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第5話 良かったことと、悪かったこと

 この翌日。良かったことと悪かったことがある。


 良かったことはあのおじいさんに学校側に通報されなかったこと。登校してホームルームが始まって、「地域住民の方から通報があった」の枕詞のあとに自分たちの名前が呼ばれてそのまま生徒指導室に連行されるなんてことはなく、何事もなくいつも通りのホームルームだった。

 ホームルームが終わって担任が教室を出ると俺とアンナは顔を見合わせて、ホッと胸を撫でおろした。


 だが、その俺たちの思わず出た安心のシンクロした仕草は、直後の休み時間で起きた〝悪いこと〟を助長してしまう形となった。


「童貞卒業おめでとさん」


 ポンッと突然肩を叩かれた。


「は?」


 休み時間に入るなり、あまり話したことのないヤンキー風のクラスメイトがニヤニヤしながら俺の隣にやってきた。


「何の話だよ?」

「照れんなって。どうせ今まで童貞だったんだろ? よかったじゃん? で、どうだったんだよ?」

「何の話だよって……!」


 やばい。


 こいつの言葉を聞いているうちに、昨日どれだけ自分が軽率な行動をしたのか、どれだけ考えなしだったのか気が付いた。

 ヤンキーが顔を俺の耳元に近づける。


「石咲アンナの穴は気持ち良かったか?」


 カァーッと頭に血が昇った。

 目の前にいる奴をぶん殴りたい衝動にかられた。だが、その結果がどうなるのかわからないほど馬鹿ではなかった。

 その行動が、石咲アンナに迷惑をかける結果になると、わからない馬鹿ではなかった。


「………ば、ばぁ~か」


 震える拳から必死に力を抜き、頑張って指をほどいて拳を開く。


「それは……石咲が俺の家から出てきたってだけだろ?」

「おおおおおぉぉぉぉぉぉ‼ 認めたぜ! みんな! 有島が石咲とヤったことを認めたぜ!」


 ヤンキーが馬鹿みたいに俺を指さし、周りに声をかける。すると馬鹿な男子共が一気に群がってきた。


「マジかよ! 石咲お前みたいな奴が好みだったの⁉」

「羨ましい! ラッキーじゃん有島!」

「お前みたいな奴選ぶなんて、石咲趣味ワル~」


 言いたい放題言ってくる馬鹿どもの頭を思いっきり叩けたらどんなに気持ちがいいだろう。

 だが、そんなことはしない。


「誰が趣味悪いやねん。あのな……現実はそんなに甘くないことをお前たちに教える」


 俺は、石咲アンナのために道化を演じることを決めた。

 財布をカバンから出し、机の上に置き、その中身を広げた。

 千円札一枚と……未開封のコンドームが机に落ちる。


「俺はまだ……童貞だ!」


 バッと馬鹿どもが机に群がり、その身体で俺の机の上に置いてあるものを隠す。


「バカ‼ 何やってんだ! 隠せ隠せ! なんてもん教室で見せてんだよ!」

「教師に見つかったら下手したら停学になるぞバカ!」

「てか今時マジでコンドーム財布に入れて持ち歩く奴いるかぁ⁉」


 あまりにも馬鹿どもが騒ぐので仕方なくコンドームをしまう。


「いいか河野。現実はそんなに甘くない」


 俺は感情を押さえ腕を組んで、笑い、冗談を言うテンションでヤンキーの方を向き語りかける。


「俺と石咲アンナは友達だ」


「え?」


「友、達……なんだよぉ……」


 ポロリと涙が零れ落ちた。


 やばい、俺マジで情けない。


 自分で言った言葉で、自分で悲しくなって、しかも涙が出るなんて。


 自分でこの道を選んでおきながら、本当にこのままでいいのかなんてなんて思って後悔するとか。


 しかも高校生にもなって教室で泣くとか、しかもクラスメイトたちの前で泣くとか情けなさすぎる。

 ギャハハと嗤われる。「こいつ石咲にセックス断られた上に泣いてやがる!」と指さし笑われる。

 だけど、俺と石咲がヤッたと思われたり、その誤解を解くために正しい説明をして、石咲が自然の湖の中を泳いだことがバレたり、そうやって万が一にでも彼女が停学になる可能性が出るのは避けたかった。

 だが、彼女のことを「友達だ」と宣言するたびに胸がズキンと痛む。


「……マジでゴメン」


 ヤンキーがポンと俺の肩に手を乗せる。それをきっかけに馬鹿どもが「辛かったな」「悪かった」「俺、お前のこと好きになったわ」と俺の背中に手を乗せて慰めてくれる。最後の言葉を吐いた奴は気持ち悪かったし、彼らが寄り添う気持ちには若干のズレがあるものの、その思いやりに温かさを感じた。

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