第02話 爆発
「日本、知らないのか?」
治は、そう言った。
「うん・・・。」
弱弱しそうに、少女は答える。
「ここはどこ?」
再度、尋ねられる。
「さっきも言っただろ、日本だよ!に・ほ・ん!」
「ニホン?」
「だから、日本!」
「とにかく、ここは、ウモライじゃないのね。」
「ウモライって何だよ!」
「あたしの故郷。」
「ウモライってどこの国だよ!イギリス?アメリカ?」
「いぎりす?あめりか?」
「まさか、それさえも知らない・・・やれやれ、記憶喪失には困ったなあ。」
治は、弱弱しく言うと、彼女の手をくいくい引っ張った。
「ちょっと、どこいくの。」
「警察。」
彼女の問いに治は短く答えると、彼女は歩き出した。4時。先週まては今から部活をやっていたのになあ、と、ぶつぶつ言いながら、学生服、かばんを背中に背負ったまま、少女を交番へ引っ張っていった。少女は、おとなしく従った。
「で?この少女は記憶喪失なのですか?」
交番。応対している警官は、優しく答えた。彼の背後には、もう一人の警官が、忙しそうに書類などを触っている。
「はい。」
治は、あたり前だ、という声で言った。少女は、上の空だ。後ろにいた警官が、机に座ったまま顔をこっちに向いて口を開いた。
「行方不明者に関する書類は、いまのところ全部解決になってますなあ。」
「はあ・・・。」
治は、答える。
「まあ、そのうち捜索願が出されるだろうし、そのピンク色の髪の毛が特徴的だからすぐに見つかる。その時に記憶喪失だったことを説明すればいい。今夜は、とりあえずどこで寝ますか?」
少女は、重い口を開いた。
「決めてません。」
「そうか・・・それでは、一時孤児院に任せることになるなあ。」
孤児院と聞き、治は、なんかかわいそうになってきた。この少女、またはっきりとは顔を見ていないが、ある程度はかわいいらしい。さっきの態度とは矛盾している場所だと直感した。そして、ついつい、両親の許可をもらわず、言ってしまった。
「僕が、預かります。」
「本当に・・・入っていいの?」
少女は、家の玄関のドアを開けて、中に入ることを促している治に対して、言った。
「そもそも、名前、何なの?」
「零時治。」
「レイジオサム?聞いた事のない組み合わせね。」
名前の組み合わせを批判され、治はむっとした。しかし、顔の表情を崩さない。記憶喪失なので、ある程度は知らなくてもいいだろう。我慢だ、治!我慢、我慢・・・
「このドア、木?木にしては硬いわね。」
「あの花、近いうち枯れるわよ。」
「この家、誰もいないわね。召し使いとかいるの?」
この少女の吐いた3つのセリフで、治は堪忍袋の緒にひびが入っているのを感じた。この人、すいぶん変な育ちをしているんだな。というか、記憶喪失とは、ここまて忘れさせるのか?と、少女は、玄関でばんばんと手を叩いた。拍手とは一感覚違う。誰かを読んでいるような口調だった。」
「お母さんなら、多分買い物。」
治がこう言っても、少女は拍手(?)を、無人の家にしている。彼女の顔は、その美貌とは裏腹に、たんたんむかむかしてきた。
「何やってんだよ!人の家で!誰もいないんだよ!」
治は、力強く放った。それに対し、少女は、平然とした顔で、治を振り向いた。その顔に、治は、少し頬を赤らめた。しかし、その刹那の瞬間はあっという間に過ぎ、この言葉が治の堪忍袋を切った。
「あんたがあたしの僕?」
「僕って何だよ!」
治がこう言うと、少女は、平然とした顔で言う。
「お風呂は沸いてる?」
「誰が沸かすか!」
「ばんごはんを用意してちょうたい。」
「誰が作るか!というか料理できねえよ!」
「洗濯は済んだ?」
「おい!俺はお前の母じゃねえ!母なんかじゃねえ!」
「僕じゃないの。」
彼女は、平然とこう言った。
