第04話 気絶
次の日の朝。
治は、言われるまでもなく、学校に行く時、ついてにハルスを連れて行く事にした。
ゆうべは散々だった。何回も何回も僕僕扱いされ、しまいには母にも命令する始末。母は、もちろん激怒した。そして、今日の朝交番に連れて行って孤児院に入れてもらう案をあっさり承諾した。
「おはようございます!」
治が言うと、中にいた二人の警官が、こっちをふりむく。片方が言った。
「昨日来た人だね。記憶喪失・・・捜索願はまた来ていないよ。」
「そうですか・・・。」
治は、残念そうな声でいい、続けた。
「この人を孤児院に入れてくれませんか。」
「はぁ・・・。」
警官が、気まずそうに言う。
「実は、あれから連絡があって、孤児院は閉鎖するそうだ。」
「そんな・・・。」
「残念だが、居候にしなさい。ある程度かわいいし、君の女にぴったりではないか。」
「そんな!」
治は、焦った顔で、常識外のことを喋る警官に言った。
「とにかく、警察はもう保護はできない。しょうがない・・・。」
警官は、残念そうな声で言う。
「あーあ・・・。」
治は、歩きながらぼやいていた。隣には、ハルスがいる。治は、ハルスを敬遠していて、この二人は黙っていた。やかて、ハルスが口を開いた。
「あれ何。」
「東京タワー・・・。」
「東京タワーって何?」
「秘密。」
「秘密じゃわからないでしょ。」
「秘密。」
「教えてよ!」
「あっ・・・。」
さっき「教えてよ!」と言ったハルスの顔が、かわいく見えた。いままて「僕」の言葉に閉ざされていたかわいさ。治は、頬を赤らめ、向こうを向いた。俺、ハルスのことが好きになったかも・・・。
「僕!」
刹那の妄想は、なぎ払われた。
「教えなさい!」
「誰が教えるか!」
こうやって口論になっているうちに、学校についてしまった。しかし、この二人は、周りの人々の視点が集中しているのにも気付かず、そのまま靴を履き替えた。ハルスは土足のまま廊下に上がった。周りの人の目が丸になっている。
二人が、教室の中にいて、生徒達から疑念の目で見られているのに気付いたのは、朝のHRが始まってからである。
「いつまて口喧嘩しておる!」
という、富岡藤男担任の一喝によってである。それから、
「その女の子は誰だ!どこの中学生だ!名前を名乗れ!」
今まて、叱られた事はあるが命令された事のないハルス。彼女は、むかっとして、立ち上がり、
「ハルスで悪いか!」
と、怒鳴った。
「ハルス?口論をしながら学校に入る習慣のある国の生まれか?」
いつもの癖で、富岡先生は言った。
「あります。」
「何?どこだ?」
「ウモライ。」
「ウモライって何なのだ?」
富岡先生が言うと、ハルスは下をうつむいて黙ってしまった。
「とにかく、いきなり教室に入ってきて、いつまても口論を続けて、しまいにはウモライなる架空の国をてっちあげた罪で、零時!ウモライウンコのハルス!この二人は廊下に立ちなさい!」
「あの〜・・・。」
治が、立ち上がって、富岡先生に声をかける。
「何だ?」
「俺もですか?」
「当たり前だ!」
「何でですか?」
「口論!ええい、とにかく立っておれ!」
「いやです!」
と、ハルスが言った。
「あたしは、命令された覚えなんでありません。架空の国?ウモライウンコ?あたしの祖国を馬鹿にしている!許さない!」
「ちょ、ちょっと、ハルス、あれだけは・・・。」
治が、気弱く”あれ”を抑制する。ハルスは、左脇に手をいれる。使用禁止の警告は、届かなかった。彼女は、杖を取り出し、その杖を先生に向ける。生徒達の注目が、いっせいに彼女に集まった。
「スゥン!」
と、同時に、富岡先生は、黒板にもたれかかる形で、そのまま座りこんでしまった。教壇が邪魔で、顔や体がはっきり見えない。
「先生!」
「先生!」
生徒達が、立ち上がり、一斉に教壇の後ろに集まる。
「先生!」
「先生!」
数人の生徒達が、先生の体を揺さぶる。反応はない。
「大丈夫よ。気絶しているだけだから。」
杖を納めたハルスが、その場に立ち会って言った。しゃがんでいた小池正志が、立ち上がって、ハルスの襟を掴む。
「気絶させてとうするんだよ!」
そして、正志は、あることに気付いた。
「・・・お前、見慣れない服を着ているな。黒いマント。白いカッターシャツ。茶色のスカート。・・・制服じゃない!」
「学校に入るのは、きっちり制服と決まっています。」
几帳面の羽生かおるが、その場に割り込んだ。彼女は、続けた。
「たいたい、そうやって教室に入る人がいますか!口論しながら教室に入る時は、きっちり静かに手話でするのよ!」
「そっちですか!」
伊勢田由香が、その几帳面ぶりに割り込む。
「でも、口論はうるさいじゃない。手話でしなさいよ。」
「喧嘩であることには変わりないわ。」
この二人は、手話手話と言いながらも、口で喧嘩を始めた。こんな日に限って、1時間目が、富岡藤男担任の国語だったりする。教室に入ろうとする者はいない。正志は、この二人に見入って、ハルスの襟を離した。正志は、治に尋ねる。
「こいつ、誰。」
「あ・・・」
言い難いことであった。そもそも、魔法は、自分が全面的に否定しているものの一つである。魔法のまの字でも言うのであれば、自分のポリシーに合わない。
「とにかく、こいつは、変なことを言うとひどい目に合わされるんだよ。しょうがなくで学校に連れてきてるんだけと・・・。」
「どこで拾ったんだ?」
「俺の家の前。」
「やっかいだな。で、家族はいるのか?連絡すれば大丈夫だよ。」
「あ、実は、こいつ、居候。」
「・・・え?」
正志は、驚いて言った。それから、正志は、ハルスのほうを振り向き、尋ねる。
「親はいるのか?」
それに対し、ハルスは、少し考えてから、うつむいて、首を横に振った。その仕草がかわいかった。
「こいつ、本当はお前の女だろ?うらやましい限りだぜ。」
「あ、いや、そうでもないんだ。」
治は、ゆうべ起こった零時家騒動の一部始終を話した。
「そういうわけか・・・ごめんだよ。」
正志は、こう言った。それに付け加えるように、続けた。
「やっかいなもてられ型だな。とにかく、ハルス、魔法使いだったら、先生を元に戻せよ。」
正志が、冗談ぶって言った。ハルスは否定するだろう、と治は思った。実際その通りで、
「あたしに命令するからふっ飛ばしただけ。」
「こいつ、高慢だな。高貴な生まれなのか?」
正志が、もっともそうなことをつぶやいた。治は、それにレスを付ける。
「わからない。でも、僕がいるらしい。」
「僕ぇーーー?」
「何がおかしいんだよ!」
「おかしくないよ、」
「じゃ、笑うなよ。」
この会話を聞いていたハルスは、少しムカッとして、またもや杖を握って、二人に向けて、言った。
「エクプロション。」
途端に、二人の間は爆発した。小規模の爆発に包まれ、大きな音でドアが開いた。その向こうには、1年1組にいる理科の先生がいた。
「何を騒いでいるのですか?」
理科の先生は、それだけ言い、辺りを見回そうともせずに、そのままドアを閉めてしまった。足音が、次第に遠くなっていく。理科の先生、関口疾風は、何でも「答えが分かると面白くないから。」と、闇に葬る人である。あんな人によく理科の先生が務まるな、と皆は激しく疑問に思っている。