Autumn Vacation Ⅳ
秋休み三日目。
晴天の今日、俺達は登山口の入口に集まっていた。
「全員揃ったな、行くぞ」
率先する竜華を先頭に、山登りが開始された。
昨日の雨のせいもあり、湿気の多い山道を進んでいく。さすがに木々の生い茂る山道、地面はまだ湿っていた。
だが、人が踏み固め人工に創られた道なので、ぬかるんだ場所等はなく、障害無く進む事が出来た。
ここを二時間程行けば、中腹の展望台に着くらしい。
「ん? ナツ、その持ってるのなんだ?」
「デジカメだよ。今すっごいきれいだから、写真撮っておこうと思って」
山吹は色んな方向にレンズを向けてはシャッターを切っている。
「確かに、綺麗だな」
「そうですね」
竜華と雀耶さんも呟いたように、山の中はきれいだった。
木々は紅葉して、赤や黄色の彩り。地面に落ちている落ち葉も、その量により地面を覆う絨毯のようだ。
秋に山登りする人が増える理由が、分かった気がする。
「さながら、"行楽の秋"と言ったところか」
「う〜ん、でもわたしは"食欲の秋"の方がいいな〜」
写真を撮っていた山吹が答えた。
「ははは、ナツらしいな」
「う〜っ、そういうハルくんは?」
「オレ? オレは……えっと、ど、"読書の秋"」
「おぉ〜……って、マンガでしょ?」
「い、いいじゃんか、読書に変わりないんだから」
「雀耶さんは?」
「わたしですか?」
雀耶さんに訊ねると、考えるように上を数秒見てから。
「やはり、"芸術の秋"ですかね」
「雀耶の描く絵は凄いからな。前の美術の授業で描かれた彰は、とてもよく似ていたぞ」
あの時は確か、雀耶さんの描いた絵は高評価をもらってたな、描かれてるのが俺だから恥ずかしかったけど。
「いつから絵を描いて……!」
そう訊いてから、竜華は慌てて口を閉じた。
楽しく山登りしているように見えるが、その理由は、雀耶さんの記憶探し。
その雀耶さんに昔の事を訊くのは、答えるのが不可能ということだ。
「す、すまない雀耶、今聞いたことは忘れてくれ」
「大丈夫ですよ竜華、この質問も、もう二回目ですから」
一回目は、美術の時の俺だ。
「絵は……昔から描いていたと思います。気付いた時には、描いてましたから」
あの時と同じように、雀耶さんは質問に答えた。
「そうだったか……すまないな、雀耶」
「いえ、ここまでしてもらっているのですから。むしろわたしがお礼を言う方なんですよ?」
「なら……これでプラマイゼロだな」
「はい」
一瞬気まずい空気になりもしたが、気持ちを新たに、しかしを気を張らず和やかに、俺達は山道を登っていった。
二時間くらいが経った頃、俺達は山の中腹、展望台へと到着した。
「思いの他、急な坂道ではなかったな」
「その分曲がりくねった道だったけどな」
山道は急勾配を避けるためかジグザグな道となっていた。
もしも一直線にした場合は半分くらいの時間で着くかもしれないが、それだと坂道ではなく階段になっていただろう。
……そっちの方が時間掛かりそうだな。
「うわぁ〜、すっごい眺め〜!」
すでに山吹達3人は展望台の方へ行き、その景色を眺めていた。
俺と竜華も展望台へ行き、その景色を見た。
それは街全体を見回せる。ここまで登ったからこその景色だった。
河川敷が見え、右肩には住宅街て学校、左側には商店街と駅、俺達が普段歩いている場所を一望でき、更には隣町の、雀耶さんのお母さんがいる病院のビルまで見ることが出来た。
「……」
その全てを、雀耶さん言葉なく眺めている。
「どうだ雀耶、何か思い出さないか?」
竜華が雀耶さんに訊ねる。
「……すみません」
しかし、雀耶さんは静かに頭を下げた。
「そうか……いや、謝ることはないぞ雀耶」
「そうだよ、本当の目的地はまだ先なんだから」
ここの景色も確かに凄い。だが俺達が目指すのはこの更に上、もっと凄い景色だ。
ここからは見えてないが、もっと上に登れば、きっと海まで、ここよりも遠くまで見ることが出来る。
「そう……ですよね。すみません、また謝ってしまって」
「気にすることはない。よし、少し休憩を取ったら山頂を目指すぞ」
情報委員の情報、山頂までの獣道の入口はすぐに見つけることが出来、俺達は歩を進めた。
しかし、
「皆、大丈夫か?」
「お、おーぅ……」
「なんとか〜……」
「彰は平気か?」
「あぁ、大丈夫だ」
その道のりは想像以上に悪いものだった。
獣道ということもあり、整えられていた先ほどまでの道と比べものにならない程足元が悪かった。
更に生い茂っている木々のおかげで昨日の雨が乾いていず、ぬかるんでいる。
さっきまでは絨毯とか言っていた落ち葉も、湿気と水分を含んで滑りやすい床を作っている。
そしてなにより、この道の勾配の高さが、一番の難敵だった。
竜華は皆を心配出来るくらいは余裕。陽斗と山吹はそこそこという感じだ。
「雀耶は……」
そんな悪路の中、雀耶さんは1人黙々と登っていた。
「……」
ただ黙々と、1人で先に行ってしまう勢いだ。
この中で一番体力が無さそうだと思っていた、あの雀耶さんがだ。
「雀耶?」
「……え、あ、はい、何ですか?」
二度目の問い掛けで雀耶さんは振り返った。
「急ぎたい気持ちは分かるが、単独行動は避けてくれ」
「す、すみません……」
「いや、謝ることはない。さっきも言ったが、急ぎたい気持ちも分かるからな」
「竜華……」
その時、止まっていた竜華の横に俺が追い付いた。
「頂上に着いて、記憶が見つかるといいね」
「緑葉くん……」
「おーい……」
「ちょっと待って〜……」
気がついたら、陽斗と山吹が大分後ろの方になっていた。
「ゆっくりでいいから、慎重に登ってくるんだ」
「雀耶さんはそこで待ってて」
「いえ、わたしもそっちに…」
そう言って一歩踏み出した。
その時、
ズルッ!
「きゃっ!?」
雀耶さんは地面に足を取られ、バランスを崩した。そのまま縦に倒れるのならばまだ心配はなかった。
だが運の悪いことに、雀耶さんは横に、歩けないほど急勾配の方へ倒れ込んでいった。
「雀…!?」
竜華が雀耶さんの名前を言い切るより前に、
俺は動き出していた。
「雀耶さん!」
足場の悪い急勾配を登り、
パシッ!
倒れていく雀耶さんの手を取った。
「緑葉くん!?」
なんとか間に合っ―――
ズルッ!
と思ったのも束の間、
俺も地面で足を滑らせてしまい……助けに来たつもり、
2人揃って、急勾配を落ちてしまった。