第07話 説得
僕の家の前で倒れていた女の子が魔法使いで俺が僕で居候することになった。しかも告白された。僕?僕?僕?なぜ僕僕言っているのに俺のことが好きなんだ。本当に頭がおかしいとしか思えない。とんでもない物を拾ってしまった。
この後悔の念の中、体育の授業は開始された。ハルスは、物陰に隠れてしーっと見張っている。きっちり見張ってら。やきもち焼きすぎではないか。
「では、今日の体育では、ちょっと寒くなってきたので、走って体を温めましょう。鬼ごっこです。」
中学生で鬼ごっことは妙だと思う人もいるだろうが、この体育の先生、葛飾家則は、去年幼稚園の先生をやっていたので、それが残っているかもしれない。まあしょうがないとして、問題は鬼ごっこの形式である。
「では、男女それぞれ二人ずつ、鬼になってもらいます。で、鬼に触れたら、触れた人も鬼になります。」
俺は、意地でも男に触れて鬼になる。女に触れられたら、その女の末路は見れるもんじゃない。女が俺に触れたら、その女はハルスの魔法で死ぬ。
「志願者は10人ですね。では、じゃんげんで決めてください。」
俺は、あくまで志願しない。女の鬼に少しでも接触するかもしれない。俺は、血を好まない。というか、ハルスが出てきたらまた昨日の続きが始まる。小池正志。特にあいつは激怒するに決まっている。
「始め。鬼は10秒待ってから解散。」
いつのまにか、始まっていた。俺は、男の多いほう、運動場の野球部の使うグラウンドの裏に隠れた。しかし、運悪く、そこに出向いた鬼は、全て女性であった。女性二人。ぶつかってたまるか。俺は、足の速いほうである。すんすん・・・風を切って走っていく。
すぐ近くで、何かが何かを叩く音。多分鬼が逃げる人の肩でも叩いたんだろう。
「ハルス!」
の、大きな声。正志の声。俺は、この声にびっくりして、走る足を止めて、声の主のほうを振り向いた。一人の男の子と、一人の女の子が、口論をしている。
「お前は昨日の・・・。」
「それがとうしたのよ。」
治の足は、ふらりと動き、口論をしている二人に近づく。
「さもないと殺すわ。」
「お前、そこまてして好戦的なのか!」
「やめろ!」
治は、この二人に割り込んだ。二人の近づき過ぎた体を、両手で離し、言った。
「でも、こいつは・・。」
「昨日あったことを全て話してみろ!」
「・・・・・・。」
「分かったら、」
「お前、授業参観ぶってんじゃねえよ!」
正志の平手が、治の左の頬にぶつかる。強烈。治は、バランスを崩しながらも、すぐ取り直して、今度は正志の左の頬をぶった。
「何のつもりだ!こいつはお前を召し使いとしか見ていないんだぞ!」
「・・・・・・」
「ご機嫌取るつもりか!」
「違う。」
治は、きっぱりと言った。
「好きか!」
「違う。」
ハルスは、この「違う」にむっとして、杖で治の右の頬をつつく。と、同時に、女の鬼がこっちに近づいてくる。昨日ハルスが「ブス」と言った、大場馬子であった。
馬子は、二人の肩を同時にたたこうとする刹那、ハルスの存在に気づく。ハルスの顔と昨日の恨みが重なる。確かに、馬子は、自分の顔に未練を持っていた。ハルスは、誰よりもはるかにかわいらしい。認めたくなくでも認めなければいけない。
「おい、ハルス!ブス!」
「何よ!」
ハルスは、馬子に気付く。昨日のブスだ。治は、こんなやつには渡さない。
「ブスは引っ込んでて!」
治は、ハルスと馬子が口論を開始している間に、その場をこそっと離れた。隙をつかれて馬子に触れられてはたまらない。結局、男の鬼の前でわざと転び、鬼になった。
「三人足りないようだか。」
