第51話 文章
「ちょっと待ってください!」
ロビーで、治は、坂本刑事の背中に怒鳴る。
「何だね?」
坂本刑事は、振り返る。治は続ける。
「なぜ今回もハルスがやったと決め付けるのですか?」
それに対し、坂本刑事は、一区切り置いて続ける。
「理由は2つある。1つは、トイレの窓が割られていたことと、もう1つは・・・、ついてきなさい。」
そう言うと、坂本刑事は、だまって廊下に消える。治も、慌てて彼についてゆく。
トイレの床に横たわっていた志藤さんの姿は白いチョークと化していた。刑事は、女子トイレの入り口を指差す。
「これを見なさい。」
坂本刑事に促され、治は下を見る。床には、赤い文字でこう書かれていた。
「らむのは おる くらさるす」
坂本刑事は、自信に満ちた声で言う。
「とうだ、これは。3つに分けられた平仮名の語尾をつなけると、はるすになるだろうか。」
「・・・・・・。」
治は、下をうつむいたまま黙ってしまう。
「とうだ、これでも信じないか。ダイイングメッセージがそのまま犯人の名前を示しているんだぞ。」
「・・・・・」
治は一区切り付けてから、強い声で言う。
「ちょっとおかしいと思います。」
「・・・・・・なぜだ?」
「だって、犯人は、自分の名前をはっきりと書いてあるこれを、なぜ残したのでしょうか?」
「確かにそれに対しては疑問点が残る。しかし、犯人は、トイレの中央に花をまいていて、何かを書いていたのに気付かなかった。運がよかった。ただそれだけだ。」
「・・・・・・」
治は、心の中で、違う、と言おうとした。しかし、それには充分な証拠を集めて臨もうと治は思った。
「ふぅ・・・。」
長谷川健治は、自分の部屋のベットにどすと座りこむ。
「まさか・・・・・・・・・・・・・そうだ。」
何かを決めたような顔をして、健治は、ベットから立つと持ってきた茶色のかばんから万年筆を取り出し、その栓を抜き、部屋の中央付近にあるテーブルに一枚の小さな紙を敷き、それに文字を書きこむ。
「らむのは おる くらさるす」
健治は、満足けな顔をして、その紙を手に持ち見つめる。
彼は、彼の後ろに凶器を持った人がいるのに気付いていなかった。
「すみません、すみません。」
治は、酒井命の部屋のドアをノックする。
「何です?」
と、ドアが開き、白衣の男が姿を出す。その姿に対し、治は言った。
「ちょっと教えて欲しいことがあるんです。」
「はい?いや別にいいんですか・・・。」
命が弱弱しい声でいい、治に部屋の中に入るよう促す。治は促されるままに部屋に入る。命はドアを閉めると、部屋の中央付近にあるテーブルの椅子に腰をかけた治に対し、尋ねる。
「何を聞きたいんだい?」
「はい、ちょっと、相談して欲しいことがあるんです。」
「はい?」
命が中央付近の丸いテーブルの、4つある椅子の内で、治の向かいにある椅子に腰を下ろす。改めて治が言う。
「氷室さんが死んだ時、血液の検査はしませんでしたか?」
「は・・・いや、しませんでした。」
「そうですか・・・、死亡推定時刻は何時頃ですか?」
「それは刑事さんにも・・・いや!」
命は突然立ち上がると、まじまじと治を見つめる。
「もしかして、あなたはこの事件の犯人はハルスじゃないことを証明したいのですか?」
その問いに対し、治も素直に答える。
「はい。」
「やめたほうがいいと思います。」
「なぜですか。」
「なぜなら・・・。」
命がそこまで言いかけた頃、廊下から悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああああああああっ!!!」
二人ははっとして、ドアを開け廊下の様子を見る。廊下周辺には同じくほとんどの客室のドアが開いていて、野次馬が隣の部屋の入口に群がっていた。治がその野次馬をかきわけると・・・、その中央には、口を両手で押さえて真っ青になっている玲子がいた。
「どうしたんだ?」
治が尋ねると、玲子は震えた手で、部屋の中を指差した。治がその部屋を覗く。
「!!」
なんと、部屋の中央に、体中をたくさんのトランプで刺され、うつぶせになっている長谷川健治の姿があった。
