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5、『緋女もどき』

 精密検査はなんの問題もなし、ということで、僕は次の日から学校に登校した。

 九条さんは実はこの高校のニ年生で、毎日のように昼休みに、大きい弁当箱を持ってやって来た。今日も当然、例外ではない。

 僕と九条先輩と橘さんが、橘さんの机を囲むように座っている。佳奈や千葉、山下は用事があるとかで教室を出て行った。

「この髪、染めへんの?」

 九条先輩は僕の後ろの席で一人座る橘さんの紅い髪を触りながら聞いた。『緋女』である橘さんにこれだけ気安く話し掛ける人は九条先輩以外見たこともない。

 橘さんは九条先輩の手を無言で払いのけ、メロンパンにかじりつく。

「なんや、教えてくれてもええやん」

 九条先輩はメロンパンを頬張る橘さんの両頬を摘んで伸ばしたりした。何やってんだ。

 橘さんも想定外の行動にあたふたしてメロンパンを落としそうになった。

 橘さんは怒って席を立って出て行こうとしたけれど、九条先輩が手首を掴んでそれを許さない。

「なあ、せっかく来てんやから逃げんといて」

 勇気あるなあこの人。殺されても知らないぞ。

 橘さんは紅い瞳で九条先輩を睨み、そのあと横の僕を睨んでから座った。「で、話戻るけど、髪黒くしようとか思わへんの?」

「染めない。紅い髪は『緋女』の誇りだから」

「目は? カラーコンタクト入れへんの?」

「入れない」

 橘さんは淡々と答えて、メロンパンを一口かじる。

 九条先輩は「『緋女』て誇り高いんやな」と言って次は『緋女』とは関係ない別の話を切り出す。好きな食べ物、色、動物。僕が、橘さんって猫好きそうだよね、と口を挟んだら橘さんに思い切り睨まれた。

 しばらく、途切れ途切れの会話をして(橘さんで途切れる)、昼休みが終わりに近づくと九条先輩は「楽しかったわ」と言って立った。疎らに立つ人を避けながら歩いて、扉のノブに手を掛けた。まさにその時だった。

 扉が吹き飛んだ。九条先輩ごと宙を駆け、窓ガラスを突き破った。最後に地面に当たって何かがひしゃげるような音がした。

 扉がなくなった入口に立っているのは、髪を白銀に染めたオールバックの筋肉質な男。ぎらついた紅い瞳から、その男が『覚醒者』であることは一目で分かった。

「きゃあああぁあぁ!」

 一人の女生徒の悲鳴を皮切りに教室が一気にパニックに陥った。全員が悲鳴と怒号をあげ、一目散に銀髪の男がいない方の入口に向かう。人を押しのけ、踏み付け、殴りつけて。

「てめぇら、っるせえぞ」

 銀髪の男がドスのきいた低い声で言った。

 パニックの教室が一気に冷えて、音一つなくなった。

「『緋女』ってのは、ドイツだ?」

 男の紅い瞳が教室を横薙ぎにする。

「あれか」

 紅い瞳は橘さんをとらえ、突き刺すように見る。

 橘さんは眉間に皺を寄せ、睨み返す。背中の後ろに隠した右手にはパチンコ玉ほどのサイズの火の玉が握った指の隙間から微かに光を放っている。

「全員伏せてッ!」

 右手を鋭く振り抜き、握っていた火の玉を発射した。火の玉は光の尾を引いて一瞬で銀髪の男との距離を詰め、炸裂した。耳をつんざくような爆発音と目の眩むまばゆい光が教室を一気に包む。

 橘さんはさらに二、三、野球ボールほどの火球の追撃を加えた。火球は着弾して膨れ上がり、銀髪の男を包み上げる。「やったか」「すげぇ」「うおッ」

 生徒の悲鳴とも歓声ともとれない声をあげた。

 煌々と燃え上がった火の海の中に最初にそれを見つけたのは橘さんだった。

 橘さんは窓ガラスを蹴破って外に飛び出した。それを追って何かが音速のごとき速さで火の海から飛び出す。火の粉が微かな光を放ちチラチラと舞った。

 窓ガラスの向こう側で炎が燃え盛り、一瞬で霧散した。

「がはッ」

 不気味な打撃音とともに血飛沫が残っている窓ガラスに叩き付けられた。その窓ガラスを橘さんが突き破って教室に転がる。右腕の上腕の骨が折れている。

 パキパキと割れたガラスの破片を鳴らして銀髪の男がいつのまにかそこに立っていた。男は橘さんの胸ぐらを掴み上げ、宙吊りにした。そして腹部を蹴飛ばした。橘さんが机や椅子を薙ぎ倒して吹き飛ぶ。

「……『緋女』は殺す。全て殺す」

 銀髪の男のぎらついた紅い瞳は、気を失った橘さんを射殺すように見定める。

 やがて、一歩、また一歩と歩きだす。

 窓際で、ガラスを踏む音がした。男が踏む音でも、ましてや気を失った橘さんが踏む訳がない。

 僕は窓の方を見て驚愕した。

 九条先輩だ。

「なんや、『緋女』って案外弱いんやな」

 九条先輩は額から血を流しながら笑って言った。

 銀髪は振り向いて九条先輩の存在を確認する。

「なんだ、おま――」

 九条先輩は銀髪が言い終わる前にその顔面を殴り飛ばした。

 のけ反った銀髪は怒りを込めた視線を九条先輩に向ける。

「なんやその目」

 九条先輩は目にも留まらぬ速さで銀髪の頭をわしづかみ、床にたたき付けた。

「気にくわへんな」

 九条先輩の瞳が紅くぎらついた。

「お前、『緋女もどき』か?」

「さあな、どうやろ」

 九条先輩に掴まれた頭は、九条先輩の手から漏れ出た黒い炎に包まれ、爆ぜた。

「さよなら、『覚醒者』」

 九条先輩は灰と化した亡きがらを踏み蹴散らして教室を後にした。

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