第35話 部活
「1つ質問があります。」
テニスコードで、ハルスが、治に言った。
「何だよ?」
「なんでテニス部に檸檬と由美がいるの?」
檸檬と由美に両腕をもがれた治は、正面からハルスに問われる。ハルスは、治を睨んでいる。
「練習。」
ハルスが振り向くと、ラケットを肩にかけた玲子がぼそりと言っていた。
「いいじゃないの。そんな事。それよりも治の方が大事なの。」
「あら、そう。」
玲子は、それっきり黙ってそっぼを向く。
「せっかくテスト前ぎりぎりに承諾してあげたんだから、感謝しなさいよ。」
3年生と見られる、体操服を着た女の子が、治とハルスに怒鳴る。ハルスは、不満そうな顔で治の腕を引っ張る。先輩が言った。
「まずは空振りね。」
「空振りですか。」
ハルスが応じる。その後ろで、顧問の先生時田賢昭が二人に言う。
「では、反米感情を持つためにも、テニスをしましょう。」
「なんでそっちにいくんですか!」
先輩が時田先生に突っ込む。二人は、口論を始める。
「いつもああなのよ。」
檸檬が、二人にぼそりと言った。ハルスは、このセリフを治を引きこむ第一線と心得て、治の腕を強く引っ張る。
「空振りよ。」
「1つ質問があります。」
テニスコードの、ほとんど人がいないスペースで、治が、ハルスに言った。
「何?」
「なんでこれが空振りなのですか?」
治は、ハルスがどこからか持ってきたたくさんのキムチをかけられていて、体中赤くないところはないというほど漬けられていた。
「当然よ!から振りなんだから。辛いのを振ればいいんでしょ。」
ハルスのラケットが、ゴルフの要領で速く動き、治の頭をぶつ。
「違う!勘違いしている!」
治が怒鳴るが、ハルスはラケットで治の体をばしばし叩くのをやめない。
「勘違い?じゃ、空振りってなんなのよ。」
「あのなー、その前にこのキムチを落とせよ。」
治がそういい終わりかけるころ、口の周りのキムチが一斉に治の口に入ってきた。
「いた!から!から!から!から!から!から!から!」
ハルスは、そんな治の口をラケットでぶってやった。治はくるくると3周ほど回った。治の体の回転が止まった頃、治は辛そうに抗議した。
「なんでぶつんだよ!」
「からって言ったでしょ。からを振るんだからから振り。問題でも?」
ハルスが治に杖を向ける。こんな時でも杖を持っているハルスであった。
「ストリームだったら助かりますが、」
ハルスの意志を垣間見た治は、キムチの赤に負けないくらい顔を真っ青にして言った。
「イクスプロージョン」
この爆発は強烈だった。テニスコードの緑の地も治の辺りは黒こげ、治を包む赤い液体に血が混じった。
「見苦しいわね。」
ハルスが杖を脇に納めると、檸檬が横から割り込んだ。
「どういう意味よ。」
「いい?恋人だったら、どこまても優しくしなきゃ。」
檸檬は、勝ち誇った表情でハルスに言うと、治に杖を向ける。
「ストリーム トリートムント」
水流と治癒の魔法を組み合わせ、治の体はさっきまて通りにきれいになった。治が元気よく立ち上がると、檸檬が言った。
「ねえ、こんな、自分の部活に無理やり合わせさせたり、優しくしてくれない人なんかより、あたしのほうが、前もって婚約もしているんだし。」
そう言って檸檬は、治の腕を組む。治の顔が真っ赤になる。それを見てハルスが治を咎める。
「ねえ、」
「何だよ。」
ハルスは、治のもう片方の腕を組む。治がその腕で持っていたラケットが落ちた。
「あたし、好き?」
「ううん!絶対檸檬ちゃんの方が有利よ!」
「・・・・・・。」
治の両腕を挟んで檸檬がハルスをやりこみはじめる。そのうち、ハルスが追い詰められたように治に言った。
「ねえ、檸檬を振って。」
「えっ?」
「今ここで振って。俺がすきなのはハルスお前だけだ、と。」
「できるか!」
「何でよ。」
ハルスは治の頬を引っ張る。
「なんであの時好きといいながら今言えないの。」
「状況によって、」
ハルスが治の股間を蹴る。
