第50話 花鬼
「どうしたのですか?浮かない顔をして。」
「ええ・・・。」
朝食を作っている途中の台所。志藤可憐は、上を向いてぼーっとしているところを、従業員の緒形澪に声をかけられる。志藤さんは、即刻答える。
「確か、氷室さんがいなくなったのは、昨日の夕方よね・・・?」
「そうです。」
「それじゃ・・・・・・。」
志藤さんは、再び黙り、上を向く。
「恐れ入りますが、料理を続けてください。」
緒形さんが声をかける。
「ええ、そうね・・・。」
と、志藤さんも同調する。
この一時のやり取りを、影から聞いていた者がいた。零時治である。
零時治は、あの後、檸檬と喧嘩になり、部屋を飛び出したのである。
あんなこともうちょっと待ってからいうべきだったかな、と思いつつ、ぶらぶらと歩いていたら、偶然この会話が飛び込んで来たのである。治の頭に、酒井命の検死の結果がよぎる。
「あっ・・・!」
さっきの会話で氷室さんがいなくなったのは昨日の夕方・・・、なのになぜ死亡推定時刻は今日の朝・・・?
治は、しばらくうつむいて後ろの壁にもたれて考えた末、はっと前を向く。その顔は、自信に満ちていた。
「この視点から証明できるかもしれない・・・!」
その脳裏には、IQ130のすばしっこい頭脳があった。治は、歩き出す。
ロビーまで歩いてきた治。ふと、さっきハルスが下を向き続けていたことを思い出し、自らも下を向いて見る。
「これは・・・!」
治はすぐにしゃがみ、その床にあるへこみを詳しく観察し、そして指で触る。
「この面積、この深さ・・・、もしかして・・・。」
「はあはあ・・・。」
ハルスは、走っていた。拝行館に向かっている。言ってやるの。治にだけは言ってやるの。あたしの愛している人にだけは言っておくの。あたしじゃない、って―――・・
彼女の後ろをついていった警官の姿はもう見えない。今、今よ、逃げるのは今よ、そして、愛するものにだけは・・・。ハルスは、脇を手で探る。
「あっ・・・!」
ハルスは森の中で立ち止まる。杖は、さっき治が取ったのである。魔法使いと知れたらもっと混乱するだろう、という気遣いが、その時のハルスにとっては余計だった。ハルスは、ふと前を見る。
「あっ!」
森の、たくさんの木木の奥には、木造の建物があった。その木造の建物は小さかったが、20人ほどの人がその木造の建物に対して礼をしている。ハルスは、さらに進んで、その木造の建物の壁に耳を近づける。
「この行功寺に参拝していただきありがとうございます。」
という声が何度も聞こえる。とうやらハルスが今触っている壁は、行功寺の裏側らしい。
「トイレ。すぐ戻るわね。」
と言って、志藤さんは台所を離れる。残りの者は料理を続ける。あと少しで盛り付けである。盛り付けになると皆の気は緩む。そして、トイレに行く者も続々と出て来る為、一度にトイレに行ってもいいのは一人だけ、と決まっている。
志藤さんは、風呂の隣の女性専用のトイレに入った。3つのドアのうち一番奥のドアで用を済ませた後、御手洗で手を洗う。
「ふう・・・。」
志藤さんはためいきをついた後、はっとつぶやく。
「あれ・・・鏡がない・・・?」
お手洗いの場所では普通鏡がつきものだったが、昨日はついていたはずの鏡がなく、ピンク色のプロックが現れていた。
「まあいいわ・・・、それにしてもさっきはなんで違和感を覚えたんだっけ・・あっ、氷室さんの死亡推定時刻といなくなった時間が折り合わないんだったわ・・・、警察に言っておかないと・・・、」
そうつぶやいている志藤さんの後ろで、片手に棍棒を、もう片手に花束を持った影がいるとは、夢にも思わなかった。
影は、さっそく棍棒を志藤さんの頭に繰り出す。
「ぎゃっ!」
と、志藤さんは倒れこむ。そして、目を開ける。
「あ・・・あんたなのね!氷室さんを殺したのも・・・!」
影は黙ってうなずく。そして、もう一度棍棒を振り上げ・・・。
志藤さんがくったりした隙に、影はさっとトイレを見回し、何か作業を始める。気絶している振りをしていた志藤さんは、その隙に、頭から流れている血をインクに、トイレの床を指でなそる。
「らむのは おる くらさるす」
絶対犯人にはばれないだろう、と思いつつ、志藤さんは目を閉じる。意識が遠のき―――・・
