第48話 入館
翌日。土曜日。ハルスは、零時家に送られた手紙の文面通りに、着替え、顔を洗い、杖を磨き(?)、一定の準備をした後、
「いってきます。」
と、玄関で母に言い、家を出た。家の前にはバスなどなかったが、ハルスが家を出て玄関のドアを閉めるのを見計らっていたかのように、バスが横から現れ、やがて家の前で止まる。ハルスは、その開いたバスの入り口に入る。
バスの中には誰もいなかった。ハルスは後ろから乗ったので運転手の顔はほとんど見えなかったが、そんなことには興味はなかった。
治である。治さえ帰れば、それでいい。ハルスは、バスの一番後ろの席に座った。窓から景色を眺めているうち。バスが止まる。そして、入口が開き、そこから少女が入ってきた。
「あっ。」
「あっ。」
ハルスと少女は、目を合わせる。なんと、その少女は檸檬であった。
「ってことは、ハルスも?」
「うん。檸檬もあの手紙をもらっていたんだ。」
檸檬は、ハルスの隣に座り、ハルスに事情を説明すると、それが自分と全く同じである事に驚きを隠せない。そして、バスは再度止まり、入口から一人の少女と年配の男性が入ってくる。長谷川玲子と長谷川健治である。
「あ、あんたは・・・。」
健治が、ハルスに向かって言う。
「魔法使い!」
「そんな事言わないの。」
玲子がたしなめる。玲子は、檸檬の隣に座る。
「何で昨日は負けたの。」
檸檬から話しかけられたが、玲子は何も言わなかった。何を言っても全くの無視と分かると、檸檬はハルスと再度話し始めた。
再三入り口のドアが開く。檸檬とハルスは入口に注目するが、自分らに無関係の人だったと分かると、話題を続ける。
バスは、やがて山へ入っていった。窓の景色から、たくさんの木が並んでいるのが見える。
バスに乗っているのは、推定10人。バスは、やがて旅館らしき建物の駐車場に入り、留まる。どうやら旅館の送迎バスらしかった。
ハルスらは、そのバスから降りる。ハルスは、あたりをうろうろしだした。
「大丈夫。」
檸檬がそんなハルスをたしなめる。
目の前の旅館の建物の入り口には、大きく「拝行館」と書かれていた。
「はいぎょうかん?」
ハルスが言う。檸檬もうなずく。そんな二人に、後ろから声がかかる。
「はいあんかん、と読むんだよ。」
「えっ?」
二人が振り向く。男だった。彼は、自己紹介を始める。
「失礼、僕は酒井命と申します。」
彼の後ろで、彼に声をかける男がいた。
「ごめん、準備遅れちゃって!」
「いいよ、望。」
「あれ、この子供は?」
「はいぎょうかん、って読んでたから教えてただけ。」
「そっか。」
「あと、ついてに、君の名前を教えてもいい?」
「別にいいよ。」
「それじゃ、」
と、命は二人の方を向き、改めて言う。
「この人は兄の酒井望と言って、作家だよ。」
「あ、知っています。」
檸檬が言う。命も、それに同調するように言う。
「究極の何か、という本を書いてるんだよ。」
「ほへー・・・。」
いつか買った得体の知れない本を書いたと言われ、ハルスは思わずため息を漏らした。
「こちらでございます、お泊りになります203番部屋でございます。」
女将がハルスと檸檬を部屋に案内する。それは2階にあり、階段を経て二人はその部屋へ来たのだった。この旅館は2階建てらしく、2階へ上った後の続きの階段がないことからも、そのことが伺える。
「どうも、ありがとうございます。」
檸檬が言い、鍵をドアノブに差し込み、ドアを開ける。玄関で靴を抜き、ふすまを開けると、中からは12畳の畳部屋が出現した。女将が、後ろから言った。
「では、担当しています私の名前は氷室佳央子と申します。これからもよろしくお願いいたします。」
「こちらこぞよろしくお願いします。」
「子供だけですね。」
「はい、ご心配なく。」
檸檬が一定の応対を済ませ、女中が部屋から出て行ってしまう。
「さて、部屋にはいろっか。」
203番部屋の、もう既に閉まったドアの傍らの壁に、誰かがもたれている。その手に握られていたものは―――・・
「何か御用でございますか。」
203番部屋から出た氷室さんが、傍らの壁に座っているその人に対し、親切にも応対してやった。その人は、冷酷な声で言った。
「それは・・・、あなたに折り入っての用があるからです。」
