第13話 再会
一ノ谷中学校2年生、零時治。
2年1組の教室。そう、今日は1学期が始まったばかり、4月中旬。
放課後久しぶりに部活にありついた彼は、IQ部に所属している。
IQ部とは、いろいろな知能的問題を考え出す部活であり、もしも作った問題が10人以上の人に分かったら、出題者は退部、という厳しい部活である。
なので、この部活に所属しているのは、IQ130の零時治と、IQ150の3年生の小山海、IQ320の1年生の北条真弓の3人のみであった。しかも、先輩はIQで決めるため、1年生が先輩である。
しかも、IQ部に入部するには、テストが必要である。一ノ谷中学校で入部試験の必要な部活は、IQ部だけである。
「では、この画用紙に問題を書いてください。」
北条真弓が言い、3枚の紙のうちの2枚を、治と海に配る。
「もうできたんですか、先輩。」
3年生が1年生に「先輩」と言うのはおかしいのだが、部活の規則である。
「ええ、あたしはもうとっくにできているのよ。」
1年生が3年生に敬語を使わないのは、IQ部ではもうすでに日常茶飯事になっていた。
「見せてください。」
治が、真弓に言う。
「だめよ。類題は違反じゃないの。」
「・・・・・・」
二人は、黙って机に向かう。その机に向かっている治を見ていると、真弓はあることを思い出し、言った。
「零時。」
「は、はい?」
「噂じゃ、今年の2月に女の子と付き合っていたようね。」
「でも、顔すら思い出せないのです。」
「そう?名前は何で言うの?」
「みんなの話だと、ハルスって言うようです。」
「ハルス・・・?外国人の名前ね。」
「ええ、はい。」
「では、問題を書きなさい。」
「はい・・・。」
治は、そう言うと、黙って机に向かった。
今年の2月。ハルスがいなくなって最初の学校。クラスメートに色々「ハルスはどうしたの」とか言われて、ついには先生にも追及されたが、知らないものは知らないのである。(忘却術をかけられたから。)しまいには、理科の関口先生にまて尋ねられた。関口先生に尋ねられる事自体大事件ではあるが、知らないものは知らないのである。ついにハルスとか言うやつは退学扱いになった。あいつは、曰く魔法使い。曰くかわいい。曰く、治のことが好き。曰く、黒いマントに白いカッターシャツ。曰く、ピンク色の髪。曰く、治の家に居候している。クラスメートにこう言われても、思い出せないものは思い出せないのである。
「零時!ぼんやりとしていないて書きなさい!小山はもう書きました!」
その真弓の言葉に、治は我に返る。
「は、はい・・・」
治は、慌てて机に向かう。
「制限時間2分あけるわ。・・・・・・1分30秒・・・・・・」
真弓が時計を見ながら30秒ごとに答える。と、ぱんとドアの開く音がする。そこには、徹底的几帳面の羽生かおるがいた。
「きっちり1秒ごとに数えなさい!」
「入部希望ですか?」
真弓は、平然と答える。
「あんたが1秒ごとに言わないんだったら、あたしが1秒ごとに数えてあける。感謝しなさいよ!」
そう言うかおるは、陸上部。しかし、今日は悪天候であり、廊下で走っていた。
「1分6秒、1分5秒、1分4秒、1分3秒、1分2秒、1分1秒、1分、59秒、58秒、」
かおるが早口で言う。
「うるせえよ!」
治が、堪忍袋の緒を切らして、立ち上がってかおるに怒鳴る。それでも、かおるは続ける。
「46秒、45秒、44秒、43秒、42秒、41秒、」
「うるせえよ!」
治が、かおるの襟を掴む。しかし、かおるが口から出す言葉はたた一色、
「32秒、31秒、30秒、29秒、28秒、27秒、」
「だまれ!」
「17秒、16秒、15秒、14秒、13秒、12秒、」
「しつこい!」
「5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、0秒、はい時間切れ。」
気が付いたら時間切れになっていた。
「はい、治、退部。」
真弓が平然と言った。
「羽生!てめえのせいだ!」
治がかおるの襟を前後に揺らす。しかし、もうすでに後の祭りであった。
