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fall〜coda〜autumn  作者: 井能枝傘葉
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1st day Ⅳ

午後の授業が終了し、放課後となった。

俺が黒板に書かれた文字を消していると、

「彰、お前も日誌を書け、残りは私がやっておく」

竜華が日誌を持ってきた。黒板消しと交換に日誌と鉛筆を受け取り、教卓の上で日誌を開いた。

日誌には今日の感想を簡潔に書けば良いのだが、さすがは竜華、細かく書いてある。

さて、俺は何て書くか。

「緑葉くん、青川さん」

と、そこへ雀耶さんが鞄を持ってやって来た。

「どうしたの?」

「谷門先生に放課後来るように言われまして、お二人も行かれますよね?」

「あぁ、じゃあ一緒に行こうか」

「はい」

雀耶さんは微笑んで答えた。

そうと決まれば、さっさと日誌を書いてしまって……

「……ん?」

ふと、視線を上げて前を見た。そこで、見つけた。

「どうしました?」

首を傾げる雀耶さん、その後ろに並ぶ席の、窓側一番端の後ろ、つまり角の席にまだ生徒が残っていた。

誰か、までは分からない、何故ならその生徒は、 机な顔をうつ伏せていたからだ。

あの席は、誰だったか? 先週席替えしたばかりで把握出来てないんだよな。

ともかく、もう放課後だ、多分さっきの授業中に落ちたんだろう、起こしてやった方が良いよな。

『ようこそ雀耶さん!』と一文を残して日誌を閉じ、寝ている生徒の所へ向かった。気付いた雀耶さんも一緒に付いてきた。

「えっと……この方は……」

やはり転校生な雀耶さんは分からないか、まぁ俺も今分かってないけど。

とりあえず起こそう、手始めに机を叩いてみる。

「……」

無反応。眠りは深いようだ。

というか近くに来て分かったが、睡眠生徒は女子だった。

だが気にしない、彼女の為にも起こす方が良いので、俺は肩を揺さぶった。

「起きろ、もう放課後だぞ」

すると、

「……?」

もぞもぞと動き出したので手を離すと、むくりと顔を上げた。

前髪のサイドの右側だけなぜか長いというアシンメトリーな髪型をした黒髪。起きたばかりだからか、眠そうに細める目の前に、縁の無いメガネをかけている。

その顔を見て、名前を思い出した。

「おはようさん、玄平」

(くろ)(ひら)(たけ)()。当たり前だが、クラスメイトだ。

「……」

やっぱりまだ眠いんだろう、ボーっと前を見ている。俺達はぼやけて見えているだろうか。

「玄平さん、おはようございます」

雀耶さんが声をかけると、

「……!」

完璧に目を覚まし、驚いたように目を丸くする。

そして急に慌てふためき、席の横にかけていた鞄に手を突っ込んである物を取り出した。

それはキャップ式の水筒で、蓋を開けた玄平は水筒を傾けてその中身を自らの喉に流し込んだ。

その行為は、起き抜けで喉が渇いていて声が出せなかったから、ではない。

『……ぷは』

飲み終わった玄平が、口を開いた。

『おはよ~朱井さん』

その姿からは予想出来ない明るく間延びした声が。

「え……は、はい、おはようございます」

雀耶さんはぽかんとした顔だ。無理もない、メガネに黒髪で、物静かなイメージが強い容姿から、その真逆な明るい間延びした声が出てくれば、初対面の人はそのギャップに驚くはずだ。

まぁ、玄平が喋る時は、大体驚かされるけどな。

えっと、今回の声は……

「今回は……山吹か?」

『うん、そうだよ~』

声と一緒に、こくりと頷く。

「ど、どういうことですか?」

雀耶さんは今だ困り顔で俺に訊ねてきた。これからクラスメイトになるわけだし、説明させておいた方がいいな。

「玄平、説明してやってくれ」

『おっけ〜』

そう言って再び頷く玄平。言葉使いと動きは合わせないんだよな……

この玄平の言葉使い、それには先ほど飲んだ液体が関係している。

飲むことで他人の声を真似して使うことが出来る水。『声変えの水』

略称を、『声水(こえみず)』という物だ。

最初聞いた時は、何だそのファンタジー設定はと思ったが、いざ飲んでみると本当に変わってしまい玄平の声真似ではないと分かる。ちなみに変わるのは声だけで、口調は玄平自身が変えている。

