第05話 告白
爆発の煤で顔が真っ黒になっていた二人は、お互いの顔を眺めてから、口を合わせて言った。
「なあ、この顔に水をかけてくださらない。ハルス。」
「嫌よ。」
即答。というか、最初から答えの分かりきっている答え。
「お前の使う魔法は攻撃系だけなのか!」
真っ黒の顔で、治は抗議する。
「ううん。」
「合理的な説明を求める!繰り返す!合理的な説明を求める!」
零時治が、言った。こんな時でも合理主義の彼は動かないのである。
「言ったでしょう。」
後ろから声がした。大場馬子。彼女は、治とは違い、非合理主義者である。
「魔法が本当にあるんでしょ。不思議なことがあってもおかしくないわ。」
勝ち誇った声で、馬子は言う。馬子を、ハルスは蹴飛ばした。倒れた馬子は、自分の頭をふんつけるハルスに対して、言った。
「なにしてるのよ!」
それに対し、ハルスは言った。
「あたし、決めたの。あたしの唇は治のもの。治の唇はあたしのもの。」
「な、なんだよ、いきなり・・・。」
いきなりの告白に、治は真っ黒の顔のまま、抗議の転換を図った。ハルスは、続ける。
「あたし、強い子が好き。あっちの世界では魔法使いばかりで、強い人なんでいないから、こっちに来て探していたの。やっと理想の相手が見つかったと思ったら、あたしの僕に顔は似ているわ、勘違いして僕扱いしてしまうわ、でも性格は強いの!なのに、なんであんたが治と結婚しなきゃいけないのよ!」
「なんだよ、いきなり!」
治は、ハルスに抗議した。ハルスは、馬子に続ける。
「あんた、ブス。」
「な、なんですって!」
彼女は、実際自分の美貌に自信はなかった。平凡な女性の顔であった。しかし、その顔を罵られ、頭を持ち上げようとするが、持ち上がらない。
「あ、あ、あんたになんか負けないわよ!」
馬子は、そう言い捨てた。
「お前・・・どこから来たんだ?」
治が、尋ねる。
「どこからって・・・。」
ハルスは、少し頬を赤らめて、それでも口を開く。
「こことは違う世界みたいね。みんな杖持っていないし。」
「当たり前だよ!ここには魔法なんでないし。」
「そう。それじゃ、魔法使いのいない世界、とでも名付けましょうか。」
「余計なお世話だ!」
「はいはい。魔法使いが・・・」
「ちょっとまった!皆は、魔法使いを基準にして生きているんじゃないんだぞ!」
「・・・え、そうなの。あたしたちの世界では、みんなそれぞれの魔法のよしあしを基準にして生きているのよ。」
「それじゃ差別と同じだ!」
「練習すれば。」
「・・・仕事と同じ理屈か。」
「ここでは何を基準にしているの。」
「うっ・・・。」
思えば、この世には、生きるための基準にしているものは存在しない。また、それぞれのものざしとなるものがない。人によって、比べるもの、比べ方が違う。そうか、あっちの世界では、みんな同じ基準で比べているのか。なんとなくうらやましいな・・・。自分も、昔、テストの点数と友達の数の両方での比較結果を発表されて違和感を覚えたことがある。そうか・・・同じ基準があればなぁ・・・。
なんて考えていると、一つの疑問が思いついた。
「ハルス、とうやってここに来たんだ?魔法使いなんでいないんだよ?君より弱い人たらけって、なんか面白くないんでしょ?」
「ううん、そんなことない。」
ハルスは、続ける。
「この世界には、たくさん悪い事している人がいるんでしょ。そんな世界がどんな世界なのか見てみたくて。」
「え、そっちでは悪い人なんでいないの。」
「警察がいらないくらいよ。」
「ふーん・・・。」
