Fall Holiday Ⅳ
今日も時間が来て、下校となった。
まだ雨の降る外を見ながら昇降口へ向かうと、
『おーい、彰』
「?」
名前を呼ばれた……んだよな?
「でも今の、俺の声だったような」
今自分で出してみて、確証を得た。
じゃあ、今の声は?
『そっか、やっぱり混ぜ物だとそうなるんだな』
俺の声の主は姿を見せ、こちらへと歩いてきた。
「足りたのか、声水」
『いや、これは応急措置に過ぎない。だから変わった声は話す相手のものに変わって…」
声の主は途中で口を閉じ、次に開いた時には、
「効果の切れも、早い」
玄平本人の声になっていた。
「やっぱりあの電話は玄平だったのか」
「そう、電話越しでは声水は効果を出せない。だから仕方なく」
あ、そういう理由なのか。
玄平は昇降口を出て、傘をさしてこちらを向き、
「付いてきて」
ただそれだけ言って、さっさと歩き出した。
「え、おい、付いてこいって、どこに行くんだよ」
傘を差して後を追うが、玄平は無言で歩を進めるだけだった。
たどり着いたのは、一軒のアパートだった。
「ここは?」
「今の、ワタシの家」
二階建てアパートの、一階端が玄平の部屋らしく、扉の前に立つと鞄から鍵を取り出した。
「けどここなら、ギリギリ通学圏外だろ?」
方向的には学生寮の大分向こう側で、雨の中歩いて一時間弱といったところだ。ここならギリギリ、学生寮にいられると思うが。
「理由は二つ。一つはルームメイトにもしも見られたら困るから。もう一つは…」
鍵を開け、扉を開いて中へ、俺も後に続き、
「寮の二人一部屋では、純粋に狭い」
明かりがつけられて見えたのは、研究室のようだった。
壁に並ぶ本棚には分厚い本が収まり、窓の前に向けられた机の上にはビーカーや試験管、何に使うのか分からない器具や様々な色をした粉や液体が置かれ。
どう見ても、とても同い年、まして女子の部屋には見えなかった。
「……で、俺をここに呼んだ理由は何だ?」
まさかこの部屋を見せたかったからなんて理由じゃないよな?
「まず、ストックの切れた声水をワタシは作成する。」
「俺は?」
アシスタントか?
「手伝い不用。作る時間に合わせた本を用意したから、読んでいてほしい」
「え……それだけか?」
「まず、と言った。それまで待っていたら、本題に入る」
玄平は本棚から一冊の本を抜き、俺へと渡した。
「コレ、読み終わる頃には、完成するから」
それは棚に収まっている辞書みたいな厚さの本ではなく、何故か、手話の本だった。
「なんで手話?」
「長さがちょうど良い、という建前」
建前て。本音が他にあるって意味じゃ…
「それじゃ、始めるから」
本を渡すと、玄平は机に付いて作業を始めてしまった。
「あ、おい、ちょっと玄平」
「……」
ものすごい集中力か、玄平は手を止めることなく。返事は返ってこなかった。
「はぁ……」
仕方ないから、渡された本でも読んで待つか。
けど、コレを読み終わる頃には完成するからって……辞書レベルじゃないが厚みがあるこの本。何十分の話をしてるんだ。
まぁ仕方ない。俺は近くにあった椅子に座り、手話の本を開いた。
瞬間、何かを思い出した。
手話……確か、どこかで見た気がする。
けどその時は全く分からず。
あの時は動きは目で追えたが何と話しているかは不明だった。
もしも今、これを読んでおけば、この時には、手話が分かって―――
「……」
俺はただ静かに、本を読み進めて―――
「これで、とりあえずの準備は完了する」
手話の本を閉じた。
「完成した」
「え……あれ?」
気が付いたら、かなりの時間が経過していた。
なんか、重要なことを思い出していた気がするんだが……今は全く思い出せない。
頭の中には、読んでいたらしい手話の読み方が詰まっていた。
「んー……?」
「どうかした?」
「いや、まぁいいか」
今覚えてても、明日になったらほとんど忘れてるだろうし。
「そう、なら本題に入る」
玄平は椅子をこちらに向けて話していた。
後ろにある机へ手を伸ばし、紫色の液体が入ったビーカーを目線の高さで持った。
「これが、声水」
「そんな色だったか?」
今日こぼしたのは、少なくともこんな色はしてなかったと思う。
「出来たてはこう。冷ますと、色が変わる」
よく見ればビーカーの上には湯気が立っていた。熱くして作るのか、声水って。
「本題に入る前に、少しヒントを与えておく」
ビーカーを机に戻しながら、玄平は続ける。
「けどきっと、そのヒントで答えは分かると思う。そう、思う」
何故2回言った?
「まず、声水は、その人の声を変えるものじゃない」
え? じゃあ今までの玄平の変化した声はなんなんだ?
「声水は、話した相手と自身へ聞こえる声を変化させるだけに過ぎない。なので全員に同じ声で聞こえているとは限らない。けど、その人の口調を真似することで、その声に聞こえさせることは出来る」
玄平が口調までそっくり変えてたのは、そういう理由だったのか。
「更に、声水で同時に同じ人に変化することはない。あの時の昼食が良い例」
俺が山吹の声になった時だ。そういえばあの時は皆声を変えていて、山吹か玄平しか残ってなかったんだ。
「そして、声水を飲むと必ず声が変わり、相手と自身の耳に変わった声が届く。この場合自身は、最も考えている者の声に変わる」
玄平は長い台詞を言い切ると、
「以上を踏まえて、本題に入る」
息を深く吸い込み、どれだけ重要なことを言うのか、妙に間を貯めて……
玄平は、本題を語った。
「彰が、最初にワタシの声を聞いたのは―――」
それは――――――