第56話 逮捕
「というわけで、これから長谷川さんには二度と会えないかも知れない。」
学校で、教室で、朝のHRで、葛飾先生が、落ち着いた、重い声で言った。生徒達は一斉に頭を下げる。
そんな時はよかったのだが、その日玲子のことを口にする人はいなかった。それもそうである。玲子には友達がほとんどいなかったからである。第一無口。誰が話しかけても「そう」の一言で終わる。暗い。これらの欠点の理由について知っているのが三人だけでは、教室の雰囲気を巻き返すに至らぬ。三人は、黙って顔を見合わせることくらいしか出来なかった。
一方、もう一人、杞憂にしている人がいた。はてな博士である。
はてな博士は、この前玲子の手によって捕らえられた五十嵐由美の身を案していたのである。そうして、はてな博士は一案を思いついた。思いつくと、早急に由美の過ごしていた部屋に行き、机の上のパソコンをつける。
「まさか・・・もしかしたら・・・。」
はてな博士の予感は、的中していた。Outlookのアドレス帳に、「お母さん」なる名前が登録されていたのである。はてな博士の握るマウスは、ただちにその項目へ直行した。
彼女の母にメールを送れば、連絡できる。そうして、警察にも胸をはって連絡できる。
一方、その余罪を白状している人がいた。長谷川玲子であった。
「他に誰を殺したのだ?」
と、坂本刑事が御自ら追及すると、あっさり言ってしまったのである。
「五十嵐由美さんです。」
坂本刑事は、いきなり机を殴る。
「他にも殺した人がいるはずだ!」
しかし、玲子はあっさりと答える。
「共犯がいます。他の人はその人が殺しました。」
「いるのか?」
「3人です。」
「誰だ?」
「箆伊さん、江水さん、有里巍さんの3人です。」
「どこにいるか分かるか?」
「有里巍さんは死にました。」
「なぜ?」
その問いに対し、玲子は、この拷問で初めてのためらいを見せる。しかし、唇をクッと押さえて、言う。
「ハルスが魔法で殺しました。」
「何だと?」
坂本刑事は、酸素を見るような目つきをした。
あの後・・・、お父さんが死刑になるのを知った後、あたしは、あたしは・・・。
あの谷・・・底が見えないほど深い谷、そして自殺の名所でもある、閑谷谷の、誤って落ちないように仕切られた柵を越え、真っ黒な下を柵にもたれて見つめていた。
そうしていると・・・、この世への未練が沸いてきて、玲子の眼は涙に溢れた。その時。
「待ちなさい!」
後ろから声がする。玲子ははっとするが、振り向かない。
「君、まだ子供だろう?ここでまだやることがあるじゃないか?」
「帰って。」
玲子が言うと、さっきのとは別の声がした。
「死にたい気持ちは分かるけれと、自分が生きる理由を見つけて!」
「帰って。」
玲子が言うと、さっきのとは別の声がした。
「生きる理由はいくらでもあるだろ?」
「うるさい。」
そう言い、玲子が振り向くと、柵の向こうには黒いスーツを着た3人の紳士が立っていた。玲子はしばらく3人を眺め、言った。
「魔法使い?」
そう言われ、3人はびっくりしたようにお互いを見合わせる。
「もしかして・・・、いじめられていたのかい?」
そう言われ、玲子は答える。
「・・・あたしの気持ち、分かるの?」
「うん、僕もそんなことがあった。」
「・・・魔法の使えない輩、憎んでるの?」
「内心ではね。でもなかなか行動に移せないんだ。」
「・・・3人とも?」
玲子が言うと、3人は一斉にうなずく。
「・・・今する?」
玲子が言うと、3人は再度お互いを見合わせる。
「名前は何で言うの?」
玲子が言う。3人は、しばらく考えてから、右端から言う。
「箆伊啓男。」
「江水依。」
「有里巍鳳風。」
3人がすんなり言うと、玲子は久しぶりに笑顔を浮かべる。
「じゃあ―――・・」
「懐かしいな、あの日のこと。」
ヘファイストスこと、箆伊啓男は、暗闇で、もう一人の男、エロスこと江水依に言った。
「ああ。」
江水も、上を見上げつつ、あの日のことを回想していた。
どこからかノックの音が聞こえる。
「様子がおかしいな。」
と、ヘファイストスは椅子から立ち上がり、ドアのほうへ駆け込み、ドアを開ける。
「どなたですか?」
ヘファイストスがそう言うのと、警察が彼の手に手錠をかけるのと、ほぼ同時であった。
「殺人未遂で逮捕します。」
「はい?」
