第03話 突風
「さっさとしなさい!」
まるで召し使いにされたような心持であった。治は、まあ捜索願が出るまての我慢だ、と、渋々その卵を拾い上げ、食べた。熱かった。髪の毛らしき糸が何本か舌に付いた。
「下品!」
ハルスは、大声を出した。
「下品!下品な僕は、あたしにはいらないわ!」
「すいません・・・。」
治は、機械的な返事をすると、そのまま台所に戻り、ケースに入っている残り9つの卵の中から、卵を1個取り出した。そして、慌ててフライバンの上で卵を割る。
「ちょっと!お風呂は沸いているだろうね?」
ハルスは、偉そうに言う。多分この人は召し使い癖が抜けていないんだろう、と思い、治は言った。
「沸いてません。ていうか洗ってません。」
「洗うのは僕の役目でしょ!料理が終わったら入るから、終わったらすぐに洗いなさい!」
「は、はい・・・。」
治は、怯えた声で言う。そして、料理を続行した。できた玉子焼きが皿の上に乗るのと同時に、気絶していた母が起き上がった。母が一番に見たものに対し、声をかけた。
「あんた誰。」
「あら、あんたも僕なの。」
ハルスは、こう平然と言った。
「ああ、ああ・・・」
治は、玉子焼きの乗った皿をキッチンに置き、慌てて彼女の口を止める。手で塞ぐ。ハルスは、その手を押しのけた。なんという強い力なのだろう。彼女は、治を振り向いて言った。
「なにやっているのよ!あたしはあんたの御主人様なのよ!」
それに対し、治は、ついに噴出した。
「おい!家に入ってからその高慢な態度!やっぱり孤児院に入れてもらうからな!」
「孤児院で何!」
「とってもつらいところだぞ!それ以上いばるな!」
「冗談じゃないわよ。」
二人は、激しく口論を開始した。その様子をぼかーんと見ていた母は、なんとなく事情を把握していた。母は、この二人に割り込んで言った。
「居候?」
「ああ!居候だよ!こいつが勝手に家に上がりこんだんだ!」
「居候?あたしはこの家のご主人様よ!」
話がかみ合わない。
「もしかして、女?かわいいわね〜。」
母は、のんきそうに治に言った。
「そんなわけないだろ!たいたい、僕僕言っているんだよ!訴えてやる!」
「とにかくおかしい女の子、って訳ね。」
「そうだよ!こいつ、記憶喪失なんだよ!」
治は、言いたいだけ言うと、
「じゃ、料理任せたから。」
「うん。」
と、母とやり取りを交わすと、居間から飛び出した。
「ちょっと!僕!」
少女ハルスは、居間から呼び出した。返事はない。なくで当たり前である。母は、料理を開始した。ハルスは、平然とした顔で言った。
「さっきの男の子、解雇ね。どこにいるの?」
「部屋。」
母は、短く答えた。それに対し、ハルスは続ける。
「部屋はどこ。」
「そもそもあなたはなんでいうの。頭も普通の色じゃないし。」
「ハルス。部屋はどこ。」
「ハルスって言うのね。部屋は、2階よ。」
「2階のどこ。」
「狭いからすぐ分かるわよ。」
母がこう言うと、ハルスは黙ってその場を離れた。それを見送り、母はつぶやいた。
「すいぶんとモテモテになったわねぇ、治。」
治は、机に向かって宿題をやっているところだった。
なんだよあいつ。いきなり俺を僕僕言いやかって。明日の朝連れて行って交番に殴りこんでやる。もうこりこりだ。そう思いながら、鉛筆を紙上に走らせていた。
「ちょっと!僕!」
後ろから、さげぶ声がした。治は、机で宿題を敢行した。反応はない。
「ちょっと!僕!」
再び呼ぶ声がした。治は、机で宿題を敢行した。反応はない。
「ちょっと!僕!」
再三呼ぶ声がした。治は、机で宿題をしていた手を休め、顔だけ振り向いて言った。
