨てなさい。」
この言葉にむかっとした正志が立ち上がる。
「教えてください!この人は、内申書というものを知らないんです。」
かおるも、続いて立って喋る。
「憲法では、知る権利が保障されています。その発言は、明らかに憲法違反です。」
「憲法って何?」
ハルスが、かおるに尋ねる。
「憲法とは・・・」
「待て!お前が話すと長くなるから!」
治が、立ち上がった。
「それ、とういう意味よ。」
かおるが言う。
「ハルスには後で俺が説明する。」
喧嘩していることも忘れて、治は、感情的に言った。
「みんな、座ってください。このまま授業を続けます。」
関口先生が言うと、ハルスは抗議した。
「で、結局、内申書、憲法について教えてください。」
「知ってしまうと、楽しくないのです。」
関口先生は、ばっさりと切り捨てる。彼は、続ける。
「死亡通知とか、借金の滞納の通知とか、知ってしまうと損してしまう事は沢山あります!だったら、最初から知らないほうがいいではありませんか!」
「憲法は、別に知られてもいいんだと思います。」
かおるが気弱に反論する。それに対し、関口先生も返す。
「音楽は、人それぞれによって受ける感じが違います。同じですよ。もしも憲法の意味を聞かされて、この国は何で呪縛的な国なんだろう、と思われたらとうしますか。日本国のイメージを低下させたのは全て私の責任になるんですよ!」
「そこまて大事になるわけないです。」
呆れたかおるが、座る。他の人たちも続いて座り、立っているのはハルスのみとなった。
「教えてください。」
「それ以上言うと、廊下に立ってもらいます。」
「死んでもいい。教えて。」
「駄目です。」
それに対して、由香が立ち上がって突っ込む。
「教えて教えての申請の結果を通知していることになっていますけと。」
「な・・・・・・」
関口先生は、さっき、教えてもいいかどうかを教えていたことになる。真っ青になりながらも、口では必死の抵抗を続ける。
「もかもかもか・・・・・・」
「あーもー、しれったい!」
ハルスが、左脇のところに手を持っていく。治がその手に気づき、取り押さえる。
「それだけはするな!」
治が、忠告する。しかし、ハルスは、座った状態で手にあまり力を込められない治の手を容易に除け、杖を取り出し、先生に向ける。
「最後の忠告です!教えてください!」
「あうあうあう・・・・・・」
可か否かを言うわけにはいかない。関口先生は、どっちでもない言葉を喋りだした。
「今日はいい天気ですね。」
「エクプロション!」
(みかんの箱を積み重ねた)教壇の上の、先生の教科書が爆発する。関口先生は、その余りの突然さに、腰を抜かす。先生は、座りながらうめいた。
「き、教科書が・・・・・・」
「おい!」
治が、ハルスの杖を取り上げる。
「あまりにも威張りすぎだ!」
「とうでもいいんじゃないの。」
ハルスは、冷酷な声で杖を取り返そうと、杖に腕を伸ばす。治は、杖を持っている腕を伸ばし、反対側の生徒に杖を突き出す。
「取れ。」
「うん。」
「ちょっと!」
隣の生徒、花尾武子が、ご丁寧に頂戴した杖を机の中にしまう。
「返して!」
ハルスが、立ち上がって、武子の机の前に立つ。向かい合った武子は、
「それじゃ、治を捨てて。」
と、答える。
「おい、だからどっちも嫌いだっつーだろ!」
治が、ついに立ち上がって抗議する。
「それから、ハルス!その高慢なところを治さないと、そんなかわいい顔でも誰にも好かれない。女は、外と中とどっちも必要なんだ!」
「男は、それぞれの趣にあった女が必要なのよ!あんたの場合、あたしが似合っていまして?」
と、ハルス。
「そうそう、悔しいけれとハルスの言っている通りよ。でも、治君にはあたしが似合っていると思うわ。こんな怖い女なんで捨てて。」
「怖い女とは失礼な!」
「でも、現に魔法使っているじゃん。」
「それはおいといて!」
二人の口論が続く。治は、呆れた顔でそれを見つめている。
「では、いいかげん授業を続けます。」
関口先生が言う。
「零時!席に座りなさい。」
「はい。」
「はい。」
片方は、ぶつくさそうに座る。
「では、最後の質問です。チャートと石灰岩の違いは?羽生!」
「はい、塩酸をかけると、石灰岩では泡が出てくるのに対し、チャートでは何の変化も見られません。そもそも、石灰岩とチャートの成分の違いは・・・」
「教科書に載っている範囲でお願いします。」
先生が言う。かおるは、ぶつぶつ言いながら座る。
「では、これより新しい学習をします。では、教科書の50ページから51ページまで、見て下さい。」
先生は、教科書を見なさいとは言うが、何のコメントもしない。黒板には何もかかない。質問のみ。しかも、違っていても訂正なんでしない。何があっても、知らない権利を貫く。