「きちんと数えない北条真弓が悪いの!」
真弓は、いきなり自分の悪口を言われ、かおるの頭を後ろから蹴った。
「痛っ!」
「出ていって!二人とも!」
二人とも2年生なのに1年生にIQ部室を追い出される。しかも、治は退部とくる。
「いいかげんにしろよ!」
「あら?あたしは先輩よ!」
「1年生だろ!それに俺はもう退部したんだ!」
「それじゃ、入部試験を受ける?」
「受けるか!」
治は、かおるを引っ張って、部屋から出ていった。後ろからドアの閉まる音がすると、治は振り向いてドアに向かって怒鳴った。
「上等だ!こんな部活、誰が入るか!」
「本当にあれでいいのか?」
小池正志が、心配そうに治に尋ねる。
「いいんだよ!」
2年1組の教室では、運動部の男達が部活を終えて着替えている。野球部の正志も、着替えの真っ最中であった。
「上等だ!IQ!サッカー部に入って、いつかサッカーボールで部室の窓を割ってやる!」
「なにもそこまてしなくでも・・・。」
正志が、治をなだめる。
「一緒に帰ろうか?」
正志がこう言うと、治は黙って机の中の教科書やノートを取り出してゆく。すでに雨はやみ、雲の合間から橙の色が覗かせていた。
「じゃ、ここでお別れだね。」
正志が、治に言う。治は、黙って手を振る。正志は、その手を見ると、「さよなら」と言って、そのまま行ってしまった。治は、その後ろ姿を見送ると、自分も家への帰路を歩いていった。
「たたいま・・・。」
治が、玄関で気弱そうに言う。
「あらあら、どうしたの。」
母が、居間のドアを開け、出迎える。
「いろいろあってね・・・・・・。」
「そう。お疲れさま。じゃ、あたし晩御飯作るから、できたら呼ぶわね。」
「うん・・・・・。」
治は、そう気弱そうに言うと、居間に入ってドアを閉める母を見てから、自分も靴を抜いて階段を上っていった。
治は、彼の部屋のドアノブを回す。ドアが開くと、治はその部屋を見回した。異変。自分の机の椅子に、誰かが座っている。ピンク色の髪の毛。黒いマント。クラスメートから聞いた”ハルス”の特徴であった。
「誰だ!」
治は、こう怒鳴った。
「俺の椅子に座るな!名乗れ!」
しかし、”ハルス”は、向こうを向いたままびくりともしない。机の前の窓の向こうの景色を眺めているらしかった。両手を机に腕組みをして乗せていた。腕が白っぽい。白いカッターシャツ?しかし、彼は、それを”ハルス”とも認びもせずに、つかつかとその椅子に近づく。ピンク色の頭を殴る。
「立て!」
しかし、この人は立たない。人形の如く、びくりともしない。治は、この人の座っている椅子を手前に押し倒そうとした。と、この人が脇から一本の棒を取り出し、後ろに向ける。
「クロース。」
女の子の声だった。少女は、窓を向いたまま、言った。治が後ろを向いてみると、ドアは閉まっていた。再び少女を振り向き、
「出て行け!」
と怒鳴った。しかし、少女は、棒を机の上に置いたままびくりともしない。しばらくの沈黙が流れた。やがて、少女が押し殺すような声で言った。
「なつかしいわ、治・・・。」
「なつかしいって何がだよ!」
治は、少女に向かってそう怒鳴る。少女は、ようやくその顔を治のいる方へ向けた。治は、その顔を見る。
かわいい。ピンク色の髪。黒いマント。白いカッターシャツ。茶色のスカートみたいなやつ。こいつは、ハルスなのか?
「ハルスなのか?」
「そう・・・あたしの名前だけは忘れていなかったようね。」
「じゃなくで、みんなに教えてもらったんだよ!」
「そう。」
少女は、ぶっきらぼうに言うと、急に涙を流し、座ったまま治に抱きついた。
「治!」
濁点おちぶれ小説、
ついに第2部に突入しました。
・・・本当は第12話で終わるはずでした。
「ラストが面白くない」との苦情を頂き、続編を書くことにしました。続編も12話で完結させる予定です。場合によっては、「居候3」を書くかもしれませんが、とりあえず、今回の小説は二人を中心にしていきたいです。
前作での「あいつら」の正体についても言及していく方針です。はい。