第22話 本音
「では。」
社会の先生、時田賢昭は、教室で教壇に立って、生徒達の前で言った。
「今日も蛍崎さんはいないんですね。」
教室は、沈黙としている。
「毎日のように、蛍崎さんは4時間目の授業に出ていません。」
教室は、沈黙としている。
「なぜですか。」
教室は、沈黙としている。知らないものは知らないのである。
時田先生は、そんな教室を見回すと、言った。
「では、大日本帝国・平成天皇の名にかけて、絶対蛍崎惇さんを見つけ出します。」
時田先生は、戦後の生まれであり年も20年代なのに、今の日本を「日本国」ではなく「大日本帝国」であると確信している。その根拠はないのだが、彼の生活も、大日本帝国憲法の下で行動しているのである。すなわち、徹底的に愛国心を持ち、天皇を尊重している。今の天皇は国事しかできないことなんで知らない。というか、拒否している。
「では、大尉に羽生かおるを任命します。」
「はい・・・。」
呆れた声で、羽生かおるは座ったまま言う。
「ちょっと待ってください!」
伊勢田由香が、突如立ち上がって言う。第1話で出したまま埋もれていたが、彼女はつっこみが好きである。
「先生!今の日本は、憲法第7条により、戦争は永遠に出来ないことになっています!」
「大日本帝国憲法第7条に、そのような規定はありません。」
「ですから、憲法変わったんです!」
「憲法では、上下関係を重視すると定められています。従って、あなたは先生と生徒の関係を侵害したことになります。逆らった時点で、違憲となります。」
「ですから、憲法変わったんです!人はみんな、平等です!」
「キリスト教は、信じただけで違憲に近い行為となります。」
「ですから、憲法変わりました!」
それに従って、羽生かおるも立ち上がる。
「1946年11月3日、日本国憲法が発布され、1947年5月3日に施行されたのです!戦争は終わりました!憲法、変わりました!」
「師に反抗しましたね。」
先生が言う。
「ですから、」
「とにかく、先生の指示に従いなさい。」
先生は、剣幕を見せつける。生徒達は、それに怯えたふりをして、呆れた顔で”先生の指示”に従った。
零時ハルス、零時治、花尾武子、五十嵐由美、岡田檸檬。
この5人が、大日本帝国第5番陸軍に所属することになった。軍隊長は、零時ハルス。将軍は、零時治。そして、なぜか書記まてついている。ちなみに書記は、岡田檸檬。
大日本帝国第5番陸軍は、主に細長い校舎の真ん中に位置する各階唯一のトイレと、そこから西の部分を捜索する任務を仰せつかった。
「あきれて物も言えないわねー。」
武子が、愚痴をこぼす。
「ま、しょうがないよ。」
治が言う。彼は、大日本帝国第5番陸軍で唯一の男子である。五十嵐由美は、黙ったままである。
「さ、先ずはここね。」
と、ハルスが指差したのは、教室のある階と同じ階にあるトイレ。
「さ、入るわよ。」
ハルスが張り切った声で言う。他の4人も、黙ってそれに従う。ハルスがそのトイレのドアを開けて、スリッパに履きかえるまてのちょっとした空間を見回した刹那、
「見っけ。」
と、歓喜を上げた。なんと、その空間とドアの隅っこに、一人の男の子が泣いていたのである。
「おい、惇。」
治が、座っているその男の子の肩を叩く。しかし、その男の子は振り向きもしない。惇の服を着ている。しかし、皮膚の色に違和感を覚えた。緑っぽい。
「おい、惇。」
しかし、惇は答えない。泣き声がする。
「惇!」
「惇?」
「惇!」
ハルスと由美は、何も言わない。ハルスは、この男の子が朝の気障な人だと気づいたからであり、由美は、もともと無言だから何も言わないだけである。
しかし、惇は振り向きさえもしない。治が、その体を揺らす。そして、顔を無理やりこっちへ持ってきた。