「お・・・おじいちゃん・・・。」
玲子が涙を流す。
「お、おい、しっかりしろよ!」
治が、玲子に怒鳴る。
「うっ、うん・・・。」
涙で赤くなった目をにじませ、玲子は治の顔を見る。
「うっ・・・。」
玲子は、いつもしている厳格でどこかが冷たい顔ではなく、治を頼っていて、治がいないと生きていけないという、そんな顔であった。そんな顔を見て、治は思わず後ずさりをする。
「ときなさい!」
いきなり後ろから怒鳴られる。治が思わず体を後ろに戻すと、そこから坂本刑事が通った。
「テーブルの上にのっていた紙にも、同じ文面が書かれていました。」
警官が坂本刑事に説明すると、坂本刑事は言う。
「その紙を。」
「はっ。」
警官がさかると、別の警官が坂本刑事に、ビニール袋に入った紙を、白い手袋で差し出す。坂本刑事は、白い手袋を片手にして、それを手に持ってしばらく眺めた後、ビニール袋を開け、素手の方の手で紙を取り出す。
「あっ、指紋が・・・」
「よい。」
警官が何かいうのを坂本刑事は阻止し、その紙を後ろにぼいと放り出す。
「これは不要物だ。捨てろ。」
「は、はぁ・・・。」
坂本刑事の行動が読めず、警官は半信半疑の顔立ちをし、その紙を拾うと、その場から離れてゆく。坂本刑事は、あちらこちらにいる警官達をなかめなから、つぶやく。
「とにかく、この事件の真犯人はハルスでほぼ間違いないだろう。」
この言葉が部屋の入り口で野次馬と共に集まっていた治の耳に入ったと言うのは言うまでもない。
「あ、あの・・・、お客様達もそろそろ帰らせていただきたく・・・。」
緒形さんが言うと、刑事は、威厳ある顔で答える。
「では、明日の朝まででよろしいですか?」
「で、でも、真犯人は決まっておられましょう?」
「とにかく明日の朝まてでよろしいですね?」
「はぁ・・・。」
これまだ半信半疑の顔をして後ろにさかる緒形さんは、野次馬の中で一人だけ人が足りないのに気付く。
「あの人は・・・。」
「くぞっ!」
拝行館の裏口の、外側の壁に握りこぶしをぶつける。
「刑事は真犯人はハルスと抜かしてやかる・・・。」
治は、怒りに満ちた声で、そう言う。そして、頭を壁にぶつける。
「この謎・・・明日の朝、いや、今夜中に解き明かしてやる!」
この治を影で見ている少女がいた。
「治・・・。」
彼女は、決心した顔をすると、影から姿を出す。しかし、治は壁に頭を押したまま気付いていない。
「治?」
後ろで聞きなれた声がし、治は振り向く。
「・・・ハルス?」
その少女はハルスであった。そのハルスの顔を見た途端、治の顔は急にばっと明るくなった。
「ハルスさ、この事件は君じゃないよな?」
「それをあたしに言ってどうなるの。」
「俺さ・・・、真犯人を罠にかける方法を思いついちゃって・・・、」
「えっ?」
ハルスは半信半疑の顔をして、脇から杖を取り出し、怯えた顔をして後ろに何歩かさかる。しかし、治は明るい顔を崩さない。
「ハルスさ、ちょっとお願いがあるんだけと・・・。」
あのダイイングメッセージ・・・
「らむのは おる くらさるす」は・・・、
絶対ハルスではない・・・。
じゃあ、誰なんだ・・・。
治は、フロントのソファーに座って、さきほどこっそりごみの中からあさった紙を手に持って眺める。果たしてそれは、長谷川健治の部屋にあった、あの紙であった。
「・・・・・・絶対何かあるよな・・・。」
その紙に書かれている文字をしっと眺めている治の後ろで、後ろから殺気立った目をして立っている人がいるということには、治は全く気付いていなかった。
お久しぶりです。
・・・・・・・なぜ第51話がこんなに遅れたかといいますと、
僕、殺人事件が好きなくせにその描写が下手でして、
その推敲を一生懸命しておりました。
こうなると自分の中の基準がとんとんつりあがって行くのです。
なので、推理小説は、日を追うことに吊りあがっていく
基準についていけず、頓挫するのです。
この居候は、初めての頓挫しない小説にしたいのですが、
・・・・・・・多分無理です。
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