第55話 家族
「待って!」
いきなりドアが開く。玲子に注目していた周りの人々も驚き、そこを眺める。そこには、一人の警官と共に、一人の女性が立っていた。
「お・・・お母さん?」
玲子が、持っていたナイフをぼとりと落とし、自らの母を目を丸くして眺める。母は続ける。
「玲子、久しぶりね・・・。」
しかし玲子は黙ってそっぽを向く。
「あんたなんてお母さんじゃありません!あっちいってください。」
それは怒りにむせるような声であった。玲子は母に背を向ける。
「ねえ、玲子・・・わたしのどこを怒ってるの?」
母、長谷川村子が、玲子の後ろから問いかける。
「全部。」
玲子が答えると、母はそれに便乗して言う。
「具体的に?」
「全部。」
「具体的に?」
「とにかく全部。」
「・・・・・・。」
母は答える術もない。隣にいた治が、玲子に声をかけてやった。
「許してやれよ。」
しかし、玲子は答えない。むしろそのまましゃがんで、下に落としたナイフを拾わんとする。
「それだけはだめだ。」
治が、その手を阻止する。
「離して!」
玲子は、その手を振り払う。そしてナイフを握り掴む。
「何をするつもりなの、玲子!」
母が言っても、治が玲子の自刃を妨げようとしても、玲子はあえて抗う。
「やめろ!お前にはまだこれからの人生があるじゃないか!」
「人生?大げさね。」
玲子が冷たく言う。
「ここには、あたしの居場所なんてないのよ。」
「ある。」
「どこに?」
「俺達が認めてやるよ。」
「えっ?」
玲子は目を丸くし、再度ナイフを落とす。
「治?」
そう言われ、治がうなずくと、玲子は涙を落とし、治に抱きつく。
「玲子・・・。」
母が背後で言うが、玲子の泣き声で埋め尽くされ、誰にも聞こえなかった。
「長谷川玲子。連続殺人と証拠隠滅、その他複数の殺人教唆で補導します。」
坂本刑事が、玲子の腕に手錠をはめる。玲子は黙って、坂本刑事についていってパトカーに乗る。
「ねえ・・・、」
玲子が、パトカーのドアが閉まる寸前、警官に声をかける。
「話したい人がいるんですか・・・。」
「面談なら署だ。」
「そうじゃなくで・・・、今話したいんです。」
それに気付いた坂本刑事が、警官に声をかける。
「話させてくれ。」
「は、はい?」
「私もついてに用がある。私の用が終わるまでなら話してもよい。」
「はい。」
警官は返事をすると、玲子に話しかける。
「坂本さん?」
治は、坂本刑事に引っ張られ、物陰まで行く。物陰まで着くと、刑事は治に声をかける。
「今までの私の行動で、おかしいところはなかったかね?」
「ありました。」
治がそう言ったので、いやまた刑事は然るべき返事として受け止めた。
「例えば?」
「長谷川健治さんが殺害された時、ダイイングメッセージが書かれていると思しきメモをあっさり捨てました。」
「やはりそうか・・・。」
掲示は黙ってポケットに手を突っ込み、二三歩歩き出す。
「私の正体は見抜けたかね?」
「いいえ。」
「やはりか・・・。」
刑事はそう言うと、右手で、顔に密着していた皮をべりべりと剥がす。
「この顔を見ても、分からないといえるのかね?」
と言い、刑事が治の方を振り返る。
「あっ!?」
治は目を丸くする。
「おっ、お父さん?」
「そうだ・・・、私はまたの名を零時武と言う・・・。」
「で、でも、戸籍上違反では?」
「一度離婚した上、改名をした。旧名で登録しても別にいいだろう。」
「別にいいって・・・。今度訴えますよ?」
「子が父を訴えるのかね?」
「・・・・・・。」
治は黙って物陰から出る。武も、皮を顔に塗りなおして物陰から出る。
「何?」
玲子から呼ばれたハルスは、パトカーの窓から玲子に話しかける。
「あ、あのね・・・。」
「うん?」
「あっ、あのね・・・。」
玲子は下をうつむき、顔を真っ赤にしていた。
「あ、あの、お姉さんと呼んでいい?」
「えっ?」
突然の申し出に、ハルスは驚く。
「あ、あのね、あたし、あなたの実の妹でしょ。」
「うん、別にいいけと・・・。」
その顔から憤りを感じなかった玲子は、再度尋ねる。
「怒ってる?」
「少しは。あたしのお母さんを殺したのは誰?」
母も父もいないハルスを哀しげな顔で見つめた玲子は、少し経ってから言った。
「寂しくない?」
「寂しくない。」
「・・・・・・あなたのお母さんを殺したのは、エロス。あの時名乗っていたように、エロス。」