では何故、そんな物を持っているのか、それにはある一人の生徒が関わっている。

玄平武乃、彼女が出席番号順で席に並ぶと、前に黒石が来る。

黒石は何かを企む度、どうやって作ったんだという道具をよく持って来ていた。中には声水のような、言うところの魔法じみた機能を持つ物だってあった。

一度、どうやってこんな物用意したんだよ、と訊いた時、黒石はこう答えた。

『俺さ、魔法使いだから』まさかそんな訳ないだろ、と笑ったのを覚えている。結局その時ははぐらかされてしまいタイミングを逃したが、そんな魔法じみたアイテム生成家自称魔法使い黒石の席が目の前にある。気まぐれで渡して、玄平がそういう物を持っていても別におかしくない。

『これからよろしくね〜、さくちゃん』

さくちゃんとは、昼休みに山吹が考えた雀耶さんのニックネーム、まだ誰もそう呼んでないが、聞こえていたのか玄平は山吹の声でそれを使った。

「はい、よろしくおねがいします」

雀耶さんと玄平は会話を始めた。と言っても聞くだけなら雀耶さんと山吹の会話に聞こえるが。

声はともかく、玄平は真似た人の口調まで似せる。そんな変わった特技のせいか、あるいは本人の性格故か、玄平はあまり人と関わらずクラスでは孤立している方だった。

質問すれば、声を変えて返す。会話を持ちかければ、声を変えて応じる。と、完全な無口ではないので特に問題は―――声を必ず変える事を除いて―――無い筈だが、自らそれをしようとは思わないらしい。

だから、玄平がこうして誰かに声をかけて話をしているのはとても珍しい光景だ。

これがもし、玄平本人の声(・・・・・・)だとしたら……珍しい、以前の大問題だな。

日直でペアになった生徒を始め、担任や先生にまで、自らの声を聞かせたことが無いらしい。

それくらい、徹底していると考えた方が良いのか、それとも、かなりの変わり者として見た方が良いのか……

『ん? わたしの顔に何かついてるの?』

じっと見ていたせいか、玄平は俺を見て首を傾げた。

「いや、別に、それより時間大丈夫か?」

壁に掛かっている時計を指差す、現在の時刻、15時43分。

『あ! いっけない、部活行かなく…」

急に言葉を止めて慌て出し、鞄に教科書や筆箱を詰めて席を立ち、入り口へ、

「玄平さん、また明日です」

雀耶さんが声をかけると、

「……」

こちらを向いて手を軽く振り、一言も言わずに行ってしまった。

「玄平さん、途中から声を出さなくなりましたけど、どうしたんでしょう?」

「多分、声水が切れたんだよ」

服用した量や声を出すことで変えていられる時間が異なるらしい。さっき言葉の途中で切れたんだろう。

「彰、朱井さん」

日誌を持った竜華が現れた。

「今のは、武乃か?」

同じ教室内にいたから聞こえていたよな。

「つうか、竜華と玄平って仲良いのか? 今名前呼びしたよな?」

「一年生から同じクラスだ。ある時本人も名前で呼んでくれと言っていた。彰だってそうじゃないか」

そういやそうだった。

「だが、本人の声は聞いたことは、無いな」

一年生の時、その頃は紀虎も同じクラスだった。

最初のホームルームでの自己紹介の時、玄平は―――

『玄平武乃です! 皆よろしく!』

まさかの声変えを披露して周りを驚かせた。特に驚いていたのは、その後に同じように同じ声で自己紹介をしようとしていた紀虎だろう。まぁ、その言葉と裏腹にただ頭を下げるという動作をしたときにはもう違和感満載だったけどな。

「玄平さんって、ずっとそうなんですか?」

「あぁ、教科書の音読から英語の発音まで。武乃本当の声を知る者は学校にもいないという話だ」

……ん?

