1st day ☓
「そういや彰、知ってるか?」
陽斗が隣の席に座りながら訪ねてくる。
多分、言いたいことは分かった。
「転校生の話か? しかもこのクラスに」
「なんだ、知ってたのか」
「俺今日日直だそ? さっき日誌貰ってきた時に先生に聞いたよ」
「そういやそうだな、で、どう思う?」
「何がだ?」
「転校生だよ。男か女か、彰はどっちだと思う?」
「あー……」
「何なら、久々に賭けるか?」
「お、良いね、負けたら昼休み購買ダッシュな」
「OK。で、どっちだ?」
「そうだな……」
そこまでは言わなかったからな先生。
性別は―――
「女子、かな」
「お、言い切るのか」
「え?」
あれ? 今俺、どうして女子って言い切ったんだ?
「あ、あぁ」
なぜだろう、何故か、すでに分かっていたような気がする。
チャイムが鳴り、HRの時間となった。
皆珍しく自分の席に戻り、そしてさらに珍しく静かに、担任、というより転校生の登場を待った。
3分後、教室の扉が開いて、担任の谷門先生が入ってきた。
「何だ? 妙に静かだな」
教室内を見て、雰囲気に気づいたらしい。
「やはりあの噂はもう聞いてるらしいな、日直が話したか?」
その前から知ってましたよー。という生徒の声を聴いて、先生は教卓に荷物を置くと、チョークを一本持った。
「じゃあ要望を叶えてやるか、入ってくれ」
先生が呼ぶと、教室の扉が開いて、一人の生徒が入ってきた。
瞬間、ざわざわと教室内が騒がしくなった。声は全部、転校生について。
転校生はやはり、女子だった。
「じゃあ朱井、自己紹介しろ」
「はい」
黒板に名前を書いた先生に言われた転校生は、深く息を吸い、
「本日、こちら3年D組転校してきました、朱井雀耶です。皆さん、どうぞよろしくおねがいします」
言い切って深く一礼した。
クラスメイトは各々に「よろしくー」とか、「かわいい~」等感想を言っている。
「朱井の席はそこの、緑葉と南野の間な」
「はい」
クラスメイトの視線を集めながら席がある最後尾へ。
「よろしくお願いします」
右隣になる南野から順に律儀に反時計回りに隣接する4人に挨拶していく。
そして俺の番になった。
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
そこでようやく自分の席に座った。
「今日日直の青川と緑葉は朱井の世話を頼むぞ。特に緑葉、席が隣だから教科書とか見せてやれ」
「へーい」
やはり予想通りになり、返事をする。
「というわけでさ、教科書が揃うまでは俺か、そっちの南野のから見せてもらってくれ」
「はい、ありがとうございます。緑葉くん」
「呼び捨てで良いよ、その方が話しやすいだろうし」
「いえ、緑葉くんと呼ばせてください。そしてわたしのことは、雀耶、と呼んでください」
そんな、初めて会った人を呼び捨てなんてさすがに出来ない。
「じゃあ、よろしく。雀耶さん」
「はい」
雀耶さんは嬉しそうににっこりと笑った。
「緑葉くん。少しよろしいですか?」
「え? 何?」
「実はわたし。小学生の頃の記憶が無いんですよ」
「え……?」
いきなりとんでもないカミングアウトを聞かされた。
でも何故だろう、初めて聞いたはずなのに、初めて聞いた気がしない。
「わたしは自分の記憶を取り戻すために、ある時に皆さんの力をお借りするんです。山にも登ったりして、ちょっとした事故にもあってしまうんですが……それでほんの少し、けれどとても大事な記憶を思い出すことが出来るんです。そしてその後も、ある一人の方は一緒に記憶を取り戻す手伝いをしてくれると言ってくださるんです」
「……」
どうしてだろう、雀耶さんの言葉を、その内容を、俺はよく知っている気がする。
「その後はまだ、わたしにも分かりません。そこからは一つの選択肢を選んだ後に見えてくるんです」
何か、思い出せそうで、まだ思い出せない。
「もしも緑葉くんが選択肢を選ぶことになった場合。その時は、自分の選んだ道を進んでくださいね。それが、わたしと同じであることを……ほんの少しだけ、願っていますから」
思い出すのに、必要な鍵が、まだ、足りていない。