ep7 その水、止めるべからず
「あ、暑いですぅ……。アキラ様ぁ、私の背中に打ち水してくださいぃ……」
天使リリィが、修道服の襟元をバタバタと仰ぎながら、今にも倒れそうにフラフラと歩いている。その豊かな胸元は汗でしっとりと濡れ、歩くたびに重たげに揺れていた。
「リリィ、打ち水したところで一瞬で蒸発するぞ。ほら、水筒の水を飲め」
「……アキラ、私も。……エルフの森が、恋しいわ……」
セレーナも、自慢のショートカットが汗で張り付き、弓を杖代わりにしている。
「おいレオ、マリア! お前らまでバテてどうする!」
アキラが振り返ると、勇者レオは聖剣を日傘代わりにし、聖女マリアは「氷結結界(自分専用)」を最小範囲で展開して、涼しい顔で歩いていた。
「……アキラ、無理言わないでよ。この『サン・ダルク砂漠』の熱気は、魔王の呪いよりキツいんだから……」
マリアが愚痴をこぼした、その時。
一行の目の前に、悲惨な光景が広がった。
かつて「砂漠の真珠」と呼ばれた美しいオアシス――『アイン・ソフ』。
だが、そこにあるはずの群青色の湖は消え失せ、干上がった泥の底が、まるで死者の肌のようにひび割れていた。
「……何よ、これ。……水が、一滴もないじゃない」
セレーナが絶句する。
村の入り口では、喉を枯らした村人たちが、隣村の住民と鍬や鎌を突きつけ合っていた。
「お前たちが上流で水をせき止めたんだろ! 出せ! 水を出せ!」
「ふざけるな! うちの村だって一滴も出てないんだ!」
「……一触即発だな。レオ、マリア! 喧嘩を止めろ!」
アキラの指示で、レオが聖剣の鞘で村人たちの武器を弾き飛ばし、マリアが「鎮静の光」を振りまいて、一時的に場を収めた。
アキラは一人、干上がった湖の底に降りた。
泥をすくい、指先で感触を確かめる。
「……おかしい。単なる干ばつじゃない。……砂漠のオアシスの水脈は、地下に住む『水運びの蛇』が循環させていると図鑑に書いてあるけど。その気配が、まったくない」
アキラ達は、湖の奥にある「水源の洞窟」へと向かった。
そこは、本来なら大量の水が噴き出している聖域のはずだった。
だが、洞窟の入り口で見つけたのは、またしても「あの匂い」だった。
「……硝煙の、匂い」
洞窟の壁には、いくつもの弾痕が刻まれていた。
そして、その奥。巨大な『水運びの蛇』が、無惨にも岩壁に「杭」で打ち付けられ、その美しい青色の鱗が、剥ぎ取られた後だった。
「(……こいつ、蛇を生け捕りにして……『生きたまま』鱗を剥いだのか!?)」
洞窟の奥、無惨に鱗を剥がされた『水運びの蛇』の傍らで、アキラは静かに膝をついた。
「……すまない。間に合わなかった」
アキラの手が、冷たくなりゆく蛇の頭に触れる。その時、アキラの脳内に、最期の、しかし温かな思念が流れ込んできた。
(……嘆かないで……私の命は……もう尽きるけれど……岩の裂け目……そこに……古き……地下水路が……オアシスを……守って……)
「……ああ、約束する、お前が愛したこの場所は、必ず守ってみせる」
蛇は満足そうに一度だけ尾を震わせ、静かに息を引き取った。
「アキラ様……こんなのって…酷すぎますぅ……」
リリィが、涙をボロボロと零しながら、自分の修道服の裾で蛇の傷口を覆おうとする。セレーナも、怒りで弓を握る手が白く震えていた。
「悲しんでいる暇はない……やるぞ、レオ、マリア! 蛇が教えてくれた『最後の希望』を掘り起こす!」
アキラの鋭い指示に、二人が顔を上げた。
アキラが蛇の示した岩壁を指差す。
「レオ、そこだ! 聖剣の切っ先を一点に集中させろ。
破壊するんじゃない、『孔』を開けるんだ!」
レオが集中を高め、かつてないほど繊細な一突きを放つ。岩壁が火花を散らし、小さな風穴が開いた。
岩の向こうから、凄まじい水圧の音が響く。
「マリア! 噴き出す水を冷却魔法で『氷の土管』にして誘導しろ! 村の貯水池まで繋ぐんだ!」
「任せなさい! 私の魔力、なめないでよね!」
轟音と共に、透明な地下水が噴き出した。マリアの魔法によって制御された水は、干上がったオアシスへと流れ込み、ひび割れた大地を潤していく。
「……出た。……水が出たぞぉぉ!!」
村人たちの歓喜の声が、洞窟まで届いてきた。




