3rd day Ⅱ
玄平による竜華の声を聞いて何故か安心してしまった俺は、それは玄平が竜華の声に変えて言った言葉であって竜華本人には何も言っていなく結局現状は全く変わっていない。
という事に4限の終了間際に気付いた。
思わず声が出そうになる程の気付くの遅すぎだったが、授業中なのでさすがにこらえた。
そうだった……ヤベェな、次は昼休みで、必然的に竜華と顔を合わせるじゃないか。
「彰」
チャンスでもあるが、まだ心の準備ってのが出来てな…
「―――き? おい、彰!」
「!?」
急に呼ばれて前を見れば、そこには竜華が立っていた。
「ど、どどど、どうした?」
「そっちこそどうしたんだ? もう昼休みだ、場所を空けてやれ」
見ればすでに先生は居ず、皆昼食の準備を始めていた。
俺の隣では、多分いつもここに座っているだろう女子が弁当箱の入った袋を持って立っていた。
つまり……いつの間にか授業が終わってた、と?
「彰?」
「あ、い、いや、悪い……」
俺は慌てて教科書を机の中に押し込んで席を立った。
「こっちだ」
竜華の後に続いていつも昼を食べる席、陽斗の席がある方へ歩いていく。
その竜華の後ろ姿を見る……うん、いつも通りの竜華だよな?
怒ってる様子も、悲しんでる様子もない。普段通りの竜華だ。
……だが、それはぱっと見の外見だけでの判断。竜華って、あまり本心を表に出さないからな、昔っから。
「どうかしたか?」
「いや、別に」
席にはすでに陽斗(は自分の席だから当たり前か)と山吹がいた。
隣の席を借りていつもの四人組を作る。
さて、昼飯の準備だ。
「今日は誰が行く? やっぱりジャンケンか?」
昼は毎回ジャンケンで負けた2人が購買まで買いに行く。たまに賭けと称して別の方法を取ることもある。
「いや、今日それはいいんだ」
しかし、竜華が訂正した。
「え? どういうことだよ竜華」
「あぁ、実はな……」
竜華は視線を下に泳がせ、急に口ごもった。
な、何だ? どうしたんだ竜華の奴。
「彰」
とたんに泳がせていた視線を真っ直ぐに俺を見た。
「な、なんだ?」
そうか、やっぱり竜華は昨日の事を思い詰めてて、今ここで俺に謝らせようと―――
「その……昨日は、すまなかった」
謝―――った?
「あの後よく考えたのだが、別に大学へ行かなくてはいけないわけではない。就職もまた、一つの選択肢ではあるのだからな」
何か似た言葉を最近、しかも同じ声で聞いた覚えがある。
「い、いや、あの時は俺も悪かったよ。何か、ついカッとなって言っちまっただけだから……スマン」
「あぁ……それでな、そのお詫びと思って……」
用意していたんだろう、席の下から包み袋を取り出して机の上に置いて、言った。
「……お弁当を作ってきたんだ」
瞬間、俺の時は止まった。
「それでな、一人分だけ作るならと思い、皆の分も作ってきたんだ」
その言葉に、陽斗と山吹、そして聞こえて知っていただろう数人のクラスメイトの動きも止まった。
「おーっす竜華、彰、昼飯食おーぜー」
その時扉が開き、聞こえてきた紀虎の声で俺達は揃って再生した。
「おぉ紀虎、ちょうど良い時に来たな」
「あん? どういう意味だよ」
「実はな、今日は私が弁当を作って来たんだ。多目に作ったから紀虎も一緒に食べよう」
「!?」
だが代わりに、紀虎の時間が止められてしまった。
「あ……え、えっと、そうだ! ワリィ! アタシ用事あったんだった! じゃ、じゃあな!」
時を止められながら震えながらも言い切った紀虎は、言い切るや否や扉をガラガラと閉め、走り去る音を残して行ってしまった。
「そうか、用事ならば止めるわけにはいかないな。さぁ皆、遠慮せずに食べてくれ」
包みが解かれ、その中身がさらされた。
包みの中は大きめのタッパーが2つ重なっていた。上に見える方はのりで巻かれた黒いおにぎり。なら下の方はおかずの類いだろう。……さて、何故竜華の発言で時間が止まったりしたか。
うっすら気づいていると思うが、あえて少し説明しよう。
竜華の実家は中華料理屋をしている。俺も昔から何度も行っているが、店主である竜華の親父さんが作る料理はどれも旨い。竜華のお袋さんもそれにひけを取らない腕前だった。
だが、その2人の血を引いた竜華の料理は……何をどうしたらそうなるのかと言いたいくらいに美味くなかった。
美味くないのも問題だが、更に言えば、見た目だけは良いという方が問題だ。
その姿に騙され、過去何度口にした事か……今思い出すのも嫌になる。
そんな品物が今、俺達の前には並んでいるのだ。
以上、説明終わり。
『……』
俺、陽斗、山吹は互いに顔を見合わせる。3人共その威力を知っている以上、出来れば手を出したくない。何とかして、ごまかす方法を考えなくては…
「あ、彰、青川がお前に作って来たんだから、まずはお前から手を付けるべきだろ、な?」
は、陽斗、お前!