「そういや……俺、玄平の声聞いたことあるかも」

「なに!? それは本当か!?」

竜華が詰め寄って訊いてきた。それだけ珍しいことなんだが。

「あれは確か……文化祭の時だったと気が……あれ?」

なんか、よく思い出せない。

「……悪い、忘れちまった」

「なっ!? なぜそんな大事なことを忘れるんだ!」

そこまで驚くことないだろうに。

「そんなに大事か?」

「当たり前だろう! 武乃の声は流れ星くらいの貴重度だぞ!」

天体レベルかよ。

「つうか、竜華にしては珍しい言葉が出てきた」

「っっ!?」

途端に竜華の顔が赤くなった。自分で言って似合ってないのを悟ったな。

「流れ星に願えば、玄平の声が聞こえるんじゃないか?」

「も、もうこの話は無しだ! 早く先生のところに行くぞ!」

「へーい」

俺達は職員室へと向かった。

……しかし、玄平の本当の声を聞いたことがあるのは事実だ。

確か、一年生の文化祭だったと思うが……妙に思い出せないな。

こうなったら、玄平本人に聞いてみるのが一番だな。

思い出せるかもしれないし、ひょっとしたら、運良く玄平本人の声を聞けるかもしれないから。






「はぁー、疲れた……」

鞄を机に放ると、そのままベットに倒れこんだ。

学生寮、基本2人一部屋なのだが、俺は1人でこの部屋を利用している。別に仲間外れにされた訳じゃない、これにはちょったした理由がある。

この学校、去年までは全寮制だった。しかし今年に入ってここへの進学を考えた者が多く、なるべく受けれた結果、全学年で学校から家までの距離が近い生徒には家から通うことを義務付けられたのだ。

知っている顔で言えば、陽斗と山吹、後は紀虎と……あ、玄平もそうだったかもしれない。

とまあこんな感じで寮生の数を変えていったところ、俺が1人余ったということだ。

だから男子の転校生が来たら学年関係なくルームメイトになるという約束付きだが、そうそう来るものじゃなく、今も1人だ。

本来二段ベットになる物の二段目を外して一段になったベットの上で寝転がりながら、ふと、今日の出来事を思い出した。


今朝は日直の為、遅れないようにと竜華が迎えに来た。

ちゃんと礼言ったはずなのに、なんで怒られたんだろうか?


ホームルームの時、転校生として紹介された雀耶さんが隣の席になった。

物腰が低く、男女クラスメイトに対して分け隔てなく接していた。すぐにクラスになじむだろう。


昼休みには、紀虎が現れた。

購買で出会った竜華との勝負に勝ってご機嫌だったな。


放課後、寝ていた玄平を起こした。

久々の声水を聞いて、昔本物の声を聞いたことを思い出す。本人に訊こうと思うが、あの性格だ、結構難しいだろうな……


「……結構、充実した一日だったかもな」

何もない日は本当に何も無く過ぎていく、だが今日は日直から始まって、ホームルーム、昼休み、放課後と出来事が多かった。

「……楽しめるのは、今しかないもんな」

高校の三年生、つまり来年には高校を卒業して、皆、大学や就職、それぞれの道に歩むこととなる。

正直言ってしまえば、まだ先を決めてない俺は、遅い部類だ。クラスの中にはもう先を決めている者も数人いるというのに。まだそれすら決めてない、全く焦ったいない俺は、ある意味では問題なのだが……

「……」


焦ってないのは問題なのかもしれない。



けど、一生の内に高校三年生は今しかない。



それを、潰したくはないだろう……?



1st day fin →

一日目が終了しました。

この日は、主要の登場人物を紹介する話で、彼らを中心に秋の物語は進んでいきます。


それぞれが自分の道を選ぶ三年生、そこでまだ選んでいない一人の少年。

彼が皆と関わり、選んでいくのはいったいどんな道なのでしょうか。


それでは、

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