Fall Vacation Ⅱ
「帰郷……お家に帰られるんですか?」
「確か竜華と彰って、家近かったよな?」
近い、まぁその表現で合ってる。
俺の家から3つ隣、そこが竜華の家だ。別に隣同士では無かったのだが、その辺りに同年代の子供が俺と竜華しかいなかったから、一緒に登校したりして長い付き合いになっていたんだ。
「けど何で、俺を誘うんだ? 帰郷ぐらい、一人ですれば良いだろ」
「それは……彰に、手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「手伝うって……あ」
なるほど、なんとなく分かった気がする。
「でもな、今俺の家、誰もいないんだが」
つい数週間前。家から電話があり、『商店街の福引で旅行券が当たったから、そっちの秋休み辺りに行ってくるねー』と。だから今頃両親は仲良く電車の中だろう。
家の鍵はあるから入れなくはないが、両親がいないと知ってから帰るつもりはなく。寮で過ごす予定だった。
「それなら心配ない。彰の世話は私が見る」
「世話て」
犬か猫かよ、俺は。
「とは言っても、出来ることは食事の準備くらいだろう」
「「!?」」
竜華がそれを言った瞬間、言葉の意味をよく理解している俺と紀虎の時が止まった。
「竜華、料理が得意なんですか? ぜひわたしも食べてみたいです」
何も知らない雀耶さんだけが、今竜華と話している。
「そういえば雀耶にはまだ披露していなかったな。家の場所を教えるから、秋休みの内に一度家に来ると良い。その時にご馳走しよう」
「良いんですか? ありがとうございます。ぜひ行かせていただきますね」
だ、ダメだ雀耶さん……雀耶さんまで、犠牲になってしまう……。思ってはみたものの、口から言葉としては出なかった。止まっているから、だけではない。
「そうだ、紀虎も来ないか?」
「いぃ!?」
竜華に声をかけられ、紀虎の時間は動き出した。
「けけ、けどよ……」
「遠慮する必要は無い。秋休みの間、忙しいというなら無理にとは言わないが」
「そ……そうなんだよ! アタシ秋休み中も部活でさ! スッゲー忙しいんだ!」
その声はかなり必死なものだった。
「そうか、なら仕方ないな」
「ふぅ……」
一安心した紀虎はゆっくりと息をはいていた。
「ところで、紀虎の用事はなんだ? 何か言いたくて来たんだろう?」
「え! あ、あぁ……その……な、なんでもないんだ。竜華達がヒマなら誘おうと思ってたけど、家帰るんだろ? なら良いから、大丈夫だから」
「? 本当に良いのか?」
「つか、誘うって何をだ」
ようやく俺の時も動き始め、紀虎に訊ねた。
「いや、その……部活の短期間マネージャーみたいなの探しててな。部活に入ってない2人に聞いてみようと思ったんだが、家に帰るなら仕方ないよなー……」
「いや、家はそんなに遠くでもないから、手伝いくらいなら行けなくは…」
「だぁーーー!」
いきなり奇声を上げた紀虎は、何故か俺の首に腕を回して2人に背を向け、特に竜華に聞かれたくないのか、耳打ちで話してきた。
「な、なんだよ急に」
「考えてもみろ! マネージャーの役割ってことで、もし竜華が弁当とか作ってきたら……」
「あー……」
言われてみれば、想像に難しくなかった。
「竜華のことだ。なに、そんなに大変なことじゃない。とか言って作って来るんだ……それを知ってるアタシや彰は良いが、知らない他の部員が食べたら……」
「部活どころじゃ、なくなるな……」
これは、紀虎と他の部員の為にも、断わることが必要だ。
2人に向き直った俺達は、なんとか竜華を説得することに成功する。
「そういうことなら仕方ない。すまないな紀虎、出来ることなら手伝いたかったのだが」
「良いんだよ別に、その方が助か……じゃなくて。竜華も竜華で、何かあるんだろ? 彰に手伝いを頼むことが」
「あぁ。そういえば紀虎にも話していなかったな。実はな…」
ここで初めて、紀虎にも伝えられたこと。
竜華の実家の話が。
「着いたな」
「だな、夏休み以来かな、この辺り」
「私は時々帰っていたからそこまでではないな」
ギリギリ登校圏外。そこに俺と竜華の家はある。学校の最寄り駅から電車でしばらく揺られるだけで着くので、ぶっちゃけ家から通えないわけではない。だが人数の関係や圏内にいる生徒の数によって、俺達は寮生活をしているだけだ。
駅からまず先にあるのは俺の家で、俺達はその前に立っていた。
特に変わり映えのない一戸建ての我が家。人の気配は、全くない。両親共に旅行に出かけているからだ、別に良いんだが、迎えがないのはそれはそれで少しさびしいな。
「荷物を置いたら、家に来るんだ」
「あぁ、ちょっと待っててくれ」
俺は家の鍵を開けて入り、荷物を玄関に放り投げて置いたら鍵を閉めた。
「よし、行こうか」
「あぁ」
そのまま三軒隣、竜華の家の前に辿り着いた。
竜華が先頭に、鍵のかかっていない横引き扉を開いた。
「ただいま」
竜華の後ろから中を見ると、声を聞いていた人物の姿を確認した。
「竜華、帰って来たのか」
黒く焼けた肌、反して白い服に身を包み、更にエプロン、頭にはタオルを巻いている。
「ただいま、父さん」
青川龍也。竜華のお父さんだ。
「一人なのか?」
「いや、彰も一緒だ」
「どうも、お久しぶりです」
そこで竜華の後ろから横に並んで、挨拶をする。
同時に、久しぶりな部屋の中を見る。
4人掛けテーブルが4つ。カウンターに席が12。上の方にはメニューと値段の書かれたお品書きが並び、俺の家同様、変わり映えの無い。いつもの竜華の家。
中華料理屋『青龍』ここら辺ではとても評判な店。
それが、竜華の実家。
つまり―――
竜華は料理屋の娘で……あの、とんでもない料理を作っていた。