そう言っている間に、残りの警官がエロスのほうへ駆け込む。エロスは慌てて杖を構え、警官の持つ手錠を魔法を以って砕いた後、まだもやワープの魔法で、その場から消え失せた。それを確かめた警官は、ヘファイストスの体をボディーチェックし、杖を抜き出しぼきっと真っ二つに折った。
「どういうことですか?」
ヘファイストスが、状況をよく飲み込めない顔をする。警官は冷静に答える。
「黙れ。証拠はある。」
「どんな証拠ですか?」
「この前、名探偵真実の番組があっただろう、その時撮影したテープがまだ残っている。」
「それから?」
「それだ。」
「・・・・・・。」
ヘファイストスは下をうつむき、言った。
「ハデス様は・・・どうなったのでしょうか?」
「ああ、長谷川か。」
警官があっさり言うと、ヘファイストスは凍りついた。
「まさか・・・ハデス様まで・・・。」
ヘファイストスの顔は真っ青になり、かくんとひざをついた。それから首を下げ、小さな声で言った。
「わかりました・・・、全てを話します。」
一方、学校にまで警察の手が廻っていた。アレスこと有里巍鳳風殺害容疑で、ハルスの身柄を拘束せんと、10人くらいの警官が学校に乗り込んできたのである。生徒達と、その時社会を教えていた時田賢昭先生は驚いた。時田先生は、教室に入ってきた警官に対し、言った。
「治安維持法違反ですか?」
いきなりこんな質問をされ、警官は一時ためらったが、改めて口調を整えると、言った。
「殺害容疑で、一人の身柄を拘束したいのです。」
「治安維持法違反ですか?」
再度同じ、とんでもないことを尋ねられ、警官は再度戸惑う。
「だから、それは戦前の話ですよ。」
「いいえ、大日本帝国憲法の下で戦前とは何事ですか?」
「だから、それは戦前の話で・・・。」
「日清戦争と日露戦争のどっちが、その戦争なのですか?」
「だから、その戦争は第二次世界大戦の事で・・・。」
「ああ、日本勝ちましたね。」
「負けましたよ。」
「なぜですか?勝ったに決まっているでしょう。」
時田先生と警官の話はどんどん反れていく。
「だからして、徳川家康は、」
「そんなの関係ないでしょう、ええい、逮捕だ!」
警官がそう叫ぶか、時田先生は警官達の行く手を阻む。
「理屈をきちんと言ってください。治安維持法違反なのか、本当の殺人なのか、はっきりしてください!」
彼の言葉に警官達はお互いを見、困ったような顔つきをし、それから全員一斉に時田先生のほうを向き、全員一斉に言う。
「それ以上言うと矯正の対象になりますよ。」
「内容は何ですか?拷問ですか?」
「そんなことしませんよ。とりあえずといてください。とかないと公務執行妨害ですよ。」
「そんな法律は大日本帝国の法律に記されていません。」
「もしかしてあなた今の日本を大日本帝国だと思っているのですか?」
「はい。というかそうでしょう。」
「だっからねー、よくよくそれで歴史の授業が出来ますね。」
と、警官はすっかりあきれて、続ける。
「教育委員会に連絡しますが、よろしいですか?」
「治安維持法違反ですか?大日本帝国に有益な事を言わなければいけないのですか?」
その問いに、警官は答えることができず、お互いを見合わせて困った顔をし、それから再度一斉に時田先生のほうを向き、時田先生の体を強制的に横に除けると、前に進む。
「ハルスさんですね。」
警官たちは、座っている一人の少女の前に立ち、声をかける。
「はい?」
驚いた顔をし、ハルスは答える。警官は続ける。
「殺人容疑で補導します。」
今回は実にたくさんの人が逮捕されましたね。
それから久しぶりにインタビューをしたいと思います。
今回は、日本人の中でただ一人の大日本帝国さんの
時田先生にしてみます。
KMY「こんにちわ〜」
時田先生「こんにちわ。」
KMY「いきなりですが、300兆円もの借金を抱えている日本についてどう思いますか?」
時田先生「大日本帝国の批判は治安維持法違反です。」
KMY「だからさ、今の日本は変わったんだよ。」
時田先生「どう?」
KMY「GHQがさ、」
時田先生「GTQがどうした?」
KMY「・・・・・・こんなに極端な人を作るなんで、僕って、僕って・・・。」
時田先生「話題が分かりません。」
KMY「もういいや・・・。」
というわけで、インタビューやめました。はい。
それでわ・・・