第06話 女性
「お、お仕置きって・・・。」
治は、怯えた声で言った。ハルスのかわいげさは、途端に治のイメージから排除される。
「ええ・・・あんたの部屋があるでしょ。そこでするわ。」
彼女は、いかにもはっきり言った。刑吏ぶった彼女は、そのまま治の手をくいくい引っ張って、2階へと連れて行く。
「ち、ちょっと、は、・・・」
「本当は誰が好きなの?言ってみて。あたしが殺して、あたしがあんたの一番の宝物になったける。」
「そ、そんな無茶な・・・。」
と、言っている間に、治の部屋のドアの前に着いた。ハルスは、杖を振る。ドアがかちゃりと開く。それに感心している場合ではなかった。殺られる。しかし、ハルスの引っ張る力も大きい。治の足の徹底的な抵抗がその力に耐え切れずに治が部屋に入るのと同時に、ドアも閉まる。
「ロック。」
ハルスは、杖をドアのノブに向ける。短く言ってから、その矛先を治に向ける。
「誰が好きなの?言ってこらん。」
言えない。というか、好きな人はいない。でも、これを言ったって嘘だと思われるに決まっている。しかし、誰か言ったところでその人は殺される。とっちみち、呪われる。治は、そう直感した。
「い、いません・・・。」
ハルスに襟を掴まれ、ドアに背中を押し付けられている治は、渋々答えた。
「本当?」
ハルスの、杖を掴む力が強くなる。彼女の顔は、こわばった。治は、怯えた顔をしている。
「言ってみて。あたしが殺したける。」
「うっ・・・。」
その殺人意欲が言いにくくしているんだ。治は、ぶつぶつつぶやく。
「そんな声じゃ分からないわよ。誰。」
「いません。」
治は、周囲の安全のために答えた。しかし、ハルスは、治が臨んでいた答えを出してはいなかった。
「じゃあ、あんたに触った女はみんな殺すわ。そうすればいいんでしょ?」
「えっ・・・。」
治は、しばらく考えてから、ハルスの両肩をしっかりと掴んで、肩を前後に揺さぶる。
「それ、本当か!?」
治の顔は真っ青だった。
「お前、好きだから!本当に好きだから!だから殺さないてくれ!」
「いいや。」
ハルスは、冷酷に答えた。そんな・・・嫌いなんで言うんじゃなかった。いくら、それホワイトライでしょって羽生かおるに色々言われてもいいから、ホワイトライを言うんだった・・・治は、後悔に包まれた。
「例えあんたの母であろうとも、死は免れない。」
「そんな・・・。」
こいつ、冷酷だ。冷酷を通り越して、アホだ。アホ。そうだ、それに違いない。・・・しょうがないな、
「一指でも、一瞬でも、あなたに触れた女は、あたし以外みんな死ぬ。」
「そんな・・・あ、でも、将来仕事をするために色々な女性と交流しなければいけないから、未来永劫しゃなくで、あ、あの、明日中だけにしてくれる・・・?」
「仕事?その一瞬の気のゆがみが、浮気の元よ。」
「そんな・・・あ、あのさ、とんな仕事でも女の人と触れるし、あ、あの、結婚式でも女の人に触らなければいけないし、」
真っ赤な嘘だった。その後も、必死の説得が続いた。
「そ、そういうわけで、明日中にしてくれる?せめて・・・」
「分かったわ。」
ハルスは、渋々承諾した。さあて、とうしたもんだろう。明日・・・普段は女の人に触る事なんであんまりないから、明日も多分大丈夫だろう。治は、一息ついた。下では、いつの間にか帰っていた母が、夕食の用意をしている。
朝。
今日は、今まて通りの日。毎日、自分に触る女性と言えば、ほとんど誰もいないので、こっちからさりげなくよければ大丈夫だろう。多分。治は、そう思いながら、部屋を出ようとする。後ろから怒鳴り声がする。
「ちょっと!」
ハルスの声だった。治は、振り向いて、言った。
「何?」
「僕!この布団をたたみなさい!」
「は、はい・・・。」
僕と言っている間は、まあ普通に注意すれば納得してくれるかもしれないが、その後でまた間違えられてはいちいち注意してはきりがない。それゆえに、治は、おとなしく僕として従うのであった。
「返事が弱い!」
「はい!」
治は、布団をたたみ、押入れの戸を開け、布団をそこへ殴りこんだ。
朝ごはんを食べ、全く時計も見ずに、治は、落ち着いて家を出る。その後ろから、こっそりハルスは付いて行った。その気配に治は気付いていたが、昨日の約束を思い出し、「まあ今日だけだよな。」と、つぶやいていると、目の前に女の子が立っていた。彼女は、こっちに気付いたらしい。
一ノ谷中学校の学生服。ってことは、この人、俺と同じ中学校だな。ん、この顔・・・同級生だ。クラスの中では一番の美少女と評判の、花尾武子。・・・こっちをむいていら。
「おはよう。」
なんで今日に限ってあっちから来るんだよ。無視したかったのに。
「あ、おはよう。」
治は、できるだけ平然を装って、言った。
「今日は、言葉に力がこもっていないのね。」
彼女がこう言うと、治は、顔をブイとそむかせ、言った。
「あなたの命に関わりますから。」
「はぁ?」
と、武子は、首をかしげる。
「それってとういう意味?」
と、武子は、治の肩をたたこうとする。治は、その気配を察し、タッシュで走り出した。
「変な人。」
武子は、かつて治がハルスに向けた視線と同じ言葉を言った。しかし、治は、武子との恋の事なんで考えていない。というか、考える事自体ままならない。いろいろ振り切っているうちに、一人の老人にぶつかった。おばあさん。腰を曲げて、支えの杖でとんとんついている。着物姿。白髪。おばあさんくらいなら許してくれるだろ。と、後ろから鋭い視線。
ますい。こっちから触ったのも触った内に入るのか?と、冷や汗。
「ばあさん、近いうち死にますから!ごめんなさい!」
と、治は、言い捨てて、そのまま走っていった。今度はきちんと前をみてやる。
一方、おばあさんの生死は、治の予言とおり、死。
後ろから爆発の音が聞こえる。治は、心の耳を塞いで、前を向いてタッシュで走っていった。前に物体発見。男性。男ならぶつかってもいいだろう。大人らしかった。まてよ、あの着物姿・・・。もしかして・・・
と、思うまもなく、ドンとぶつかった。彼は、急にくねくねしだして、ほっぺたを治の腕にすりすりする。こいつ、町の中でも極端なおかまである。ええい、おかまも女に入るだろ。
「ごめんなさい、近いうち死にますから!本当にごめんなさい!あと、おばあさんにもこの言葉を伝えてください!」
と、治は、言い捨ててタッシュで走って行く。一方、あれは男に変装している女だ、と心得たハルス。後ろから爆発の音が聞こえる。治は、心の耳を塞いで、前を向いてタッシュで走っていった。
その後は、男女の区別なく一瞬でも触れないように極力の注意を払って、やっと教室に入ったかと思えば、遅刻。誰もいなくなるまて待っていた治は、富岡先生に叱られる羽目になった。
「昨日は変な女を連れてきて、今日は様子がおかしい。花尾から聞いた。」
「は、はい・・・なんでもないんです。」
軍の機密中の機密である。治は、そのまま座った。隣は、空席。誰もいない。1年生が始まってから、始業式の日だけここに座っていた人を覚えている。その人は、今は行方不明だが、両親の嘆願で長期欠席扱いになっている。
富岡先生は、言った。これからが、治の冒険である。
「では、これで朝のHRを終わる。1時間目は体育だそうだな。」