「そ、そうだね! ハルくん言うとおりだよ! あきくんからどうぞ!」
山吹まで! ……って、そりゃそうか。
何とか避けたいし、そもそも最初に俺に作って来たって言ったもんな。
「彰、早く食べてくれないと2人が待ちくたびれてしまうぞ」
竜華の手によって、おにぎりが一つ手渡される。
「お、おぅ……」
これで逃げ道無し。
手の上にあるおにぎりを食べる道しか残されていない。しかし、その先は必ず……
だがしかし、竜華が詫びを兼ねて作ってきた物。
ここで俺が食わねば、竜華の思いを無下にしてしまう。
ならば……
「……竜華、サンキューな」
「あ、彰?」
「いただきます!」
決意を固め、俺はおにぎりを一口で―――
「……あれ?」
いつの間にか眠ってしまったようだ。
顔を上げて前を見れば、席に誰も座ってない。というか誰もいない。
時計を見れば、時刻はすでに放課後で……って。
放課後!?
ということは俺、少なくとも5時限全部寝てたってことだろ? そんなに眠くなるほど昨日の遅くまで起きてないし、何か他の理由が……
「……あ」
あ、あったじゃねえか。
思い出したぞ、今日の昼休みに、竜華が作ってきた弁当を食べて、そして……
「う……」
ダメだ、思い出すのも苦しい。
とにかく、そういう理由で寝た俺を皆はやさしき見守ってくれて、置いて行ったわけか……
「……って、さすがに誰か起こしてくれてもいいだろ!」
油断してたら、明日の朝までここで過ごしてたかも知れないんだぞ。
「まぁ、今更言っても仕方ないけど」
とりあえず起きれたんだ。もう日も暮れそうだし、さっさと帰ろう。
俺は鞄を持ち、席を立った。
「あれ?」
そこでふと、目に映る物が一つ。
隣の席に、鞄が置いてあった。この席は確か―――
「あ、緑葉くん」
声がした方を向くと、教室の扉を開けた雀耶さんが教室の中へ入ってくるところだった。
「お目覚めですね。おはようございます」
扉を閉めて、自分の席、鞄の置いてある席へと向かう。
「お、おはよう……ひょっとして、待っててくれたの?」
「はい、竜華の料理については南野さんから聞きました。そして竜華は、先生に呼ばれて行ってしまったので、わたしが代わりに待っていたんです」
「そうだったんだ、ありがとう、雀耶さん」
俺達は並んで寮へと向かっていた。
すでに部活帰りの生徒もいない時間で、2人きり落ち葉降る並木道を歩いていた。
「そうですか、そのような事が……」
その道すがら、俺は寝る原因となった竜華との帰路からを話した。
「わたしが一緒に帰れなかったばかりに、そのような事になってしまったんですね……」
原因は自分とばかりに、しゅんと落ち込んでしまった。
「雀耶さんのせいじゃないよ。俺がついカッとなっただけだからさ」
「ですが……」
「それに、今さっき俺が起きるのを待っててくれたんでしょ? なら、それでおあいこってことでさ」
「緑葉くん……はい、ありがとうございます」
「どういたしまして」
何故ここでいきなりお礼を言うのか分からず、言った後顔を見合わせた俺達は笑いあった。
「ところでさ、雀耶さん」
「はい?」
一頻り笑ったところで、俺は訊ねてみた。
「昨日、さ、黒石と何を話してたの?」
事の発端を言えば、それだ。そこから今の状況になった訳で、できればその内容が知りたい。
「それは……ですね」
訊ねた瞬間、笑っていた雀耶さんの顔が急に悲しげなものになってしまった。
「あ、いや、別に話したくないならいいんだけどさ」
やはりあんな表情をしていたほどだ、気軽に話せるようなことじゃないんだろう。
「……緑葉くん、一つ、聞いてもいいですか?」
雀耶さんが立ち止まった。つられて俺も立ち止まる。
「なに?」
「……緑葉くんは、今がずっと続けば良いな、と思いませんか?」
今がずっと続けば?
「ど、どういう意味?」
「そのままの意味です。わたしや竜華、そして他のクラスメイトの皆さんと過ごす楽しい今という時間。これがいつまでも続いたとしら、幸せではないでしょうか?」
「……」
な、何を言って……
「暑すぎず寒すぎない、今という『秋』の時間……わたしは、緑葉くんと一緒に過ごしてみたいです」
「さ、雀耶……さん?」
言葉を紡ぐ雀耶さんの顔には、悲しげな表情が溢れている。
いったい、どうしたって言うんだ?
「……すみません、少々言い過ぎてしまいました。緑葉くん、また明日です」
言い終えた途端、雀耶さんは走り出した。
「雀耶さん!?」
急なことに足が動かず、走り去る雀耶さんをただ呆然て見送ってしまった。
物語の本質となる言葉が出てきました。
今がずっと続けばいい
これが意味するのは、これから始まる一つの出来事の答えにして、間違い。
さて、どうなることやら……