「どこにいるの?」
「やめなさい。エロスは3人のうちで一番強いんだから。」
「・・・・・・。」
「それでもいいんだったら・・・。」
「戻ったぞ!」
とんでもないタイミングで、後ろから坂本刑事のかけ声がする。
「面会おしまーい、署に戻るぞ!」
「はっ。」
警官が言い、ハルスに促す。
「面会は終わりです。」
「ねえ、どこ?」
「終わりです。」
横から警官が差し込み、ついにハルスをパトカーから離す。その隙にパトカーは発進する。
「結局、聞けなかった・・・。」
久しぶりに治の部屋に戻ったハルスは、ベットに座り、机に座っている治に対して言う。
「勉強中。」
治は黙って答える。
「ていうか何を聞きたかったんだよ。」
「エロスの居場所。」
「そんなの聞いて何になる。」
「あたしのお母さんの仇を取りたいの。」
「お父さんは?」
「死んじゃった。」
「えっ?」
治は立ち上がる。
「じゃ、ハルス、母も父もいないのか?」
「うん。」
「身寄りは?」
「あんた。」
「だけ?」
「うん。」
ハルスが哀しげな声で言うと、治はベットの方へ歩み寄り、ハルスの前に立つ。
「寂しくないか?」
「うん。」
「本当に?」
「うん。」
「本当の本当に?」
「うん。」
「俺・・・、想像出来ねえよ、お母さんとお父さんがいない生活。」
「あたしも、そうだった・・・。結局、体験しないと分からないこともあるのね。」
そう言われ、治は口をつくんでしまった。
「なあ・・・。」
斜め下を向いてしまったハルスに、治は声をかける。ハルスがこちらを向いた刹那、治はしゃがみ、ハルスの唇に自らのそれをつける。
「ん?」
驚いたハルスを見て、治はその頬をなでてやる。治は唇を離し、ハルスの顔の近くで言う。
「俺・・・、ハルスの身寄りだよ。」
「うん・・・。」
ハルスは顔を真っ赤にして言った。そして治を抱く。
「大好き!」
「面会だぞ。」
警官が、小さな暗い部屋で座っている玲子に声をかける。
「誰。」
玲子は、機械的な声で答える。
「お母さんだよ。」
「帰らせて。」
「会った方がいいよ?」
「嫌。」
「会いなよ。」
警官にそう言われ、玲子は黙って立ち上がる。
「面会時間は?」
「5分です。」
「長い。1分にして。」
「それじゃ短すぎるから・・・。」
「3分。」
「ぎりぎりだな・・・とりあえずそれでいいんなら。」
警官はそう言い、檻の錠を外し玲子に出るのを促す。玲子は黙って檻から出る。
「何よ。」
面会室に座らされ、カラスの透明の壁を通して座った女性は、聞いた通り玲子の母であった。
「帰って。」
玲子は冷たく言った。
「今日は・・・、謝りに来たの。」
「何を。」
「・・・・・・あなたがいくら魔法使いだからって、こっちも怖がりすぎたかもしれない。」
「怖がり過ぎよ。それに、本当に強い人は、自分から暴力は使わない。」
「・・・・・・。」
「分かったら帰って。」
「いいや、」
「今気付いたからって遅い。」
「・・・・・・。」
「今なら戸籍からあたしを外してもいい。あんたの望みはそれだけでしょ。」
「・・・・・・。」
母はいきなり立ち上がり、叫ぶ。
「玲子は、わたしの娘です。」
「えっ?」
「娘を怖がっていたことを懺悔します。」
「・・・・・・。」
「・・・でも、そのうち娘は本当は怖くないということを、離れ離れになって初めて感じました。」
「・・・・・・。」
「でも、今ざら言っても遅いと思って、他の人には嫌いなように振舞っていました。」
「・・・・・・。」
母の手の甲が濡れているような光沢に感じ、玲子はゆっくりと顔を見上げる。母の目から涙が流れていた。
「・・・・・・お・・・」
「面会おしまーい!」
傍らの警官が非情にも終わりの時を告げる。
「延長できませんか?」
玲子は小さな声で言う。
「短くしてと言った人はあなたでしょ?」
「・・・・・・。」
玲子はうつむき、椅子から立ち上がる。立ち上がり間際に、ぼそっとつぶやく。
「お母さん・・・。」
戦争も体験しないと、その苦しさが分かりません。
なのに最近の若者は憲法改正とか言い出しています。
体験しなくでも分かる物はありません。
・・・と、時事に傾いております。
次回は久しぶりに恋愛の部分にしたいと思います。
久しぶりに学校に登校して・・・・
玲子がいない穴をどう表現しようか
今自分の中で議論しておりますw