葛飾先生は、そう言って顔をしかめる。集合して座っている生徒達の向こうに、今だに口論している4人がいる。葛飾先生は、言った。
「零時、止めなさい。」
「ええっ!?」
こんな時に限って自分の指名である。治は、渋々の顔で、この4人に近づく。
「まあまあ・・・」
「お前はひっこんてろ!」
と、正志の強烈なこぶしにぶつかる。治は、バランスを崩し、仰向けに転んだ。口論している4人に、倒れている1人。治は、横這いになってその場から離れて行く。
この口論は、葛飾先生が、3人を引っ張って、ハルスに「入校許可証がないなら帰りなさい。」と言って、ハルスが葛飾先生に杖を向けると、葛飾先生はその杖を引き抜き取り上げ、終結した。
「この棒は、どこから拾いました?」
今度は、葛飾先生とハルスの話が始まる。生徒達は、既に全員集合して座っている。ぶーぶー言う人もいたか。
「棒を人に向けるのは危ないではありませんか。」
「それはあたしのもの。」
「これは何に使うのですか?」
「魔法を使うのに。」
ハルスは、あっさりと答えた。治は、この会話を聞こうとするが、少し離れたところにいるし、生徒達の雑談がうるさい。治は、元々自分に関係ない事だから、と、他の友達と話している。僕にされて好きと言われて、治はハルスが嫌いであった。二人の話しになんか構うもんか。一方、葛飾先生とハルスの話は、平行線である。
「返して!」
「魔法なんでくだらない冗談を言わないてください。見たところ、この棒は、漆が塗ってあって、箸じゃありませんか。箸を杖と言い張るなんて、変態のする事です。」
「あたしは変態なんかじゃない!返して!」
「そもそも、なぜここにいるのです?あなたも中学生でしょう。制服をちゃんと着て下さい。」
「そんなことしている場合じゃないんです!それに、あたしはその中学生とやらじゃありません!」
「中学は義務教育ですので、生徒達は無償で受ける義務があります。お金はかからないのですから、入学しなさい。」
「嫌です。」
「入学すると言わないとこの棒は返しません。入学しないと大抵の場合警察に補導されます。義務ですからね。」
「嫌!嫌!嫌!返して!」
「入学しなさい。」
「嫌!」
葛飾先生は、高校の時不良をやっていた。その時の性格が残っている部分もあり、話がかみ合わない。
「とにかく、来週からでも中学生になりなさい。」
「・・・・・・。」
葛飾先生の剣幕に、ハルスは黙り込む。
「今日は金曜日です。土曜日、日曜日の2日間の間に、私もお手伝いしますので、入学しなさい。」
「・・・・・・。」
不良譲りのこの剣幕に、魔法の使えないハルスの顔は、うつむく。
「分かったら帰っておばさんに言いなさい。連絡は、葛飾先生と言えばいいですから。」
丁寧な口調であるが、脅迫されているようだ。しかし、ハルスは、この世界での法律なんで知らない。「訴えるわよ!」とか言う事は出来ない。
しばらくの沈黙の後、葛飾先生は、ハルスに杖を差し出す。ハルスは、それを引っ張ろうとしたが、抜けない。強い力だ。
「入学しますか!」
「はい・・・・・・。」
「嘘ではないか!」
「はい・・・・・・。」
「はっきり!」
「はい。」
「もっと強く!」
「はい!」
ハルスが強い声で言うと、葛飾先生は、「では、来週の月曜日、会いましょう。」と言って、杖を持つ手を離した。ハルスがその杖を掴む。葛飾先生に対して魔法を使おうと思ったが、さっきの剣幕がすっかりトラウマになっている。使える術がない。
「では、帰りなさい。」
葛飾先生は、優しい声で言う。トラウマ。怯えたハルスは、走ってその場を離れた。
それから、その日は、治が変な視線に合う事はなかったが、万が一の場合を考え、誰にも触れないようにした。さりけなく。