「あっ・・・!!」
と、トイレの入り口で、人影がする。そして、そこから離れんと駆け音がするのに、犯人は気付いた。そして、さっと後ろを振り向く。
「・・・・・・・・・」
犯人は、冷酷な笑みを浮かべ、その後気絶した志藤さんを、トイレの中心へ引っ張り出す。
行功寺の住職に拝行館への道を聞いて拝行館についたハルスは、窓から中を見回す。
「あっ・・・!」
と、ハルスは、窓を割って中に入る。目の前には・・・。
「ぎゃああああああああっ!!」
そのハルスの悲鳴で、真っ先に治が女子トイレである事を顧みず、トイレへ入る。目の前に死体があることを認めた治は、次に死体の傍らに割れたガラスが散らばっているのに気づき、壁の窓を見る。窓ガラスは割れていたが、そこには誰もいなかった。
「何だ、」
「何だ、」
と、次々と人がトイレに入り込む。治は、その人々を一人一人確認する。
「マナーじいさん?」
真っ青な顔をしている長谷川健治に、治は尋ねる。
「どうしたのですか?」
「どうしたもこうもない・・・。」
長谷川健治は、それだけ言うと、真っ青な顔をしてすぐさまその場を離れて行ってしまう。
「おじいちゃん!」
と、玲子も駆け出す。治は、改めて死体の方を向き、死体を確認する。
志藤可憐の刺殺死体のまわりに、たくさんの色のたくさんの花びらが散らばっていた。
「これは・・・。」
緒形澪が、すぐさま声を上げる。
「何?伝説になぞらえた殺人?」
知らせを聞き再度戻ってきた坂本刑事は、拝行館に入ってから真っ先に緒形さんに言われる。
「はい・・・、江戸時代に開店した拝行館には、花鳥風月鬼伝説があります・・・。」
「それを具体的に言って見ろ?」
ロビーには、拝行館にいる全ての人々が集まっていた。坂本刑事は、そのうちの緒形さんと話していて、この二人は人々の輪の中にいた。
「はい、江戸時代あたり、行功寺に参拝する人が増え、忙しくで助っ人を欲しがっていた主人の下に、4つの鬼が来ました。その4匹の鬼は、それぞれ名前を、花、鳥、風、月といいます。」
「それで?」
「その4匹の鬼は、3年位店の運営を助けた後、最後には店主を殺して去ってしまいます。」
「・・・・・・だからといって、志藤さんが花びらまみれだったとしても、その花鳥風月の鬼に殺されたとは限らないだろう。」
「ええ・・・、でも・・・、」
緒形さんがそこまで言いかけると、治が話に口を差す。
「氷室さんの死は、月になぞらえたものだと思います。」
それに対し、刑事も応じる。
「ほう・・・なぜだ?」
「はい、氷室さんが死んだところをよくみて下さい。」
そう言い、治は、氷室さんが倒れていたところを指差す。人々の輪も、治が指差す方向に割れた。刑事が氷室さんの死んだ所を見下ろす。
「ここがどうした?」
後ろから治が言う。
「へこみがあります。」
「ん・・・?」
刑事は、下を改めて見下ろす。そこには、へこみがあった。
「これがどうした?」
「三日月の形をしていますね。」
「たったのこれだけで月になぞらえるとは、治の言うことも甚だしい。出なおして来い!」
「はい・・・。」
治はそれだけ言い、後ろにさがる。それと入れ違いに、緒形さんが再度言う。
「それは、絶対に月になぞらえていて・・・。」
「なら、後二人死ね、と言っているのかね。」
「はい。」
「実を言うと、ハルスを逃した。」
「えっ?」
と、治が身を乗り出す。
「ハルスがパトカーから逃げ出した。あたりを調べたところ、壊れた手錠が見つかった。」
「・・・・・・。」
「多分、今回の犯行も、ハルスがやったのだろう。」
「・・・・・・。」
坂本刑事は、みんなに報告を済ませると、傍らの警官に言う。
「手の開いているものはハルスを探し出せ。」
さて、アンケートがまだ来ました。
http://my.formman.com/form/pc/FAAqNvkpZs9T3UCC/
まだの方は投稿してくださいね。
とても面白い展開って・・・。
次回作(予定)の「王子」は、もっと面白いですよ。
・・・でもまだ公開してないし^^;
とりあえず、早く居候を終わらせて、王子を公開したいのですが・・・。
その前に、居候を丁寧に書かないと、そですねw