「そもそも誰だよ!俺に色々命令するのは!」
「あたしの名前ずら覚えていないの?まったく、アホね。私の僕。」
「だっから、会うのは初めてだって!」
「僕。覚えておきなさい。私はハルス。」
「はるす?何だそれ。アメリカ人?」
「僕は、主に質問してはいけません。」
「というか会うの初めてですけと?」
二人が玄関の前でもたもたしている間。
「見つかったか?」
「いいえ・・・。」
片方は、心配そうな顔で、声で、もう片方は、弱弱しく、言った。
「ハルスにもしもの事があったらお前の責任だぞ!」
「はい、分かっております。」
この二人の会話は、密かだった。
「では、僕。さっさと料理しなさい。」
少女は、命令口調で言う。治は、渋々自分ができそうな料理、玉子焼きを作ることになった。しかし、運悪く冷蔵庫には卵がない。だので、他に作れそうな料理を模索していた。と、
「僕。」
「いちいち僕僕言うんじゃねえ!」
「僕だから。で、あれは何?」
少女が指さしているのは、一つの黒い箱。テレビ。
「それはテレビだよコノヤロー!」
「てれび?てれびって何?」
「こいつ・・・」
記憶喪失で、頭がおかしくなったとしか思えない。
「リモコンならそこにあるだろ。」
居間と台所が隣り合っていて、その接点がカウンターみたいになっている。だから、台所から居間の様子を見渡せた。白いカーテンの向こうは赤い。夕焼けである。明日も晴れるだろう。真っ赤に染まったカーテンの近くのリモコンを指差して言った。
「りもこん・・・ああ、これのこと?変な形ね。」
と、少女は、りもこんをてれびに向けた。しかし、リモコンのボタンを押す気配がない。彼女は、リモコンを握って、何かをぶつぶつ言っているようであったが、やがて、
「りもこんでてれびが操作できるわけない!」
と、強く言った。そして、ポケットから、一本の茶色の棒を取り出し、その棒をてれびに向けて、強い声で言った。
「エクプロション!」
テレビは、爆発した。音を立てて爆発した。跡形もなく爆発した。
「何やってんだよ!」
治は、激しい声で抗議した。堪忍袋は、もうすでに沸騰している。
「何?今の音?」
玄関のドアが開き、治の母が家に入る。治の母は、居間に辿り着く。跡形もなく砕け散ったテレビを見た母は、大きな叫び声を上げ、その場で倒れて気絶した。
「じゃあ、ばんごはんを作ってちょうだい。」
「作ってる場合か!というか、テレビ爆発させてとうするんだよ!というか、とうやって・・・」
「だまらっしゃい。」
少女は、まるでこの世に存在する美貌の出す声ではない声を用いて、治に強く言い放った。
「作りなさい。」
「は、はい・・・。」
治は、アメリカに長期出張していて帰ってこない父に久しぶりに命令された感覚で言う。慌てて、母の持ってきた2つの白い袋から卵を模索した。10個発見された。ケースこと引き抜くと、そのケースを開け、治はその卵を割って、フライバンにかける。慌てていた。こいつ、本当に記憶喪失なのか?というか、頭おかしいんだろ?テレビを爆発させて・・・とうやって爆発させたんだよ!あの棒は何だ?未来の鉄砲か!・・・鉄砲?鉄砲なら一理ある。未来の鉄砲・・・ってことは、未来からタイムマジンで来たかもしれない。未来は、日本や東京はない。そうか、それで知らなかったんだ。日本語を喋っているのも納得が行く。未来人なんだ、この少女は未来人なんだ。未来は召し使いが沢山いて、沢山の人が裕福な暮らしをしているんだなあ、と、勝手な妄想を膨らましている。と、(未来の)少女に注意される。
「ちょっと!食べ物をあたしの頭にかけないてよ!」
気が付いたら、治は、フライバンを少女の頭の上でひっくり返していた。卵が、ハルスの上で固まっていた。