悪い事ということが何なのかしらない人が、悪いこととはとういうことなのか好奇心を抱いてもしょうがない。さっきの告白も、たたの気まぐれだろう。悪いことがとういう事か知ったら、すぐに帰るだろう。それまて僕をしても悪くはない。しかし、彼女の言葉は、その想像と反していた。
「恋人もなかなかみつからなくて。」
治は、一瞬ギクッとした。人を僕扱いする人となんか誰が付き合うもんか。彼は、おそるおそる言った。
「嫌い。」
なぜこう言ったのか自分でも分からない。が、あまりにもストレートすぎる答えであった。それをぼかーんと聞いていた生徒達は、腹を抱えて笑い出した。
「せっかく告白したのに嫌いだなんで。」
「傑作だなあ。」
笑い出した。それに対し、ハルスはむっとして、教壇の机に対して杖を向けた。
「ち、ちょっと、ハルス・・・。」
彼女は、答えない。そして、呪文を再三詠唱した。
「エクプロション!」
教壇は爆発して、そこにいた子供達は黙ってしまった。いつのまにか、治の顔の煤は、ある程度落ちていた。
「笑わないて。」
彼女がこう言うと、正志が襟を掴んで言った。
「なにも爆発で止めることないだろ!」
「だまらっしゃい。」
と、ハルスは、その杖を正志の顔に向けた。正志は、怯えた顔で退き、次は治の襟を掴んだ。
「お前のせいだぞ!空気を読んで、こういうときは嫌いでも好きって言うんだぞ!」
「きっちり自分の意見を言う事はよいことです。」
治の後ろから、羽生かおるが言った。
「嘘は、いつかはばれます。例えそれがホワイトライ(善意の嘘)であってもね・・・。ホワイトライであっても、嘘であることには変わりありません。」
羽生かおるは、よく講義をする。
「はいはい、その講義にはいい加減飽きました。」
正志が言うと、かおるはむっとして言った。
「話は最後まて聞きなさい!」
「いやだもんね〜。」
正志は、その手を振り払い、行ってしまう。
1時間目の50分は、長かった。しかし、それは、勉強している時の感覚であったようで、1時間目終了を告げるチャイムが鳴った。ハルスは、治のほうを振り向きもせず、
「帰るわ。」
と言って、その場を去った。
「おい、爆発したり気絶したりでそんな無責任な言葉は何だ!」
怯えた声で、正志が、震える指で消えて行く彼女を指して、言った。そして、再び治の襟を掴む。
「お、お前、あれは本当に拾ったんじゃないだろうな!?」
「とういう意味だよ!」
治が答えるのと同時に、富岡先生がむくりと起き上がる。
「う・・・ん?あ、生徒達・・・今何時?」
「1時間目が終わりました。」
一人が、平然と言う。
「なに!?もうか・・・。次は理科だな。しょうがない。放課後にやり直す。」
これを聞き、生徒達は、え〜となった。
「たたいまぁ〜・・・。」
治が、疲れた声で家の玄関のドアを開け、立つ。今日は最悪であった。給食の時に、ハルスについて質問を受けた。それらは全て鋭すぎた。というか、鋭いを通り越して答えることができない。ハルスが本名なのかさえも分からない。謎だらけの少女にいきなり好きと言われても困る。困るのだ。この演説で勘弁してくれ、みんな!
「僕!」
この声に、今日を振り返っていた治は、びくっとした。この声・・・後ろだ。後ろにいる。治は、彼女のほうを向かないまま言った。向いたら何かをするに決まっている。
「な、なんで・・・お母さんは・・・。」
「働いているわ。」
父のいるアメリカから直接の入金がないため、母は毎日スーパーで働いている。それと前回帰国した時にもらった金で、二人は暮らしているのだった。一人増えるので、母は更に働かなければいけないのだった。朝、交番に連れて行くのを承諾したのも、こういう理由があったからである。
後ろにいるハルスは、かわいい声で言った。
「さあ、今日は、嫌いと言ったお仕置きね〜。」