「なに言ってるのよ!想いははっきりさせる!」
「だからさ、」
二人がそうしている間にも、檸檬が治の腕に頬をすりすりさせる。
「こら!檸檬!ずるいわ!」
ハルスが檸檬に怒鳴る。
「じゃ、テニスで勝負してみる?治は勝った方を好きになるのよ。」
「勝手に好きにするな!」
治が反抗するが、ハルスは勢いに乗って言った。
「やるわ!」
「おい!檸檬はハルスよりもテニスがうまいんだろ!」
「恋の力だったら、誰にも負けない。」
ハルスは、自分のラケットをぐっと掴む。
「何焦がしているの。」
後ろから玲子の声がする。檸檬が話題を無視して、玲子に言う。
「ねえ、テニスコードの確保は出来ないかしら。」
「男同士なら聞いた事はあるけれど女同士は余りないわね。」
先輩が不敵そうな笑みを浮かべ、話し合う。そのやじ馬の話を聞く耳も持たず、檸檬はハルスに言った。
「負けたほうは二度と治と付き合っちゃだめ。」
「負けるのはあんた、檸檬よ!」
「言ったわね。」
審判の玲子が、ぼそりと言う。
「開戦。」
「じゃ、サーブ、あんたからね。」
檸檬が言う。サーブ権を相手にゆずる事は、相手を侮辱している事に該当する。しかし、その常識をハルスは知らず、
「ええ!」
と応じる。
ハルスが白いボールを手に持ち、それを上げてラケットで打つ。ばしーん。ボールは、ネットにぶつかって落ちる。
「なにやっているのよ。」
檸檬が、不敵そうに笑う。
「くっ・・・・・・。」
「じゃ、次あたしがサーブね。」
檸檬は、ネットの下のボールを拾うと、後ろに下がってさっきハルスがやったようにボールを打つ。そのボールは見事速く打たれ、ハルスがラケットで交わすまもなくハルスの体の足元にぶつかったと思うと、そのまま上へはねハルスのあごを直撃した。
「痛い!」
あごを手で覆い、ハルスが檸檬に怒鳴る。
「あら?避けないほうが悪いのよ。」
「ねえ、審判、こんなのひどいでしょう?」
しかし、審判の玲子は、冷酷な判定を下した。
「檸檬2点。」
「檸檬10点。ハルス0点。」
玲子が冷酷にも、それぞれの点数を読みあげる。
「くっ・・・・・・。」
ハルスは唸る。
「後一点であたしの勝ちよ。」
檸檬が勝ち誇った声で、ハルスにプレッシャーをかける。ハルスは、思わず言った。
「あたし、絶対勝つ!」
「あら?10点差で?」
「恋のためなら、こんなの苦でもない!」
ハルスはそう言うと、ボールを打つ。そのボールは、ネットの上を越える。その瞬間を檸檬はとらえた。檸檬は、すぐさまそのボールへラケットを振る。
ドン
「あっ・・・。」
空振りだった。檸檬は、後ろにあるボールを恨めしそうに見る。
「檸檬11点。」
突然、玲子が想定外の判定を下す。
「何でよ!」
ハルスが怒鳴る。しかし、玲子はぼそりと言った。
「ボールが当たったところ、コードの外。」
檸檬は言われて見れば、確かにコードの外であった。檸檬は、玲子に駆け寄り、嬉しそうな声で言った。
「視線鋭いわね〜。」
しかし、この賞賛の言葉を、玲子はぶちりと跳ね飛ばす。
「だまだま。」
ハルスが玲子にかけよる。
「何よ!嘘でしょ!本当は檸檬と闇の約束を交わして、」
「そうなの。」
「そうなの、で返事になってる?」
ハルスが抗議すると、玲子は黙ってハルスの股間を蹴り、ポケットから一冊の文庫を取り出し、それを読み上げる。
「究極の敗北 それは死ぬ事。」
「ななななななななななんですって!」
ハルスが憤慨して立ち上がり、玲子の襟を掴む。玲子は、黙って一冊の本をハルスに差し出す。
「糸色望著 究極の何か。」
「いとしきぃ〜?」
ハルスは、玲子が差し出した本を掴み取り、ばらばらとページをめくる。
「究極の恋愛、それは心中する事?この本おかしい!」
「それがなぜか全部当たっている。」
玲子はぼそりと言った。
「なんか信頼できないわ!」
ハルスはその本を玲子の方へ投げ出す。
久しぶりに
ギャグシーンが出てまいりました。
ところで、
「究極の何か」という本は、
第4部で頻出しますので、