「ゾンビ?」
なんと、治が見たその惇の筈の顔は、ゾンビの顔に近かった。体中緑色の皮膚になっていて、ゾンビの顔はひどく醜かった。
「ぎゃああああああああっ!!」
檸檬が、悲鳴を上げる。ハルス、武子も同様の悲鳴を上げる。しかし、由美は元々無言なので、何も言わない。表情さえも変わらない。それに気付いた武子が、由美に言う。
「ちょっと!こんな時に何も言わない女の子っているの?」
しかし、由美は答えない。しかし、そんな事をしている場合ではない、と武子は悟った。はっとして治の方を見ると、・・・
「よくも、見たな・・・・・・。」
制服を着たゾンビが、治の制服の襟を掴んでいる。緑色の、醜い顔を真に見て、治は怯えた顔をした。
「この爪で切り裂いてやる・・・・・・。」
ゾンビが、左手の甲を見せつけた。5本の指の爪が、人間のものではない、異常に長くなっていることを、治は見た。
ゾンビは、怯えた顔をしている治の顔に対して、爪を以ってそれを切り裂こうとする。
「ちょっと!やめてっ!」
ハルスが、大声を出す。
「その人は、あたしにとって大切な人なの!」
「おい!恋人じゃないと言っておいて、それはないだろ!」
治が、無理やり後ろを向いて、言った。しかし、ハルスは言った。
「確かに、いつか恋人じゃないと言って記憶を取った覚えはあるけれど、あたし、別れてからいつも治のことばかり考えるようになって、やりきれなくでまたここに来ただけ!」
ハルスは、頬を染めて下をうつむいて言った。そして、続ける。
「あたしの唇は治のもの。治の唇はあたしのもの。」
その空間が、一時沈黙に包まれる。そして、次の瞬間、ハルスが脇に手を伸ばそうとする。
「あっ・・・・・・。」
彼女は、今朝葛飾先生の前で杖を放り出したことを思い出す。
「杖でしょ。」
突如、後ろから檸檬の声がする。ハルスの視界の右に、一本の茶色の棒がつき出ている。
「拾ったわ。」
檸檬がそう言い、ハルスが自分の杖であることを確認すると、「ありがとう」と言ってそれを掴み取り、ゾンビに向ける。
「優しい悪魔もいるわ。」
と、ハルスはゾンビに対して言う。
「おい!武力は使うな!」
治が、ハルスに対して言う。と同時に、ハルスの足元に放り出される。ゾンビは、そのまま黙ってハルスに近づく。
「ち、ち、ちょ、」
いさとなると頼りない人には困ったものである。
「ちょっと、あたしを食べてもおいしくないわよ!」
「だめだ。」
「え?」
突然ゾンビが口をきいて、ハルスは戸惑う。
「みんな、僕の顔を見て、怯えて逃げ出す。毎日4時間目になるとゾンビになってしまう呪いをかけられて、それで、」
ゾンビは、100股をかけなければ呪いはとけないということを省略するという方針の下、説明し始めた。
「道で歩いてぶつかっただけで、僕に呪いをかけた。」
そのいきさつに、ハルスは驚いた顔をする。
「そんないきさつ、聞いたことないわ!」
「しかし、現に僕の例がある。」
「・・・・・・。」
ハルスは、治の腕を無理やり組んで、杖を惇に構える。
「嘘?」
惇は、黙って頷く。
「もっと黒い事情があるのね。」
ハルスが言うと、惇は黙って頷く。
「とにかく、いなかったことにするわ。」
ハルスが言う。
「ちょっと、ハルス?」
檸檬が、後ろから声をかける。しかし、ハルスは、首を回さずに言った。
「隊長。」
「ぐ・・・・・・・。」
檸檬は、悔しそうな声で言い、そして続ける。
「ここには誰もいなかったから、さ、トイレから出ましょう!」
と、トイレから出る一番陣を取った。
トイレの中には、一人のゾンビが存在するのみとなった。
あと2つで第2部おしまいだと言うのに、
これでは24話で区切るのは出来なさそうです。
でも、むりやり区切ってみます。はい。