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ep6 その氷、砕くべからず


北へ向かう旅の途中。白銀の世界が広がる「氷晶海」の入り口で、一行は野宿をしていた。


「アキラ様ぁ! 見てください、このお魚! 雪の上で跳ねてて、とっても美味しそうですよぉ!」


リリィが、自分の胸をクッションにして捕まえた「氷跳ね魚」を掲げてはしゃいでいる。


「……おいリリィ、それは保護対象の幼魚だ。戻してやれ」


アキラは苦笑しながら、焚き火の番をしていた。


だが、隣で鋭い目つきをしていたセレーナが、ふと鼻をひくつかせた。


「……待って。……風下から、嫌な匂いがする」


「匂い? ……あ、本当ね。なんだか……鉄の錆びたような、生臭い……」


マリアが鼻をつまむ。レオが聖剣を握り、雪を蹴立てて先行した。


「……アキラ、来てくれ。……これは、俺たちの仕業じゃない」


そこにあったのは、巨大な「白銀トド」の死体だった。

本来なら、レオの聖剣でも一撃では倒せないほどの分厚い脂肪と魔力障壁を持つ魔物。


だが、その眉間には、魔法の痕跡すらない「小さな、黒い穴」が開いていた。


アキラは、その傷口を見た瞬間、全身の血が凍りつくのを感じた。


震える指で傷口を探り、中から取り出したのは――。


「……鉛の、弾丸……?」


鈍い光を放つその塊は、魔法に満ちたこの世界には存在しないはずの、近代兵器の残骸だった。


「アキラ? ……顔色が悪いわよ。どうしたの?」


セレーナが心配そうに覗き込む。


「(……まさか。あの時、俺を撃ったあいつが……?)」


脳裏に蘇るのは、アマゾンの湿った空気と、冷酷な銃声。


そして、今この異世界で、魔物たちが「素材」ではなく「商品」として無慈悲に狩られ始めている事実。


「……皆。悪いが、これからは少しだけ……警戒を強めてくれ」


アキラは、弾丸を握りしめ、静かに立ち上がった。


「この世界にも『ルールを守らない密猟者』がいるらしい」



不穏な空気を感じつつも、アキラは目前の任務を忘れない。


巨大なクジラが氷の下で窒息しかけているのだ。


「いいか、レオ。聖剣で氷を割るのはいいが、衝撃波を使いすぎるな。水中のクジラの三半規管が狂う」


「わ、分かってるって! 『優しく、鋭く』だろ?」


レオが、アキラに教わった通りの精密な剣技で氷を割り、航路を作っていく。


マリアがその周囲を炎魔法で固め、即席の「空気穴」を維持する。


そして、その作業の最中。


遠くの流氷の上で、「黒いコートを着た男」がスコープ越しにアキラたちを眺めていた。


「……チッ。教会の奴らか。……邪魔だな。あのクジラの角は、闇市場で高く売れるってのに」


男が手にしたライフルが、陽光を反射して冷たく輝く。


スコープ越しにアキラの横顔を捉えていた指が、わずかに引き金にかけられた。

だが、男は舌打ちをして、ライフルの銃口を下げた。


「あの聖女の広域結界、面倒だな。弾道が歪む」


男は手慣れた動作でボルトを引き、薬莢を雪の中に落とし純白の雪に黒い穴を開ける。


「……ま、いいさ。あのクジラの『角』は、腐るもんじゃない。教会の下っ端どもが満足して去った後で、ゆっくりバラしてやる」


黒いコートの男は、吹雪の中に溶けるようにその場を去った。



「アキラ様! クジラさんの背中が見えましたぁ! 潮を吹いてますぅ!」


リリィの歓喜の声が、極寒の海に響く。


レオが聖剣『エクスカリバー』を精密に振るい、厚さ数メートルの氷をバターのように切り裂いていく。マリアがその切り口が再び凍らないよう、魔法の熱源で縁取りを固定していた。


「よし、レオ、そこだ! 衝撃を逃がせ、クジラを驚かせるな!」


アキラの指示が飛ぶ。


氷の隙間から、巨大な、そして神々しいまでの銀色のクジラが、プハァッ!と勢いよく潮を吹いた。


(……ありがとう……息が……苦しかった……)


『万物言語理解』を通じて、クジラの深い、振動のような声がアキラの脳内に直接届く。


「気にするな。これは俺たちの仕事だ。…それより、この海域には『お前たちの命を狙う、毒のトゲ』を持った奴がいる。しばらくは潜航して、遠くへ逃げろ」


(……毒の、棘……? 恐ろしい……分かった……恩に着る、……おかの守り人よ)


銀色の巨体は、一度大きく尾びれを振って、冷たい海の深淵へと消えていった。


「……ふぅ……大仕事だったぜ。なぁアキラ、俺の剣筋、今の100点満点だろ?」


レオが鼻の下をこすりながら寄ってくる。


「……ああ、85点だ。残りの15点は、最後にかっこつけてポーズを決めたせいで氷が少し余計に割れた分だ」


「厳しいなぁ、もう!」


「アキラ様ぁ! クジラさんがお礼に(?)置いていったらしい、特大の『竜涎香りゅうぜんこう』を拾いましたぁ! ……あぅ、重くて胸が押し潰されますぅ!」


リリィが巨大な香料の塊を抱えてよろけている。マリアが「それ、最高級の香水の材料じゃない! 手伝うわ!」と目の色を変えて駆け寄った。


賑やかな仲間たちの声を聞きながら、アキラは一人、先ほど気配を感じた流氷の方角を見つめていた。


(……間違いなく、いた……そして、あいつは俺たちを見逃しただけだ)


アキラはポケットの中で、先ほど拾った「鉛の弾丸」を指先で転がした。


冷たく、硬い感触。


「(……次は、逃がさないぞ、密猟者……この世界には、この世界のルールがあるんだ……それを教えるのが、レンジャーの役目だからな)」


アキラの瞳に、保護官としての静かな、しかし激しい炎が宿った。


「おーい、アキラ! 早く行こうぜ、凍えちまう! 今夜はカニ鍋だろ!?」


レオの呼ぶ声に、アキラは「今行く!」と短く応え、雪の上に残った微かな硝煙の匂いを振り払うように歩き出した。

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