そう言い・・・、手に握っていた凶器を氷室さんの胸にどすとさす。
「犠牲になってもらいます。」
冷たかった。冷たくつき通った声であった。廊下には、誰もいなかった。凶器の特性で、返り血はないし、廊下も赤みが含まれているため、例え多少血が落ちたとしても誰にも気付く事はないだろう。
そうして―――・・
「いない?氷室さんがいない?」
宿を経営している店長、志藤可憐は、従業員の緒形澪に尋ねる。
「はい・・・。」
緒形さんは、知らない、という意味を含み、重い声で言う。
「しょうがないわね、料理を始めるわよ。もちろん氷室さん抜きで。」
志藤さんは、平然と言う。緒形さんも返事をする。
「はい。」
「旅館で何。」
ハルスが檸檬に尋ねると、檸檬は言った。
「料理を食べたり、泊まったりするの。」
「それ、家でもできるんでしょ。」
「でも、旅館に泊まるのは、そこの近くの施設に行きたいとか、そう言った人たちが泊まるの。」
「ここの近くの施設は?」
「ここの近くに、有名な寺、行功寺があるの。」
「へー・・・。」
「治君が帰ってきたら、ついてにおまいりに行く?」
「じゃ、あたしが治と結婚できますように。」
「いやいや、それはあたしよ!」
「ううん!絶対あたしがする!」
二人は、ぎっとお互いを見合い、そして殴りあいを始める。
「あたしよ!」
「いいや、あたしよ!」
「失礼します。」
喧嘩をしている二人の傍らで、女中の声がする。二人が頬を赤らめて振り向く。
「氷室さん?」
ハルスが言うが、女中はそれを否定する。
「私は氷室さんではございません。いなくなっておりますので、私が代理を致します。」
「はい?」
「ちなみに私、雛本葉といいます。そろそろ晩御飯の時間ですので、食堂に集まっていただきますよう、」
「わかりました。」
檸檬が言い、ハルスの手を引っ張って立ち上がる。
「夕食、おいしかったわね!」
お風呂も済ませ、着物に着替え、ベットに二人はもぐりこむ。檸檬が言う。
「ねえ、明日は絶対に治を探そうね!」
さっきの喧嘩はもう既に吹っ切れていた。と思っていたが・・・。
「そして、治君と結婚できますように、とお願いして、」
檸檬が耐え切れない声で言う。
「おい!」
ハルスが、別の意味で耐え切れない声で言う。
結局、二人は、口喧嘩をする事になるが、そのうち疲れて寝てしまった。
時は未明であった。
東の空に明るみがさしてきた頃。
ロビーには、一人の女性が横たわっていた。腹からは血をながしている。その血が、川の如く、少し先まで流れている。川の先を足元として立っているものがいた。
その人は、右手に杖を持っており、そして、左手に、血を垂らしたナイフを持っていた。
「はあはあ・・・。」
後ろから疲れた声がする。いつしか行方不明になっていた治だった。そして、治は、目の前の死体と、血を垂らしたナイフを持つ人影を見つける。そして、その、血を垂らしたナイフを持っている人の後ろ姿を確認する。
「ハルス!?」
果たして、血を胸からどくどく流している死体の前に、一人の少女、ハルスが、凶器と思しき血を垂らしたナイフ、そして杖を持って立っていたのである。
第4部「ヒジニモ負ケズヒザニモ負ケズ」おわり
第5部「花鳥風月鬼伝説連続殺人事件の真犯人はハルス」に続く
なんか・・・
本当はこのシーン、第5部からはじめたかったのですが、
第48話を埋めるネタが見つからなかったので、
1つずらして、余韻を残して第5部を始める事にします。
さっそく殺人ですね。
強引な表現がありますが、勘弁してください^^;
殺人・・・これ自体にも勘弁してほしいです^^;
さて、とうとう第4部が終わりました。
終わりの2話は、1日で一挙2話連載でした。
そして、この物語は、クライマックスへ向けて進んで行くのです・・・・!
もうすでにカウントダウンは始まっています。
第5部「花鳥風月鬼伝説殺人事件の真犯人はハルス」
どうぞ期待しないで読んでください。はい。
アンケートもお願いしますよw
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インターピューは、
1日2話は余りにも急すぎたようでして、
楽屋にはちょっと入れませんw
うう・・・。
それでは、まだ第5部でお会いしましょう。