Fall Holiday 武乃
今回は、普段とは別の人視点の物語となっています。
―――知り合いを、助けたかった。
理由としてはそれだけで、それ以上の理由はなかった。
詳しく話すと長いので割愛する。けれど、知り合いは、喋ることが、声を出すことが出来なかった。
だからワタシは、とにかく医学を学んだ。人の声を出す理由、原理、条件、ともかく知り合いと声で話がしたい為に。
そんな時、アイツに出会った。
まるで心を読んだかのようにワタシの問題を当て、それに良いかも、というモノをくれた。
それが……"他人の声へと変わる液体"というモノ。の、作り方。
実物は無いのかと訊けば、別にいらないし、とヒマだから作ったという完成品を少しもらっただけ。それも、一年生の間に無くなってしまった。
試行錯誤を繰り返して、なんとか形にすることは出来た。
―――その頃にはもう、一年生の学園祭が迫っていた。
役に立つかもしれない。そんな理由で入っていた科学部の展示。そのただ居るだけで何もしない受付で、案内もしないから本を読んでいた。
一つの実験を兼ねて。
『どうぞ、ご覧に』なって下さい」
試作品の効果は、数秒で切れてしまった。
とりあえず、今の自分から離れた声を想像して使っているが、ものの五、六文字程度。
まだまだ試行錯誤が必要だな……
「なぁ、玄平」
他に何を加えればいいか。或いは減らすか?
「玄平?」
火の入れ方を変えてみるのもいいかもしれない。思いきって沸騰するまでとか……
「コレ、少し分けてくれないか?」
……え?
色々考えていたら、いつの間にか目の前にはクラスメイトがいて、学園祭の何処かで持ってきた紙コップに、ワタシの水筒……試作品の入ったその中身を注いで、飲んで―――
『え? うわ! 何だコレ!?』
その声はワタシのモノだった。
クラスメイトの男子にすれば、急に女子の声になったとすればパニックにもなる。
『コ、コレも科学部の出し物なのか? ヘリウムガスみたいな』
……あれ? 声の変化が続いてる。
その理由となりそうなことを頭の中で考えてみると。ワタシの声だから?
今までは知らない声、自分と離れた想像の声だから。だとしたら……
『お、おい、玄平?』
ワタシの声でワタシの名前を呼ぶクラスメイトをスルーして水筒に手を伸ばして中身を飲む。
前にいるクラスメイトの声を思い出して……
『そうです。驚きました?』
クラスメイト、緑葉の声で返事をしたのだった。
―――どうやら、忘れていた何かがあるらしい。
作り方を再度読み返してみると、どうやら途中途中に穴があることが分かった。
穴というのは、読めない部分と、手に入らない材料。
ワタシは二年生になっていて、作り方をくれたアイツにソレを伝えると、だって別にいらないし、とまた同じ台詞を返されてしまった。
けど、それが幸い。ほぼ手離された"他人の声へと変わる液体"を、ワタシが自分の使いたいように作り替えても良い、と言われたから。
そう、ワタシの最初の目的の為に。
知り合いの、為に。
その思い一つ。ただそれだけを糧に、ワタシは作り方に改良を加えた。
そして生まれたのが、"声変えの水"だ。
―――そんなある日。部活の時間に―――
「あの、玄平さん」
「……」
明日が秋休み最終日となる日。
よくよく見てみれば、生徒指導室には2人しか居なかった。
緑葉も、いったい何を選んだのか黒石も居ず。ワタシと、今声をかけてきた紫だけだった。
「……」
返事をする為に、用心して(あの時は本当に不注意だったらしいけど)鞄の中にいれた水筒へ手を伸ばす、
「あ、別に返事をしてくれなくて良いんだ。ちょっとその説明書を見せてくれれば」
「……」
伸ばした手でノートを掴み、紫へと渡す。
「ありがとう……」
ページを開いて、目で追っている。
―――分かる訳が無い。ワタシ独特の暗号風に書いてあるから。
―――理解出来る訳が無い。大学で学ぶような医術、元素式、数式、その他色々のオンパレードだから。
そんなものが暗号で書かれていたら。例え、学校の誇る天才だとしても……
「……どうして」
ノートを持つ手が震えている。
「あらゆる学問を学んだ筈なのに……全然読めない。理解出来ない」
「……」
誰かの声で、何か言ってやろうと、声水に手を伸ばして…
「……」
手を戻して、まだ震えて読み解こうとしている紫に。
「無理もないよ」
ワタシの声で、そう伝えた。
「え……玄平さん、今の声……?」
「別に、ワタシが声を出せなかった訳じゃない」
毎回の会話で、声水の実験台になっていただけ。
「ノート、返して」
「あ、あぁ、うん」
ノートを返してもらう。
あと少しで、応用が出来るようになり、声を変える意外の使い方が出来る筈。
それに足りないのは……
「玄平、さん」
「……なに?」
今良いところだったのに。
「さっきの台詞は、どういう意味? 無理もないよ。って」
「そのままの意味」
ただ、言えること、それは、
「天才では、理解出来ない」
「そ……そんな……」
紫は、元から天才だった訳じゃない。
紫は、同じ部活で、偶然、興味で、ワタシに声水の事を訊いてきたから。
紫は、理解しようとして勉学に励んだから。
紫は、天才になれた。
でも、それは、
「言い換えれば、優れた学才を持つのは、秀才」
紫は、それだ。
「だから、秀才では、理解出来ない」
「……」
紫はがっくりと項垂れてしまった。
さて……ワタシは荷物をまとめて席を立った。
ここは静かで書けるからという理由で居たけど、もうそれもいい。ちゃんと、道も決められたし。
「それじゃ、頑張れ秀才。進みたい道を進んで……彼女と、お幸せに」
「え……? 何故、それを?」
「一、二年と、ルームメイトだった。隠してたつもりだろうけど、バレバレ」
隠してたのは、こちらも同じ。でも本当に隠せてたのは、こちらだけだったという訳。
「それじゃ、お互いの道を進もう」
天才と呼ばれた秀才と、目的の為に進む、別ベクトルの秀才の。
「……」
誰も通らない静かな廊下を歩く。
先生に言って、進路も決めた。これで後は、そこへ挑むだけ。
「……そういえば」
あぁは言ったけど、考えてみれば…
「お前は秀才じゃなくて、天才かもな」
「……」
いつの間にか、前に黒石がいた。
「何か用?」
「いや、別に」
「進路指導どうした?」
「決めたさ、だからいなかっただろ?」
「……さっきの、どういう意味」
「あの作り方を、まず理解出来た時から、秀才とは違う。生まれつき備わっていた、天性の理解力。要は天才だ」
なるほど、そうかも。
「そうか、ワタシは天才だったのか」
「自分で認めるって凄いな」
「それじゃ、アンタは?」
「俺は、そうだな…」
「『奇才』」
世にも珍しい優れた才能を持った人。
黒石の声で言ってやった。
「完成、させてくれな」
『悪ぃけど、あの作り方を元に改良を加えたやつだから。俺が望むモノには必ずなるとは限らないぜ』
恐らく、あの時から。
ワタシは黒石の横を抜けて、昇降口へ向かった。
「……」
そういえば……アイツは、どうしたんだろう?
「電話、してみよう」
―――結局ワタシは、他と違って一人で解決しちゃったけど。
必要なことあるし、アイツには会っておかないと……