「せめて治とでも呼べよ!」
「僕だから。」
彼女は、それだけ言うと、命令を開始した。
「僕!」
「治!」
「僕!お風呂を洗いなさい!」
「だから、治でもいいから名前で呼べってんだよ!」
「いいや、あんたは僕でしょ!」
「治!」
こんなやり取りが続けられていた。片方は、もう耐え切れずに、左手で左の脇に手を伸ばした。そして、さっきの棒を取り出した。
「おい、また鉄砲かよ!」
治が反応すると、ハルスは言った。
「誰が鉄砲って言ったの?杖、杖よ!」
「つえ?」
治が言った。
「もしかして、魔法知らないの。」
ハルスは、平然と言った。なんなんだ、こいつ。とう見ても未来の人じゃなさそうだ。魔法なんでこの世に存在しない。召し使いを僕と呼ぶ術なんでこの世に存在しない。こいつ、未来の人だけと、未来の鉄砲を持って自分を打ったのかな、だから頭がおかしいんだ、と思った。治は、黙って机に向かいなおし、宿題を再開した。
「ゴスト!」
の声と同時に、突如出所知れずの突風が吹き荒れ、治の椅子は巻き上げられた。椅子から放り出され、部屋の隅っこに叩き付けられる。
「何なんだ、今のは・・・。」
治は、言った。
「魔法よ。」
ハルスは、平然と言う。
「さあ、これ以上やられたくなかったら、お風呂を沸かしてらっしゃい。」
「そんな非科学的な・・・」
治が口答えをすると、ハルスの顔がきっとなった。その顔は、脅迫の象徴である。治は、慌ててその部屋を出ていって、お風呂へと向かうのであった。
通常は母が洗うお風呂。魔法?魔法?魔法?魔法?魔法?そんなものがあってたまるか。魔法使いなんで、すでにヨーロッパで処刑されたんだ、うん。僕は夢を見ているんだ。今、夢を見ているんだ。悪夢から覚めろ、この、この!と、治は自分のほっぺたを引っ張る。痛い。夢じゃない。頬に洗剤がつく。
「ふぅ・・・」
久しぶりに風呂を洗い、洗剤をシャワーの水で流している。
個性の紹介が遅れたが、零時治は、合理主義者である。なんでも合理的なものでないと気が済まない。証明ができていないと気がすまない。なので、数学は得意である。理由を説明する力が強い。それゆえに、調査の意欲も同時にかきたてられる。
「魔法なんで、あるわけねえよ。」
治は、すっかり洗剤のなくなった空っぽの湯船を見ながら、つぶやいた。
そもそも魔法とは、誰にもできないこと。超能力ならあるが、あれも非合理である。うまく説明ができないもんは闇に葬る。それが彼のモットーであった。それがため、本屋さんに行っても推理小説は手に取らない。なにかというと、機械の取扱説明書を読むほうがまじである。ハルスの取扱説明書・・・?魔法の使い方・・・?様々な取扱説明書が彼の頭で動めく。
ふだんは推理小説を読まない彼であったが、この時ばかりは、自分が推理小説の主人公になったという感覚になった。俺は推理小説の主人公なんだ。今、小説を書いているんだ!書いた小説は、多分多くの人に見てもらえるだろう。魔法?魔法だって?傑作だ。傑作である!売れる!ってことは、あの魔法にもトリックがあるに違いない。そのトリックを暴く俺は、名探偵だ!名探偵!うん!で、犯人はあの人。あ、犯人じゃなくてトリック自体か。うーむ・・・・・・・
彼は、爆発のトリックを考えた。さっき考えた通り、杖に細長い鉄砲みたいな(吹き矢?)を仕掛ければ簡単だ。さっきの風は、扇風機を沢山用意すれば・・・あれ、どこから買ったのかな・・・。
「ごはんよー!」
と言う声が、その推理を妨げる。治は、慌ててお風呂の栓をして、ボタンを押してお湯をいれた。